第2話 背中が煤ける、その先に。
煙った薄暗い部屋の中で、四人の男たちが卓を囲んでいる。
男たちの後ろには、それぞれ四、五人の男が立っている。
「ロン! それだ」
オールバックでたるんだアロハシャツを着た男が、牌を勢いよく倒す。
「これで、おれがトップに立ったな」
オールバックの男は、満足気にタバコに火をつけた。
――まだだ。オーラスがある。
リーゼントに白いシャツを羽織った男――竜一はまだ諦めてはいなかった。
ヤクザ達の縄張り争いの代理戦争として、しばしば行われる闇麻雀。
竜一はかつて天才代打ちとしてその名を轟かせたが、結婚を機に引退していた。
しかし、女房を人質に取られ、一夜限りを条件に代打ちとしてここに座っていた。
――ここで負ければ、オレにも美里にも明日は来ない。
竜一は唇を噛み、気合を入れなおす。
最終戦、最後の一局。
竜一は現在ラス。
トップとの点差は11900点。
つまり、跳満以上の役を作らなければならない。
ヒリつくようなプレッシャーの中、竜一はわずかに笑みを零した。
博打に身を捧げていたあの頃。身体が溶け出しそうな熱。
竜一はあの頃を思い出していた。
――そうだ。やはりこの空気。この熱。これこそがオレの生きている証。
竜一はかつてと同じように、確かな「生」を感じていた。
「ポン!」
竜一はマンズを一鳴きする。
「おいおい。そんなんで逆転できるのかぁ?」
頬に切り傷のついた、坊主頭が鼻で笑う。
「ポン!」
竜一はさらにマンズを鳴く。
「ケッ! なんだ、ただのホンイツかよ」
スーツのロン毛が唾を吐く。
「ポン!」
再び竜一がマンズを鳴くと、三人の顔色が変わった。
「まさか、チンイツまで出来てるっていうのか?」
竜一は三人に向け不敵に笑い、不要な牌を切り捨てた。
「あ、それ、ロン」
「……はへ?」
ふいに聞こえた声に、竜一は気の抜けた声を出した。ロンの声の主へ顔を向ける。
「トドメ、刺しちゃった☆」
そこにいたのは幼さの残る金髪の少女だった。
「な、なんだ! お前!」
「私? 私はトドメ刺しのミカン。トドメを刺すのがライフワークなの☆」
アロハのオールバックが座っていたはずの場所に、突然現れた少女がニコリと笑う。
「い、いや、意味がわからない。それに、そこには別の男が座っていたはずだ!」
「あぁ、これ?」
ミカンが手に持った薄い皮をひらひらと揺らす。
ミカンが皮を頭から被ると、そこには先ほどまでいたオールバックの顔面が現れた。
「な!?」
「ミカン、変装も上手でしょ~☆ 私は初めからここに座っていたんだよ☆」
「わ、訳が分からない」
「ただ一つ、確かなことは、お兄ちゃんは負けて、これで終わりってこと」
ミカンがふふふと笑うと同時に、竜一は後ろに控えていた男たちに羽交い絞めのような形で取り押さえられた。
「ま、待ってくれ! これは何かの間違いだ!」
竜一が男たちに必死で訴える。
「あ、そうそう」
ミカンが胸元から一枚の写真を取り出し、竜一に向け見せつけた。
「奥さんは、先にトドメを刺しておいてあげたから☆」
写真を目にした竜一の、絶望の叫び声だけが部屋に響く。
「じゃあ、私はこれで☆」
ミカンのそばに黒い穴が開いた。
「ルール覚えるの大変だったけど、麻雀って意外と楽しかったな☆」
キャハハと高笑いをしながら、ミカンは穴へと消えていった。
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