10月

20回目の台風のあと

 10月22日火曜日。


 20個目の台風も農家農園のある土地からはようやく過ぎ去り、一息つくことのできた今日。日曜日からため込んだピーマンやナス、ホウレンソウやブドウといった収穫物の荷造りを早々に終わらせ、詰め込めるだけ軽トラに詰め込む。


「台風の日は外出しないから、野菜を買うお客さんも少ない。そんなときに出荷したって直売所を圧迫させるだけだし、2日もあれば生鮮食品は傷んじゃうからね」


 孝義さんはそう言いながら、既に傷んでしまった野菜をものすごいスピードで仕訳けていく。20年以上の積み重ねの成果をまじまじと見せつけながら、「今日中に終わらせないと居残りになっちゃうよ?」と急かす。


 そうして7人全員で荷造りした結果、500gの袋に入った野菜の束が大きめの段ボール箱合計25箱に隙間なく詰め込まれ、それが同じように隙間なく軽トラに積み込まれていく。


「よし、なんとか時間内に終わったね」


 孝義さんがそういうと、研修生4人はほぼ同時に、壁にかかった時計を見やる。

 時刻は16:58分。秋分も過ぎたので、春と同じ13:00スタート17:00終わりのタイムスケジュールに戻っている。本当にギリギリだったようだ。


「あーー疲れた~~……」

 菜津希が思わず漏らした声に、秀明たちが思わず吹き出す。さっきまで張り詰めていた空気は、それで完全に和んだようだ。

「お疲れ様~。今日はゆっくり休んでてね~」

 佳代さんはそう言いながら、作業場の片づけを始める。今日は誰よりも早く起きて、農作業も家事も休まず働いているはずだ。孝義さんや涼さん含め、その場にいた全員が「イヤお前/貴女こそ休んで!」と内心ツッコミを入れながら(涼さんは実際に口に出しながら)率先にて片付けを始めた。


 研修を始めて早7ヶ月。半年以上一緒に生活してきたので、研修生と指導員といった堅苦しい雰囲気は跡形もなく消え失せてしまっている。もっといえば、涼さんの(悪)影響もあって秀明や菜津希は実習中にも関わらずイヤホンを着けたまま作業をしているしで、なんというかだらしない。


 ……まあ、それだけ農家生活に馴染んできたとも言えなくもないが。


「菜っちゃん、今日の晩メシはなに?」

 床に落ちたピーマンのヘタを掃きながらヒデが言う。当初は当番制だったはずの料理係は菜津希に固定された。とはいえ他3人(というか男子2人)が何もしないというわけではなく、場合によっては下準備くらいは手伝うようになった。


「佳代さんに許可貰ったし、ピーマン炒めと麻婆ナスとか作ろうかなって」

 作業台の隅っこの方に、レジ袋が膨らむほどに詰め込まれた野菜が鎮座している。どうやら、今日は特別傷んだ野菜が多かったのもあり、今回荷造りして弾かれた規格外品をおすそ分けしてもらったようだ。


 当然ながら、寮の冷蔵庫は便利なポケットではないし、叩いたって中身が増えることはない。おまけに、寮のガス水道電気代以外のあらゆるものが寮生負担なので、こうやって無料で食料が手に入るのは本当にありがたい。


「菜津希さん。麻婆ナスはちょっと待ってください」

 布由がそう言いながら、雑巾を手放してスマホを手に取る。布由のスマホをのぞき込むと、ちょうどメモ帳アプリを開いたところだった。

 そのまま操作し、『寮』と書いてあるフォルダを開いて確認する。

「……やっぱり、お豆腐が1/4丁しかありません」

 半ば押し付けられる形で寮長になった布由は、よくこうやって備品や備蓄のメモを取っている。料理も週2くらいのペースでやるので、冷蔵庫の中身もばっちり把握しているようだ。


「あー…そういえばお味噌汁に使ったような記憶が……」

「そういえばそうだったな。一昨日だっけ?」

「やけに塩辛い味噌汁だった日のやつかぁ」


 あれは一昨日のこと。普段とは違う味噌汁が食べたいというヒデの無茶ぶりに答える為に、菜津希が普段使わない赤味噌を買ってお味噌汁を作った日だ(ちなみに普段は合わせ味噌を使っている)。ただ菜津希自身赤味噌は使ったことがなく、無茶ぶりゆえに調べる時間も少なかったため、結果として異様に辛い味噌汁が出来上がった、というのが顛末だ。


