後編

「ねえ、おばあ様」

「どうしたのかしら、ジュリア」

「この前お話ししてくれた魔女のお話、続きはないのかしら?」

「続き?」

「ええ。だってあのままじゃ魔女が救われないじゃない」

「……」

「魔女は結局どうしたのかしら。私、それがどうしても気になるの」

「ジュリア、この前のあのお話は、私も聞かせてあげたところまでしか知らないわ。だから続きがあったとしても、あなたに聞かせてあげることはできないの。ごめんなさいね」


♦ ♦ ♦ ♦


 私は正直なところ、どうすればいいのか、何も考えることができなかった。

 ただ、彼がもういないのだと考えると、とても胸が痛くなる。

 それは、あの日からずっと私を苛んでいる。


 私はあの後、森を出るつもりでいた。だが、いざ出ようと思ったときに私の足は止まってしまった。私には、彼が残した頭があればいいと、本気でそう思っていた。けれど、家を出ようとしたときに頭をよぎったのは、彼を育てていた時の思い出だった。

 ちびでやせっぽちで弱々しい見た目をしていて、母親のことを考えて泣いていたころは、どうやって食べてやろうかということばかりを考えていた気がする。

 けれど、だんだんと彼が大きくなってゆくにつれて、私の中で何かが変わってしまっていた。

 何がどう変わったのかは私にもうまく説明できないけれど、いつからか、彼を食べること自体を忘れかけていた気がする。


 結局、家を出る覚悟を決めたのは、それからしばらく経ってからのことだった。その間、彼の母親がいる(はずの)国では、私についてのいろいろな憶測が飛び交っていたようだが、そのどれもが見当違いのものばかりで、耳に入った時には愉快な気持ちになり、すぐに彼のことを思い出して胸がずきりと痛んだ。

 多分、家を出ようと思ったのは、そこにいると否が応でも彼のことを思い出してしまうからだったと思う。

 私は、彼のことを忘れたくないなどとのたまいながら、彼との思い出に縛られ続けることを恐れて逃げたのだ。いや、本当は忘れたかったのかもしれない。もし彼のことを忘れてしまうことができたのなら、私はもっと楽に生きることができるのだろうか。

 多分、きっとそれはできないことなのだ。

 私は魔女だ。楽に生きることができるようなら、今こうやって胸の痛みに苦しむことなどないのだろう。


♦ ♦ ♦ ♦


「ねえ、おばあ様」

「今度はどうしたのかしら?」

「私は、魔女は悪い人だと思うの」

「それは……魔女なのだから悪い人なのではないのかしら」

「いえ、いえ、そうじゃないのよおばあ様」

「じゃあ、どういうことなのかしら?」

「ええと、ええと、ね」

「焦らなくてもいいわ。私はちゃんとあなたの話を聞いているから」

「………………。ああ、そうだわ。魔女はどうして出された食事に美味しくない、なんて言ったのかしら。作った人にとって失礼だと思うわ。ママがよく言っているもの。『作ってくれた人に感謝して食べなさい』って」

「それは、作ってくれた人に感謝していなかったからではないかしら」

「どうして?そのセイネンって人は魔女のためにご飯を作ったんでしょう?感謝することはあっても、文句を言うことはないと思うわ」

「…………。そうね……。でもね、ジュリア、たとえあなたが誰かのためを思って行動したとしても、感謝せずに文句を言うような人がいつかきっと現れるわ。けれどね、ジュリア、それで、誰かのために動けないような人にはならないで。私との約束よ」

