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今はもう 永遠を見つめ孤独に涙し 未だ耳に残る声。

夕暮れを唄う小鳥の気持ちになる。

「小鳥」DOIMOI


 吸血鬼はヘヴィメタルが好きなんだよ。悪魔の音楽だからね。

 そう言って笑った貴女はいつも適当ばかり。


1.


 死のう、とは思っていなかった。

 死んでもいいかな、とは思っていた。


 どうせ行く場所なんてないのだ。わたしは逃げるように、いや、逃げるために家を、町を、飛び出した。

 有り金を全額つぎ込んでようやく行ける駅への切符を買った。

 わたしは女子中学生であることをやめたのだ。先のことなんて何も知らない。のたれ死ぬのはまだマシな方だろう、と世間知らずのわたしでもわかっていた。庇護の手を離れたこどもがまともに生きる道なんてきっとない。想像したくもないようなことばっかりだ。それでも。

 それでもわたしはあの生活から、あれを生活だなんてごまかすことから、逃げたかったんだ。

 揺れる列車の中。手元の切手が、きみはどこにもいけないんだよ、とささやくような気がして、震えた。


 降りた駅はとにかく人が多かった。ざわめく声が空気にとけ込んでいるような、うるさい町だ。

 ほんの少しだけ恐怖感は薄れ、この人混みの中に取り込まれて『わたし』なんてものが無くなってしまえばいいのに、といったことを考えながら改札を出た。

 少し離れた場所で笑い声がした。見てみるとちょっとした人だかりが出来ていたので、興味を持って近づいてみる。


 どうもどうも。

 じゃあ、次の曲、の前にちょっとチューニングいいですか。いや悪いって言われてもやりますけど。

 というわけで聴いてください。四弦の開放。


 女のひとがアコースティックギターを持って喋っていた。弾き語りだか漫談だかわからないけれど、うけてはいるようだ。


 ありがとうございました。じゃ、最後はジューダス・プリーストのペインキラーをコピーして終わります。


 ひときわ大きな笑いが起こる。女性がアコースティックギターのボディを叩いてリズムを取り始める。

 明らかに曲調が違うけれど、知っている曲だ。それも思い出したくない類の。

 もともとはとてもうるさいはずの曲を、彼女はアコースティックギター一本で、ひょうひょうと弾き語っていく。

 ひとしきり歌い終えると、ありがとうございました、とだけ言ってギターの片付けに入る。

「ねえ」

 その慣れた手つきをぼけっと眺めていたら、当人から声をかけられた。

「きみ、手伝ってよ」

「なにをです」

「家まで運ぶの」

 いきなり何を、とか、ぶしつけな、とか思わなくもなかったけど、どのみち行くところなんて無いのだし、いいですよと返事してしまった。

 よく見ると、ギターケースのそばにはおもちゃみたいな楽器とか、タンバリンとか、そもそも楽器なのかよくわからない小物類が細々と散らかっていた。

「どうしようか困ってたんだよね」

 じゃあそもそもなんで持ってきたの、と訊きたかったけれど、わたしが通りかかる前に色々やっていたのだろう。

 指示通りに荷物をまとめて、彼女の後を付いていく。

「目つき」

「えっ」

「最後にペインキラーやったとき、すごい目つきで見てる子がいるなあって思って」

