epilogue

七難八苦の先に待つもの

穏やかな午後の日差しが頬を撫でる。

それはもう、愛玩動物のそれよりも優しくそれでいて思いやりに溢れた手つきで頬を撫でる。

隣に寄り添うのは想い人。

暖かな午後の微睡みは、容易く患者を離さない。

ちりんちりんと風鈴が穏やかな風の到来を鳴らしている。

季節は夏真っ盛り。

聳え立つ白亜の塔と、周りの摩天楼は変わらず蜃気楼の先で確かに存在している。

夢も、現実も変わらない。

眠りの王子の傍で帰還を待つ姫。

しかし、夢で見られなかった現実は確かに存在している。

麗しい黒髪と儚げな瞳。

涙の跡が残る白磁の肌。

なんのために泣いたのか、など彼女の周りを見れば愚問だろう。

彼女は王子のために泣いたのだから。

そんな彼女も泣き疲れたのか幾分か穏やかな顔つきで寝息をたてている。

薄い白のカーテンが風鈴と共に揺れて、王子の眠りを覚まさせる。


「ん…んん……」


唸り声と共に、遊は目を開ける。

チカチカとした目が、段々と焦点を結ぶと共に、像が線を結んでいく。

目の前にあるのは白い天井。

白い病室に白いワンピースを着た傾国の美女がこちらを向いて寝ている。

涙が新たに、瞼から落ちようとしている。

その涙を無意識に拭おうと体を動かそうとするが、体が鉛のように重い。

そんな体が鈍るまで長い時間寝ていたのかと愕然としながら震える手で凜華を揺り起こす。


「…お……い…、……凜華?頼……む、…起きて………くれ」


絞りカスのような声も出ない。

それでも何とか血を吐くような思いをして声を出す。

どうやら喉も枯れて満足に声も出せないようだ。

嗄れた老人のような声で呼び掛ける。

何度か肩を揺らすと、形のいい眉が崩れて、喘ぎのような艶かしい声が漏れる。


「う、ううん…?」

「おい、起きろぉ…」

「誰ぇ…?」

「お、れだよ」

「俺…?俺って…?」


目を擦りながら体を起こす。

まだ寝ぼけているのかフワフワとした受け答えだった。

きっと彼女は驚くだろうなと心の内で思いながら遊は笑顔で挨拶する。


「おはよう」

「はい、おはよう…おはよう…おは…お、は、は?へ?ひ?」


頭が真っ白になっているであろう凜華は次第に意味の無い言葉を呟き始め、しまいには──


「え!??ゆ、遊君!?」

「あぁ。ただいま?って言ったほうがいいか?」


その言葉を放った瞬間、彼女の目に光り輝く雫が見えて。

その煌めく雫を振り落として、毅然とこちらを見つめて。


「よ、よかった。目覚めてくれた…遊君ッ!」

「うおっ!」


感極まった様子で飛びついて来た凜華をふらつきながら受け止めて遊も、感涙にむせぶ。

自然と心があったまる気がする。

こうして胸に彼女の鼓動を感じて、自分が帰ってきたことを実感する。

七難八苦を乗り越えて自分は現実に帰還したのだと。

もちろん、七難八苦を乗り越えるのに多大な犠牲と時間と心配を代償にして。

消えた二人も、絶望の底で寝惚けていた時間も取り返しはつかない。

しかしそれでも時間は来る。

夜明け前より瑠璃色な目覚めは訪れるのだから。

それらに報いる為にも、明日を、生きる希望を探し求めるのだ。

そして───千佳を取り戻す。

逃げ続けてきたことに向き合って、次こそはと挑戦するのだ。


「ごめんな。すげー心配かけた。でも、もう大丈夫。向き合うべきことに向き合って、叱咤激励されて、ケツ蹴っ飛ばされて…帰ってきたから」

「もう、もうどこにも行かない?もしもの時は私たちを頼ってくれるの?」

「あぁ。お前らを置いてどこかへは行かない。一緒に、行こうぜ──未来へ」


手を取って立ち上がる。

俄に騒がしい外へと。

二人は旅立っていく。

仲間を呼びに。

輝かしい未来へと──。


「うん、行こう!みんなが待ってるから」






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七難八苦を砕くオルタナティブ たまマヨ @tamamayo999

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