「ええ、わかったわ、おばあ様。心配しなくていいわ。だって私がおばあ様との約束を破ったことなんてないでしょう?」

「そうね……。信じているわ、ジュリア」

「もちろんよ!」



♦ ♦ ♦ ♦



 私はそれから、いろんな国を旅した。

 栄えている国、貧しい国。人口の多い国、少ない国。暑い国、寒い国。

 私は基本的にその国の人間と関わりを持つようなことはしなかったが、生きるために必要になった時に、最低限の関わりはとらなければならなかった。

 だが、やはり人間と関わっていると彼のことを思い出してしまい、とてつもなく苦しかった。

 これは、彼から私への罰なのだ。彼をすぐに食べていれば。彼を母親のもとに返していれば。もしかしたらこんな思いをせずに済んだに違いない。

 そんなしか私の頭にはなかった。

 けれど、私は時を戻せるような魔法は使えないし、そもそもそんな魔法を使える魔女の話すら聞いたことがない。

 忘れられるんじゃないかと思って家を出たのに、結局彼のことばかりを思い出してしまう。これじゃあ、いつまでたっても忘れられるわけがない。

 だから私は、自分に忘却の魔法をかけることにした。

 忘却の魔法。それは、私が使える魔法の中でもトップクラスに難しい魔法だった。

 どうして今まで使ってこなかったのかといえば、単純に魔法を発動するのに必要な魔力が足りなかったからだ。

 森の家を出て以来、旅を続け、最低限の力を保つことしか考えていなかった私の力では、とても複雑かつ精密な魔法は使えなかった。だが、もうそれもやめにしてやる。

 次に訪れる国で人を食い、手に入れた力で彼と出会ってからのことをすべて忘れて、私は恐ろしい魔女に戻るのだ。

 そうすれば、きっと私は解放される。解放されればもう私を苦しめるものなど何もない。私は自由になれるのだ!



♦ ♦ ♦ ♦



「急がなくちゃ、急がなくちゃ。このままだとお夕飯に遅れてしまうわ。」


「はあはあ……、遅れたらママはとっても怒ってしまうわ」


「それに、おばあさまに自慢したことも自慢できなくなってしまうわ」


「もう少しでお家だわ。これなら間に合うかしら?」


「……あら?あんなところに女の人が倒れているわ!」


「………………。困っている人がいたら助けないといけないわよね。でも助けていたら遅れてしまう……」


「しっかりするのよわたし!困っている人がいたら助けるのは当たり前でしょ!」


「ねえ、そこのあなた。こんな寒いところで何をしていらっしゃるの?今日はもう日も暮れそうだし、これから雪が降るそうよ。何か困っているのなら、わたしにできることがあれば手伝わせてちょうだい!」



♦ ♦ ♦ ♦



 情けない。人を食らう前に自分が死にかけるとは。前の国を出てこの国に来たのはよかったが、訪れたときにちょうど寒波が襲来したらしい。あまりにも寒く、何か食べるものを手にいれようかと思ったところで倒れてしまった。

 なぜ私は忘却したかったのだろうか。

 死ねば彼のもとに行けるかもしれないのに。

 いや、私は彼に会うのが怖かったのだ。

 でも、もう眠い。

 寝たら死ねるだろうか。

 寒いからひどく苦しむかもしれない。

 でもいいや。


 意識を手放してしまう前に、誰かか駆け寄ってきて何か叫んでいた気もするが、いずれ死ぬ私には興味はない。


 ……。…………。………………。

 暖かい……。私は地獄に落ちるものだと思っていたが、地獄とはこんなにも心地よいものなのか?

 私はゆっくりと目を開く。どうやら私はベッドで寝ているらしい。起き上がって周りを見回すと、赤々と燃える暖炉の横に安楽椅子がある。そこには十歳前後に見える少女が座っている。どうやら寝ているようだ。

 ぼうっとその少女を見ていると、部屋のドアが開いて女性が顔を出した。

「あら、目を覚ましたのね。調子はどうかしら?」

「……私のことなど放っておけばよかったのに」

 どうやら私は生きているらしい、ということに頭が追い付いた途端、私の口からは恨み言が出てきた。一度死ぬ覚悟を決めたのにそれをあっさりと覆されてしまった。これでは死ぬに死ねない。