「そういうの、わかるんですか」

「意外とねえ、演者からも見えてる」

「なんか、すみません」

「いやいや、別に非難したいわけじゃなくて。むしろ面白かった」

 だって、と足を止める。

「最初はわたしに恨みでもあるのかなと思ったけどそうじゃないみたいだし、じゃなんでそんな顔してこっちを見てるの、とか考えたら気になっちゃって」

 ま、それで声をかけたんだけど。そう言うとまた歩き始める。

「でも、知らないひとに付いてったらだめだよ」

 今更そんなことを言われても、だ。

 それからは無言で歩いた。何か訊かれるのかと思ったけど、特にそんなことは無く、ただ歩いた。荷物はかさばるけれど重くはない。

「おつかれ」

 疲れた、の一歩二歩手前で彼女が足を止めた。どうやら着いたようだ。

「お茶でも飲んでってよ。なんなら夕食も」

 ついさっき言っていたことはなんだったのか。とはいえ、ほかに行くところもないのでおとなしく従うことにする。

 彼女はキッチンでお湯を沸かす。わたしはただテーブルの前に正座し、あまりの現実感のなさにぼんやりとしていた。

「コーヒーと紅茶、どっちがいい」

 どっちもインスタントだけど勘弁してね、と言いつつ訊いてくる。

「コーヒーで」

「やっぱ砂糖とかミルクとかでべっちゃり甘い方がいいのかな」

「ブラックでいいです」

「おっとなぁ」

 馬鹿にされている。

「まあまあ、そんな怖い目で見ないでよ」

 マグカップを二つ、テーブルへと運んでくる。

「ていうかさ、真っ黒いコーヒーってそんなに美味しいの」

 そうやって訊ねる彼女の手元には、元の色を留めないほど薄茶色くなった液体が揺れている。

「すごく美味しい、ってことも、ないですけど」

 一口すする。熱い。苦い。

「なんていうかさ、大人じゃない。そういう仕草って」

「馬鹿にしてます」

「違うって。いや、なんかよく言われるんだよね、ケンカ売ってんの、みたいに」

 まあそれはそれとして、と手元のもうコーヒーなのかわからない液体をすすり、続ける。

「寿司屋のさ、あ、別に回ってるかどうかはどっちでもいいけどさ、わさび抜かなきゃ食べられない、とか、カッコ悪いじゃない」

 舌がオコサマなんだよね、と言って笑う。

「甘いものはだいたい美味しいよ」

「そういうものですか」

「きみは違うの」

「甘ければいい、ってわけでもないのでは」

「やっぱ大人だよ、きみは」

「馬鹿にしてます」

「だからさ、何が悪いんだろう、言い方かな」

 後ろ髪をがりがりと掻きながら、さほど悪びれた風もなく。

 変な人、というのはまあ、すぐにわかったことだけれど、想像以上かもしれない。

 目の前の変人からどんな化け物が出てきてもいいように、精神的な用心を忘れないようにする。

 しかし。

 そんなことをしたって無駄なんじゃないの、と頭の片隅が言ってくるのだ。

 あきらめなよ、と言っている。

「ねえ」

「なんですか」

「触っていいかな」

「何にですか」

「きみに、だよ」

 えらく直接的に訊いてくるものだ。

「いやだ、って言ったらどうなるんですか」

「いや、どうもしないけどさ」

 いっそわかりやすいぐらいの下心がその顔から読み取れたらよかったのに。彼女は表情一つ変えずに、晩ご飯までには戻るからね、とかそういった台詞と変わらないような言いぐさをするのだ。

