第3話 押したい背中。

 屋上に吹きすさぶ風は、強く、冷たい。


 紗弥加さやかはフェンスの向こう側、屋上の縁に立っていた。



「とーべ♪ とーべ♪」



 後ろでは、四人が手を叩いて「飛べ」の大合唱をしている。


 愛美まなみをリーダーとする四人組。


 容姿端麗なモデル集団のようなそのグループは、私を人として扱わない。



「早く飛べよ! ブサイク!」


 愛美が楽しげに声を上げる。



 愛美の父親は、国会議員だ。


 クマのような容姿の父親から、彼女のような美人が生まれたのは、母親が元トップモデルだからに他ならない。


 彼女はその権力と容姿で、この学校の女王として君臨していた。



「飛べないんなら、私が押してやろうか? アンタが死んでも、誰も悲しまないんだよ!」



 ――もう、いいか。



 紗弥加はどこか達観した気持ちで、屋上から眼下を見下ろす。



 ――飛べば、楽になれるかな?



 ――こんなヤツらに、虐げられる人生は、もういy……



 ドン!という衝撃と共に、紗弥加の身体が宙へと放り出された。



「へ?」


 目を見開いて、落ちていく紗弥加が目にしたのは、金髪の少女の姿だった。





「トドメ、刺しちゃった~☆」



 少女は、場違いに陽気な声を上げた。



「は?」

「え?」

「うそ……」


 後ろで見ていた女たちも、何が起きたか理解できない様子で声を上げる。



「え。ウソでしょ? アナタ一体何を……」


 愛美が呆然としたまま、少女に問いかける。



「あの子、もうすぐ飛び降りそうだったから、代わりに私がトドメを刺してあげたの☆」


 金髪の少女はニッコリと笑う。



「ち、ちょっと、意味が分からないわ。さ、紗弥加は、死んだの?」



「この高さだからね~。ま、死んでなかったら、後でまたトドメを刺すつもりだけど☆」



「何よそれ。……アナタは一体」



「私はミカン。トドメ刺しのミカン。トドメを刺すのが、私のライフワークなんだ~☆」



 愛美は混乱していた。


 突然現れた、黒い水着のような衣装を来た謎の少女。


 その少女が紗弥加を突き落した。


 ――トドメを刺す? 意味が分からない。



「あ、ついでに」


 と言ってミカンがどこかからスマホを取り出した。


「全部、録画しておいたからね~☆」


 ミカンがボタンを押すと声が聞こえてきた。



 ――早く飛べよ! ブサイク!


 ――飛べないんなら、私が押してやろうか? アンタが死んでも、誰も悲しまないんだよ!



「な! そ、それは!」



「あ、もう遅いよ☆ 全世界に向け、動画配信中~☆」


 ミカンはそう言い、楽しそうにキャハハと笑った。



「そ、そんな……」



「アンタのトドメも、刺しちゃいました~☆」



 愛美は力が抜けたかのように、膝から崩れ落ちた。




「それじゃあ、ミカンはこれで」


 少女のそばに、黒い穴が開いた。



 少女は穴に片足を突っ込み、振り返る。



「あ、ちなみになんだけど。アンタの父親も、トドメ刺しておいたからね~☆」


 そう言って愛美に向け、週刊誌を投げ渡した。


 風でめくれた週刊誌が、あるページで止まった。



『戦後最悪の汚職事件! 杉本議員、逮捕間近か!?』



「じゃあね~☆」



 ミカンは手を振り、穴の中へと消えていった。




 ――後には、愛美の叫び声だけが、いつまでも響いていた。

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