 いや、この人間を食って忘れてしまえばいい。最初はそう考えていたじゃないか。

「若くて美しいのに死にたいなんて、贅沢な人なのね」

 女性はそう言うが、私はこれでも数百年は生きているのだ。私は鼻で笑ってベッドを出る。すると、安楽椅子に座っていた少女が目を覚ました。

「あら、お姉さん目を覚ましたのね!よかったわ、見つけたときはあんなに冷たくなっていたんだもの!」

 ならそのまま放っておいてほしかったが、その少女の目はどこかで見た目にとてもそっくりで、その事が最後に食べた『食事』を思い出させて、私は口を押さえてうずくまる。

「やめろ、やめろ!私にそんな顔を向けるな!」

 私が叫ぶと女性はその少女を連れて部屋を出ていった。都合がいい。この隙にここから逃げ出してやる。

 多分、私にはあの少女を食べることができない。あの女性が母親だとするなら、一家すべて食べてしまわなければならないが、少女を食べられない以上この家族はダメだ。

 足取りはまだ危ういが、逃げ出すには十分だ。外は雪だが、魔女である私には寒さを避ける術だってある。さっきは……油断しただけだ。

 窓を開けて窓枠に足をかけたとき、再びドアが開いて先程の女性が顔を見せた。彼女は私がしようとしていることを見ると、血相を変えて私に抱きついてきた。

「あなた、何をしているの!あなたはまだ体調だって万全じゃないのよ!」

 女性の力は案外強く、彼女の言うとおり体調が万全ではなかった私は、あっさりと窓枠から引き剥がされてベッドに放り込まれてしまった。

 私は反抗しようとしたが、自分の体温で暖められていた布団は思ったより心地よく、私の意識はすぐに闇に溶けてしまった。



♦️ ♦️ ♦️ ♦️



「あそこで倒れていたお姉さん、大丈夫だったのかしら」

「ジュリアは優しいのね。あなたのお母様が看ているからきっと心配ないわ」

「早くよくなってほしいわ。あのお姉さん、きっと旅人よね。だって見たことのない服を着ていたんですもの。きっと私の知らない話をたくさん知っているはずだから、聞いてみたいわ!」