「いやですね」

「まあ、そうなるのかなあ」

「いや、そうでしょう」

「そっか」

 わたしは手元の黒っぽい液体を、彼女は薄茶色に限りなく近い液体を、それぞれすする。

「あの、さ」

 今度はまたえらく、これは大げさな仕草ですと言わんばかりに恥ずかしそうな表情をしてみせる。

「わたし、吸血鬼なんだ」

「へえ」

「なに、そのリアクション。ちょっと傷つくんだけど」

「知りませんよ」

 本当に化け物が出てきたけれど、別にショックという感じではない。というか何だ、吸血鬼って。

「あ、さては信じてないんでしょ」

「どうでしょうね」

 これは心からの言葉だ。

「あ」

「今度は何ですか」

「いやね、ほら、信じる気が無さそうだから何かそれっぽいことしたろ、と思ったんだけど、銀の銃弾とか撃たれたら死ぬじゃん。木の杭もそうじゃん」

「はあ」 

「他に何があると思う」

「にんにく、とか」

「あ、にんにくは好き」

 反射的に返事して、しまった、という顔をする。

「あ、でもね、銀の銃弾はあるんだよ」

 棚の引き出しを開ける。近くに放り出してあった厚手の革手袋を掴み、はめる。

「ほら」

 手袋越しなら大丈夫なんですか、とは言わず。そもそもなんで自分を殺す武器があるんですか、とも言えず。

 その弾丸と思しきものがえらくきれいで見とれてしまった。

「あげる」

 わたしに向かって放り投げられたそれは嘘みたいにきれいな放物線を描き、膝元に転がった。

「わたしは吸血鬼だから、あなたの肌に触れたくなる。きっと我慢できずに首筋にかみついたり、する。だから」

 そう言って、開けっ放しの棚から取り出したのは、おもちゃみたいな銃だった。

「護身用に。小さくても、威力は十分」

 わたしの近くに来て、そっと膝元に置いた。

「きみ、名前は」

「サキです。キネムラ、サキ」

「わたし、ミサキ。長い付き合いにしたいねえ」

 まだ、知り合ったばかりだというのに、彼女には何もかも見透かされているような気がした。


2.


「よし、『しまむら』に行こう」

「いやです」

「なんでよ」

「もっといいお店があるじゃないですか」

「ファッションセンターだよ」

「馬鹿にしてますか」

「ミサキちゃんはロリコンなのでティーンの女の子には手の届く範囲でおしゃれっぽく振る舞ってほしいんですよね」

「お断りします」

「ちぇ。じゃ無印がいいかな、それともユニクロ」

「だから」

 言うまでもなく、服を買おう、という話だ。

 結局、しばらくの間ミサキさんの部屋に居候することになった。彼女はまるで最初からそのつもりだったかのように手際よく準備をしてくれた。

 改めて思う。ミサキさんは変な人だ。『悠々自適』という単語の用例はそのまま彼女の生活にあると言っていい。

「なんかこう、他にあるでしょう」

「えー」

 こうして文句とからかいだけは一通りこなした後、ミサキさんはわたしの言うことを聞いてくれる。無理強いされたことは一つもない。好きにしろ、と直接言われたわけじゃないけれど、何をしても許してもらえる、のだと思う。

 やさしさか、と言えば違う気もするけれど。

「わかったわかった。とても学生には見えないようなキメッキメの外見にしてやるから覚悟しろよ」

「極端なんですよ」

「まあいいや、とにかく町に出てから考えよう」

 そう言って支度を始める。家を出る。ミサキさんに案内されて回る町の風景は、わたしのいた町と地続きだと思えないほど違っていた。

 ショッピングモールから街角の古着屋までを回ってわたしに合いそうな服を買い、コーヒーショップで休憩をとり、適当なタイミングで食事へ、といった風に目まぐるしく時間が過ぎていった。

 代金はすべてミサキさん持ちで、悪いと思ってもわたしは一文無しであるからして、せめて出費を減らそうとはするもののこちらの遠慮などおかまいなしで使い込んでいくので、どうにも不安で仕方ない。

「大丈夫なんですか、お金」

「ああ、問題ないよ」

 そのまま、こう見えてわたしはさる名家の令嬢でね、とか適当な話を始めたので適当に相づちを打つ。だんだんあしらい方がわかってきたように思う。

 わがままでいて良い、というのは何だかくすぐったく、けれど決して悪い気分では無かった。

「わたしが十九世紀の末にロンドンで暮らしてた時に」

「はいはい、で、次はどこに行くんですか」

「そうだなあ」

 益体もない話をしながら知らない町を歩く。わたしはこのままこの町で暮らして良いのだろうか。普通に考えたら長居なんて出来ないはずなのに、いつまでも居られるような気もしている。

「あとは近くのスーパーで適宜そろえるとして、こんなもんかな」

「そうですね」

「他に行きたいところは」

「いえ、特に」

「淡泊だなあ」

「そうですかね」

「あ、そうだ。レコード屋に寄っていいかな」

「レコード、ですか」

「CDショップみたいなもん」

「別にいいですよ」

 わたしの返事を確認すると、ミサキさんは帰り道の脇へと逸れていく。そのまま歩くと、おしゃれなのか古びているだけなのかいまいち判別しがたい店に着いた。接客どころかいらっしゃいませも言われず、ミサキさんも特に気にした風もなく、外観から地続きの古ぼけた小さな店内を細かく見ていく。

