第八話(エピローグ)
後日……。
その週の週末、ダベンポートはジェームズを自宅に招待していた。
プップー
家の外から蒸気自動車のクラクションの音が聞こえる。
「やあ、来たみたいだな」
ダベンポートは読んでいた新聞を折りたたむと、リリィにお茶の準備をするようにお願いした。魔法院の黒い制服を脱いだダベンポートはいつもよりもリラックスして見える。
「ジェームズ君が来たようだ。お茶を二人分、いや、三人分お願いできるかな?」
「三人分、ですか?」
リリィは不思議そうに小首を傾げた。
「ああ。どこで聞きつけたのか知らんが、クレール男爵夫人が一緒に来ているようだ。まあ、気さくな人だから安心したまえ」
…………
「すみません、僕が口を滑らせてしまったんです」
ジェームズはクレール夫人を連れてリビングに通されると、ダベンポートに頭を下げた。
「いや、構わんのだが、ジェームズ君はいつからクレール夫人とそんなに親密になったのかね?」
フフフッ……と楽しそうに含み笑いを漏らす。
「嫌ですわダベンポート様、まだそういう関係ではありませんでしてよ」
クレール夫人も笑みを漏らすと、わざとジェームズに流し目を使った。
「こちらに伺えば面白そうなお話が聞けそうだったので、今日はご一緒させて頂きましたの。こんな楽しいこと、社交界ではないんですもの」
「やめてくださいよ、二人して僕をからかって。クレール夫人にはマリー・アントワネット号を見てもらっているだけです。夫人によればまだまだ改善の余地があるとかで」
「ええ! あの船はもっと可愛くなりますわ!」
クレール夫人は両手を合わせると顔を輝かせた。
「今度は
なるほど、あのマリー・アントワネット号がさらに凶暴化するのか。それは楽しみだ。
(しかし、どうもこのご婦人はすぐに暴走する。どこかで止めないと……)
「それはともかくですね」
ジェームズは話題を変えた。
「あの船は結局なんだったんです? 今日はそのお話を伺えると思っていたのですが」
「ああ、そうだね。では、早速本題に入ろうか」
ダベンポートは一口お茶を啜ると話を始めた。
「まあ思った通り密漁船だ。彼らはその陶器の爆弾を使って爆発漁法をしていたんだよ」
「爆発漁法?」
クレール夫人が不思議そうにする。
ダベンポートの代わりに、ジェームズは簡単に爆発漁法について説明した。
「クレール夫人、爆発漁法って言ってですね、水中で爆弾を爆発させて魚を根こそぎにする漁法があるんですよ。無論、違法です」
ジェームズは不愉快そうに眉を顰めた。
「彼らはその陶器製の爆弾を使って組織的に魚の乱獲をしていたんだ。よりにもよってジェームズの漁場でね」
「しかし、彼らはなんでそんな物を大量に持っていたんですか?」
ジェームズはダベンポートに訊ねた。
「ああ、それが傑作な話なんだ。彼らが爆弾で何をしようとしていたのかは今となってはどうでもいい。ともあれ、彼らはお茶と一緒にお国からその陶器製の爆弾を輸入して、それでこの王国で何かをしようと企んでいた。だが、彼らは一杯担がれていたんだよ」
ダベンポートが意地悪く笑う。
「担がれていた?」
「そう。彼らが爆弾だと思って密輸したものはさ、言ってしまえば一輪挿しの出来損ないなんだ。そりゃそうだろう、陶器に水を詰めるだけで絶大な威力なんて魔法はありやせん」
「一輪挿しの出来損ない……」
ふとジェームズはティーテーブルに飾られた東洋風の一輪挿しに目をやった。確かにこれは……。
「ハハハ、大丈夫ジェームズ君、ちゃんとそれは解呪してあるよ。爆発して大音響を出すような事はないから安心してくれたまえ。リリィが形が可愛いと言うのでね、花瓶として使っているんだ」
「確かに可愛い形ですわ」
「ならば帰りに一つ差し上げましょう。解呪済みの『花瓶』がまだ三つほど残っている」
「しかし彼らは一体どこから来たのですか?」
ひとしきり雑談したのち、お茶を飲みながらジェームズは話を元に戻した。
「ああ、彼らは外国から出稼ぎに来た労働者だよ。元々は鉄道工事の現場で働いていたらしい」
「へえ」
「何がどうなれば工事現場の労働者が密漁者に化けるのかは判らんが、ともかくそれが事の真相だ。おそらく、あの陶器の爆弾が陸上ではただのゴミクズでも水中で爆発させれば音響爆弾になることに誰かが気づいたんだろうな。それで船を手に入れて君の漁場に音響爆弾をバラ撒いていたと、まあそういうことだ。一攫千金を狙ったのかも知れん。いや、あるいは……」
「あるいは?」
クレール夫人が身を乗り出す。
「あるいは、そもそもその『担がれていた』という話が嘘である可能性もある。ひょっとしたら彼らは確信を持って陶器製の爆弾を音響爆弾として運び込んだのかも知れないね。ただ、そうなると鉄道工事現場の出稼ぎという話も相当に怪しくはなるが……」
「どちらにしても不愉快な話ですね」
ジェームズは表情を曇らせた。
「ああ。だが、本当に不愉快なのはこれからだよ」
ダベンポートは片手で頬杖をつくと皮肉っぽく笑った。
「どうやら彼らはお国に強制送還になりそうだ。しかも、旅費は王国持ちでね」
「ええ? それはどうしてなんですの?」
流石にクレール夫人もびっくりしたようだ。
「なんでもね、爆発漁法は王国では違法でも、彼らのお国では違法ではないようなんだ。それで今揉めてるんだが、どうも『違法性の意識』の欠如が適用されて罪には問えないという結論に達しそうだよ」
…………
「ところで、シャーロットはどうしているかね?」
帰り際、ダベンポートはジェームズに訊ねた。
「ええ、元気ですよ。密漁船がいなくなってから大活躍でしてね、漁獲量もうなぎ登りです」
ジェームズが笑顔を見せる。
「ほう、それは良かった」
「ところがですね、少々問題が……」
そういいながらジェームズが困った顔をする。
「問題?」
「実はですね、いつの間にかにアシカが二頭になっちゃったんです」
「二頭?」
「え? 二頭?」
ダベンポートとクレール夫人はほとんど同時にジェームズに訊き返した。
「どうも、シャーロットがお友達を誘ってしまったみたいで。そういえば最近あの辺り、アシカが多い気がするんですよ。どうしましょう、これが今度三頭、いや四頭になっちゃったら」
──魔法で人は殺せない11:マリー・アントワネット号の秘密 完──
【第三巻:事前公開中】魔法で人は殺せない11 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo
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