「ジュリアは本当にお話が好きなのね。とてもいいことだと思うわ」

「だっておばあ様が面白い話をいっぱい知っていらっしゃるのだもの!嫌いになるわけがないわ!」

「そうね。私は若い頃にいろんな国を見たのよ。そのときにいろんな話を聞いたわ」

「私も大きくなったら色んな国に行ってみたいわ」

「ふふ、そのためには好き嫌いなく食べて、しっかりお勉強しないといけないわね」

「うぅ、ピーマンはどうしても苦手だわ……」



♦️ ♦️ ♦️ ♦️



 私は結局そこでしばらく過ごすことになった。思っていたより衰弱がひどかったらしく、看護師だという女性の手によって半強制的に、ではあったが。

 さすがに、しばらくこの家で暮らしていれば少女の目にも慣れていった。

 少女はとても知識欲が強く、私が今まで訪れた国の話を聞きたがった。その姿がやはりどうにも重なってしまって、辛くはあったが、私は拒まなかった。

 贖罪のつもり、だったのだと思う。彼は死んでしまって、彼女は彼とは違うということは分かっていた。でも、私は彼と彼女を重ねてしまっていた。

「ねえ、お姉さん、今日はどんなお話をしてくださるのかしら?」

「ああ、そうだな。昨日は北の国だったから……今日は南の国にしよう」

「お姉さんは本当に色んな国のことを知っているのね!」

「……ああ、そうだな」

「何か、悪いことを聞いてしまったかしら……?もしそうだったら謝るわ」

「いや、そんなことはないよ。ただ、私はいつまでここにいられるのだろうかと思ってね」

「お母さまが許してくださるならいつまででもいてほしいわ!」

「…………そうだね。そうであればいいと私も思うよ」


 その日の夜、私は彼女の祖母に呼び出された。彼女は暖炉の前に安楽椅子を置き、編み物をしながら私を待っていた。

 私が部屋に入ってくると、彼女は手招きをして、もう一つの安楽椅子に座るように示した。私は何を話すのだろうかといぶかしんだが、彼女は黙々と編み物を続けていた。

 しばらくした後、彼女の手には赤いマフラーが一つあった。

 その様子を不思議そうに眺めていたからだろうか。彼女はこちらを向いて微笑むと、

「あなた、本当は旅人じゃないでしょう?」

と言った。

 私は顔色一つ変えることなく黙ったままでいることを選択した。

 彼女は気にしていない風に続ける。

「あなたが孫に話してくれているお話は私も聞いているわ。でもあなた、随分と不用心ね。今はもう存在していない国の話をするなんて」

「存在しない国……?」

 そんなはずはない。私があの子に話したのは最近訪れた国ばかりだったはずだ。いや、あの国の話か……?あの国は少し前に……何年前だったかな…………。

「どの国のことか考えているようね。でもきっとあなたには分からないわ」

「…………」

「孫が話してくれた国の中に、近くに森があって、その中には魔女が住んでいるとされている国があったわ。それはきっと、東の端の国でしょう?」

「!」

「あら、顔色が変わったわね。どうやら図星だったようね」

「どうしてあなたはそのことを知っているんだ?」

「だって私はその国の出身だもの。その話は子供のころにずっと聞かされていたわ。私の弟も魔女に連れ去られてしまったもの。お母さまが弟を連れて買い物に出て行ったと思ったらお母さまが泣きながら帰ってきて、弟が魔女に連れ去られてしまったといった日のことは朧気だけれども覚えているわ」

 私は、それを聞いて足元が崩れていくような感覚を味わった。そんな偶然があっていいものだろうか!彼女が子供ほどの年齢の時に私のもとに来た子供は彼だけだ。彼女はその後どうしてその国が滅んだのかについて語っていたようだが私の耳には全く入ってこなかった。

「顔色が悪いわ。…………身分の詐称について責めるつもりはなかったのよ。もしそう感じてしまったのならごめんなさい」

 私はその言葉にああ、とかうん、のような生返事で答えて、部屋に戻った。

 今は何も、考えたくなかった。


 次の日の夜明け前、私は荷物をまとめていた。昨日までならあの子と話すのは贖罪ので済んでいた。でも、事実を知ってしまった以上、これから行うのは本当の贖罪だ。私はそのことに、耐えられる自信がない。

 だから、逃げることにした。


 逃げる前に、私にはしておくことがあった。この町での魔力補給である。あの子の家族を食べられないことが確定となった以上、それ以外の人間を食べなければならない。そのために私は朝のにぎわう市場をさまよっていた。

 なかなか条件のいい人間が見つからない。

 あまりここに留まっていると、あの家族に見つかってしまう。それだけは避けたいことだった。

 数時間は歩き回ったころだったろうか。にわかに向こうの方が騒がしくなってきた。どうやら向こうの方で子供が馬車にぶつかってしまったらしい。

 ちょうどいい。死にかけなら得られる魔力は半減するだろうが、子供ならそれでも大人よりはましだろう。私はそう考えて、人の流れに身を任せて事故の現場へと向かった。


 甘かった。

 私の考えは甘かったのだ。

 私はそのことを彼で身にしみて分かっていたはずだった。

 否、やはりそれは、はずだった、なのだろう。

 事故の現場は、私にとってはそれほどのものではなかったが、普通に生きている人間からすればかなり悲惨な現場だったことだろう。

 事故に遭ったであろう子供の四肢は曲がり、血の気もすでに引いている。

 おそらく、医者でも匙を投げるのではないだろうか。

 その顔が、楽しい時にはよく笑い、機嫌が悪い時には頬を膨らませ、興味を持つ者に対しては瞳を大きくさせていたことを私は知っている。

 子供の周りには母親が泣きついている。

 馬車は大きく壊れていることからもこの事故の悲惨さがよく分かる。

 私は一通り現場の様子を眺め、もう一度子供に顔を向けた。

 私の脳裏に浮かぶのは、これまでの人生の中で最も美味しく、最も不味かった料理のことだった。


 私は子供に一つの魔法をかけると、人込みを抜け、近くの路地裏に入り込む。少し進めば、この町の裏側に辿り着く。そこには、様々な理由で日の当たる場所で暮らせないような人々が暮らしている。