 店内ではずっとうるさい音が鳴っていて、たまにちょっときれいなメロディだな、とか思ってもすぐにまたうるさい音に戻ってしまう。手持ち無沙汰なので近くのCDを適当に手に取ってみるけれど、おどろおどろしいジャケットのものが殆どで、聴いてみようという気は起こらない。

 入り口付近でぼんやりとしていたらミサキさんが会計を済ませて戻ってきたので店を出る。

「変な店ですね」

「そうかな」

「変な音楽しか流れてないし、変なCDしか置いてないし」

「まあ、そうかもね」

 帰る道すがら、ミサキさんは特に聞きもしないのに色々と語ってくれた。ああいう音楽をヘヴィメタルと呼ぶのだとか、ミサキさんが歌っていたあの曲もそうなのだとか。

「今も昔も悪魔の中で一番人気のあるジャンルだからね」

「ミサキさん、吸血鬼だって言ってませんでしたか」

「似たようなもんだって」


「お風呂とシャワー、どっちがいい」

「じゃあ、お風呂で」

「わかった。お湯ためるからちょっと待ってね」

 戻ってきてひと休みすると、ミサキさんがお風呂の用意を始めてくれた。

 広くはないけれど狭くもない家はまだ現実感が薄く、一眠りしたら元の家に引き戻されてしまうのではないか、という気分が抜けない。

「ねえ」

「どうしました」

「触ってもいい」

「またですか」

 部屋の中をヘヴィメタルが流れている。さっきの店では、もっとうるさかった気がするけれど。

「何度でも訊くと思う」

 思わず、ポケットの銃を握ってしまう。

「もちろん、気に食わなければその銃で、わたしを撃ち殺してくれてかまわない。けど」

 わたしの体が目当てだったんですか、とか訊くべきか迷う。ロリコンがどうとか言っていた気もする。

「わたしはあなたが気に入ってるんだ。それは別に性的な興味とかじゃ、ない、はずなんだけど」

 語尾が小さくなる。

「やっぱり、わからないな」

 ミサキさんが、珍しく真剣な表情をしている。

「吸血鬼の血、ってことなのかも」

「まだ言ってるんですか」

「まだ信じてないの」

 そう言ったミサキさんの目は妖しく光ることもなく、いつもの顔に戻っていた。

「で、何をするんですか」

「触るんだよ」

「どこを、とか、その後、とか」

 何言ってるんだろう、と思わなくもない。

「気の向くままに」

 答えになっていない。

「わかりました。じゃ、お風呂だけ先に入らせてください」

「いいの」

「いいですよ」

 なんで了承したのかわからないけれど、もしかしたらわたしもミサキさんと同じような心境だったのかもしれない。或いは、ただのやけ、あきらめの類だったのかもしれないけれど。


 シャワーが熱い。

 それは別に温度設定を間違えているわけではなく、傷にしみるからだ。

 大小さまざまな傷がびりびりと自己主張する。そろそろ慣れてきたけれど、本来慣れるようなことじゃないのかもしれない、とはぼんやり思う。

 わたしの母という人は、わたしを傷つけるのが好きだ。泣きながら、謝りながら、わたしの体に傷を増やしていく。

 世の中には痛めつけるのが好きな人がいる。痛めつけられるのが好きな人もいる。わたしはどうなんだろう。最初はただ嫌だったけど、今はそれだけではない、気がする。

 ミサキさんが本当に吸血鬼なのだとしたら、わたしの首筋に噛み付くのだろうか。それはやっぱり、痛いのだろうか。わたしの血は、甘いのだろうか。

 血が甘いから吸うだなんて、蚊じゃあるまいし。

 そう考えてしまうと、ちょっとだけ面白くなった。


「どうぞ」

「じゃあ、遠慮なく」

 そう言ってミサキさんはおもむろに抱きついてきた。ハグ、というやつだ。体が思わずびくりと反応してしまうけれど、押さえ込む。

「なんかさ」

「どうしたんですか」

 抱きついたまま、何もしてこようとはしない。

「落ち着くな」

「そんなもんですか」

 よくわからない。

 人に触れるのは変な感じだ。

「このまま、まさぐってやろうとか、噛み付いてやろうとかいろいろ考えてたんだけど」

 結局、その晩はそれ以上何も起こらず、別の布団で寝た。


3.


