第4話 世界の中心でトドメと叫ぶ。

 僕は彼女を、思い出の喫茶店に呼び出した。



 僕たちが初デートの際に立ち寄った、レトロで落ち着きのある喫茶店だ。



 ――今日、僕は彼女にプロポーズをする。



 向かいの席に座っている彼女も、何かを予感しているのか落ち着かない様子だ。



「理恵さん。……大事な話があります」



「……はい」



 彼女は僕の顔を見ることなく、俯き加減に返事をした。



 僕はポケットから、用意していたリングケースを取り出した。


 緊張のせいか、少し手が震えたけど、何とかそれを開き、中で輝く指輪を彼女に見せつけた。



「僕と……結婚して下さい」



 彼女は少し沈黙して、それからしくしくと泣き出した。



「……ごめんなさい」



 その声はか細く、そして震えていた。



「理恵さん! 僕は!」



 彼女は僕の言葉を遮り首を振る。



「嬉しい! 嬉しいのっ! ……でも、ダメなの。私の病気は、もう治らない。アナタに迷惑はかけたくないの!」



「違う! 僕は迷惑をかけて欲しいんだ! 君の人生を、僕に背負わせてくれないか!?」



 僕は必死で訴える。


 彼女の苦しみを、悲しみを、痛みを、僕に半分寄越して欲しい。


 そして、喜びを、楽しみを、未来を、二人で築き上げて行きたいと。



 それでも彼女は首を振った。


「ダメなの。……ごめんなさい」


 その言葉に、僕は力なくうなだれた。




『アハハハ! あのバカ息子、私に本気で惚れてるんだから!』


 ふいに、どこかから声が聞こえた。


 どこかで、聞いたことのある声だ。



『今まで散々貢がせてきたけど、そろそろめんどくさくなってきちゃった』


 ――この声は。


 僕は思わず彼女の顔を見る。彼女の顔は、驚きと焦りが入り混じったような表情で固まっていた。




「キャハハ☆ お姉さん、病気じゃなかったみたいだね☆」


 彼女が座っている席の後ろから、金髪の少女がひょっこりと顔を出した。


 場に相応しくない、黒い水着のような恰好をしている。


 そして、その手には、ICレコーダーを持っていた。



『そうそう、アイツには私が不治の病だっていってんの。あのバカほんとに信じてるんだから! ウケるよね~』


 レコーダーからは、彼女の声が流れ続けていた。



「り、理恵さん、……これは」


 彼女は何も答えない。その手がぶるぶると震えている。



『なにいってんのよ。……私が好きなのはアナタだけ。……あん! ちょっと、またやるつもり? ……あっ! ダメ! ……ああん!』


 その後は聞くに堪えない男女のまぐわう音声が流れ続けた。



「キャハハ☆ お姉さん、やらしー!」


 少女が楽しげに声を上げる。



「アンタ! なんなのよ!」


 彼女が見たこともないような怖い顔で少女に食って掛かった。



「私? 私はミカン。トドメ刺しのミカン。トドメを刺すのがライフワークなんだ~☆」



「と、トドメ?」



 僕は少女に聞き返す。



「そう。……あれ? でもこの場合、どっちのトドメになるのかなぁ? お兄さん? お姉さん? ……ま、どっちでもいいよね☆」


 少女は笑顔で僕と彼女を交互に指さした。



「ち、違うの! 誤解よ! 話を聞いて!」


 彼女が大きな声で訴えてくる。


 しかし、その声は僕には届かない。



 朦朧とした意識のまま、カウンターにあったアイスピックを手に取る。


「な、何を……」



 手を突出し、怯える彼女の首元に、アイスピックを突き立てた。


 何度も、何度も、突き立てた。




「はい、トドメ、かんりょ~☆」


 その光景を傍観していた少女は、楽しげに笑いながら、そばに空いた黒い穴へと消えていった。

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