 私は、食事を始めた。


 しばらくすると、その場は静かになった。


 私は走って路地裏を抜け、表通りに戻る。当然のように、あの子はすでに虫の息だ。流石に先程の私の魔力では出血による死亡を少し遅らせるのが関の山だ。

 だが食事を終えた私にとってはそうではない。

 私は人込みをかき分け、母親のもとに駆け付けた。

 母親は口を開いて何か言おうとしたが、私はそれに先んじて指を鳴らした。

 発動したのは催眠の魔法。しばらくこの辺りの者には眠っていてもらおう。


 私は彼女の額に手を当てて集中して彼女の意識を探る。あった。だが非常に弱い。これは急がなくては。

 私は意識を彼女に潜らせた。


 彼女の意識はかなり深いところにいた。この意識が生きようとしなければ、肉体を治したとしても意味はない。

 私は彼女の意識の腕をつかむ。

 彼女はゆっくりと顔をあげ、虚ろな瞳で私を見た。

『…………お姉さん…………?』

「ああ、そうだ」

『どうしていきなりいなくなっちゃったの?』

「…………私は君と一緒にいるべきではない」

『いやよ!私はお姉さんと一緒にいたいの!お姉さんが帰ってきてくれないなら私も帰るつもりはないわ』

「強情なやつだな……。君の母親が泣いていたぞ」

『それは…………』

「一つだけ、君とずっと一緒にいられる方法がないわけじゃない」

『なら…………!』

 そこで私は息を吸う。これから彼女に伝えるのはかなり残酷なことかもしれない。

「私は実は魔女なんだ。だから死にそうな君の肉体が進む時間を遅らせている。だけど君の肉体の傷は深いから、私の魔法で治すことはできない」

『じゃあ、私は死ぬの……?』

「いや、死なせない。

 彼女は理解できないという顔で私を見ている。

「君の肉体を治せないのは単純に治すのに必要な材料が足りないからだ」

 でも、と言って私は続ける。

「材料が足りないなら、別のところから持ってくればいい。別にそれが私の体でも構わないんだ」

『で、でもそれならお姉さんが死んじゃうわ!』

「私はもうたくさん生きたんだ。それに、」

『それに……?』

「いや、君に話しても……いや、話そう。君に全く関係のない話ではないからね」

 そして私は、彼のことを、彼女にとって大伯父の話を語る。私が彼女に話して聞かせる最後の物語だ。

『そんなことがあったのに、自分の体を私にあげようだなんて、ずいぶん身勝手なお姉さんね』

「まあ、それを言われると言い返す言葉がないんだが」

 私は頭をかきつつ苦笑いをする。

 でも、だからこそ意味があるのだ。

 私がやられたことをやり返す。子供らしい考えだけれど、私は魔女なんだ。

「もちろん、肉体は消えてなくなるけど意識は残す。意識だけで君に取り憑いてやる」

『私は実体のあるお姉さんと一緒にいたいのよ?』

「数世代越しの意趣返しだと思ってくれ。……私はまた、誰かとお別れしたくないだけなんだ」

 少しだけ本音を漏らすと、彼女はクスッと笑って少し微笑んだ。

『あら、お姉さんはずいぶんと寂しがりやさんなのね』

 私は目をそらして目を閉じる。

 まぶたの裏にはいつだって彼の姿があった。

 今ではその姿がぼやけるときもあるけれど、その笑顔だけは忘れない。

 今、目の前で微笑んでいる少女はその笑顔によく似ていた。

「確かに私は実体をなくす。けど、約束しよう。私は君の側を絶対に離れない。約束を破ったら縁を切ってくれ」

『そうね……。その約束、ちゃんと守ってちょうだい。破ったら縁を切ってあげるわ』

「よし。じゃあ、上に行くぞ。手を離すなよ」

『ええ、絶対離してあげないんだから!』


 そのあと、私は彼女に言った通り、自分の肉体を使って彼女の肉体の傷を治した。

 そして私は死んだ。



♦️ ♦️ ♦️ ♦️



「そういえば、あのお姉さん目を覚ましたそうね」

「ええ、おばあ様。でもすぐに出ていってしまわれたわ。何か楽しい話が聞けるかと思ったのに」

「そうね。旅人なんてみんなそんなものなのよ、ジュリア」

 私のおばあ様はどこか懐かしい顔をして部屋の隅を見つめている。

 そこには誰もいないのだけれど、私にはなぜか、おばあ様の大切な人がそこにいるんじゃないかと思っている。

 部屋の隅で誰かがクスリと笑った気がした。なぜだか、とても安心できる笑い声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女の出会いと別れ 将月真琴 @makoto_hata_189

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