 妙に抱きついてくるようになったミサキさんを後目に、猫とか飼っている人間の心境というのはこんなものなのかもしれない、と考える。特に何をしてくるでもなくただ抱きついてきては、少しだけぼんやりして、何事もなかったかのように離れていく。

 一度だけ、体中の傷を丁寧に舐め回された。流石にあの時は驚いたけれど、特に抵抗もせず、されるがままにしていた。

「サキちゃん、わたしはさ」

 相変わらず、室内はヘヴィメタルが鳴りっぱなしだ。そろそろ曲の区別も少しだけ付くようになってきた。

「人よりちょっとだけ、死ねないんだよね」

「そんなもんですか」

「うん」

 ミサキさんが何を考えているのかなんて、わからない。

「人よりちょっとだけ、長く生きすぎたんだ」

「そういうものですか」

「うん」

 それが、ミサキさんと交わした最後のやりとりだった。


 やっぱり猫とか飼っている人間というのは必ずこういう経験をするのだろうか、という感想が真っ先に浮かぶ辺り、自分は薄情な人間なのかもしれないと思う。

 その日、目覚めるとミサキさんはどこにもいなくて、居間には散らばった灰と書き置きらしき紙だけが置いてあった。

「サキちゃんへ、ってまあ、何書いていいかわかんないんだけど、まあ一応。まず、別にサキちゃんのことが嫌いになったとかそういうわけじゃありません。自分に自信を持ってください(なんてわたしに言われても困るかもしれないけど)。じゃあ世界に絶望したか、っていうと特にそんなこともなくて、やっぱりわたしは少しだけ長く生きすぎて、少し死ににくかったんだと思います。思い立ったが吉日、なんて言いますが、死ぬのに良い日も悪い日も無いだろうし、ってんでその辺に散らばってるのがわたし、の予定です。」

 思わず、近くの灰に人差し指で触れてしまう。ざらりとした感触。

「その家はたぶん、居ようと思えばけっこう長く居られると思います。訪ねてくる人はたぶんいないだろうし、現金から金目のものまで漁れば色々出てくるはずです(危ないものはそっとしといてね)。」

 相変わらずわたしのポケットに入ってる小さな銃。たぶんこんなのがゴロゴロ出てくるのだと思う。そういえばあの棚、他に何が入ってるんだろう。

「ほんとはサキちゃんに、あの銃で撃ってもらおうかな、って思ってたんだけど。何だか気に入ってたみたいだからそれも悪いかなって思ったりして。先立つ不幸をお許しください、って別にサキちゃんは家族でも何でもないんだけどなんかね、抱き心地が良かったからね。うん、それはちょっと心残りかもしれないな。まあでも、楽しかったし十分堪能しました(って、この書き方なんかやらしいね)。最後にサキちゃんに会えて良かったな。なんか猫拾っといて餌やらずに放り出すみたいで気が引けるけど、強く生きてね。ばいばい。ミサキ」

 考えてみれば、わたしも猫みたいなものか。

 なんとなく、呆然としていたけれど、要するに、夢なんだ、と理解して、とっととこの家から出ていくことにした。

 灰をひとつまみして持って帰ろうか迷ったけれど、高校球児じゃあるまいしと振り払う。

 最後に、ラジカセの電源を入れる。ジューダス・プリーストのペインキラー。ミサキさんが歌っていたあの歌。母が好きなあの歌。ポケットの銃に手をかける。

 小さくても、威力は十分。

 わたしのような人間でも、変えられるだろうか。

 その、おもちゃみたいなくすんだ、美しい銀の弾丸が込められた銃をこめかみにあて、またポケットに戻す。

 帰ろう。

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ガールズ・ワールズ・レコーディングス 黒岡衛星 @crouka

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