 全員食べた記憶があるので、記録はきっと正しいはず。

「そっかー。じゃあ献立変えた方がいいかもね」

 菜津希がそう言いかけた時、突然背後から涼さんの声がした。


「おいお前ら。今から出荷に行くけど、なんか用事でもあんのか」






 ここは地元のスーパー……に併設された直売所。普段農家農園が卸している出荷先だ。野菜の類は直接貰うからあまり活用することはなく、日用品は隣のスーパーや市内で買うことが多いため、滅多に立ち寄ることはない。


「オーライオーライ、もうちょい下がって………はいOK」

 そんな直売所の裏手にある荷下ろし専用の駐車場に停車させ、2人は積み荷を降ろすために車を降りた。


 それと同時に、さっきまで誘導をしてくれた人が話しかけてくる。


「おっ、今年の研修の子かい?どうだい今年は。例年に比べて台風が多くて大変じゃないかい?」


 聞くところによると、どうやらここの店長のようだ。涼さんが秀明に、「このおっさんにメモ渡しといて」と指示をする。

 そんな指示を聞いた当の店長は「おっさんは酷いじゃないか」と不服そうに文句を言いながら、出荷物の種類や量、値段の書かれたメモを秀明から受け取る。


 店長はそのメモを一通り確認し、いくつか涼さんに質問を投げかける。


「ねえ涼くん。ハヤトウリとサトイモはいつくらいに持ってきてくれる?」


 そしてその質問に涼さんは気怠そうに答える。


「知らね。来週とかじゃね?」

 そんな微妙にふんわりとした会話を聞きながら、秀明は直売所のキャスターに段ボールを積み上げていく。早いところ出荷作業を終わらせて、スーパーに買い出しに行かなきゃいけないからだ。



 およそ10分前のこと。出荷の手伝いに秀明がついていったのと同時に、念のため確認しに寮に戻った菜津希によると、確かに豆腐は足りなかったらしい。と同時に、卵の賞味期限がギリギリだったこと、今日の献立が中華料理多めだったこともあり、追加でラーメンを作ることに決まった。という旨の連絡が入ってきた。


 まあ早い話が、『豆腐のついでに麺とタレを買ってこい』ということだ。買うものが増えて面倒だが、晩飯が豪華になる上に料金は後で立て替えてくれるらしいから文句はない。


「『ついでになにか買い足しときたいものがあったら早めに言えよ』……っと」

 秀明はそう返事をし、『今のところは追加で買ってもらうものもないから大丈夫』とスタンプ付きで帰ってきたのを確認したところで直売所についた、というのが現状だ。


 まあどちらにせよ、買い物をはやく終わらせないと晩飯の時間が遅くなる、というのは事実だ。というか実際今モーレツに腹減ってる。



 男3人がかりでやる荷下ろし作業はものの1分足らずで終わる。後は最終検品したり棚に並べたりといった作業があるが、それらは直売所のパートのおばちゃんたちに任せる。残った作業は、前回出荷して空になった段ボールの回収くらいだ。その作業を仕掛けた時、涼さんに待ったを掛けられる。


「これ積んだら終わりだから、とっとと買い物いってこい」

「いいんスか?!」


 普段の荒っぽい涼さんからはあまり想像できない意外な優しさに、秀明は奇妙な感動を覚えた。

「普通に考えて買い物の方が時間かかんだろーが。おっさんに文句いうくらいしか暇つぶせるもんねーんだからとっとといってこい。つーか行け」


 自他ともに認める馬鹿だからよく知らないが、これが所謂「ツンデレ」とかいうやつだろうか。どちらにせよありがたいことなので、秀明はお言葉に甘えて、軽トラに積んだ財布を取りに行く。

 財布を持ってスーパーに向かおうとしたとき、店長と涼さんの会話が偶然耳に入った。


「どうよ、売り上げの方は」

「それがねぇ。買いに来るのはほとんどが地元の人だし、最近はみんな都市部に行っちゃって人口減ってるから、それにあわせてジワジワとねぇ」

(うわぁ……)


 偶然耳にした世知辛い内情に複雑な感情を抱きながら、涼さんを待たせないよう買い出しを早く済ませるためにスーパーまで走った。

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