トドメ刺しのミカン

飛鳥休暇

第1話 暗黒竜と、幻の聖剣。

 とある巨大な山脈の、さらにその奥にある洞窟の中。

 勇者カインはこの世の災厄の源である暗黒竜と対峙していた。

 その手には聖剣【サウザンドリプレイ】。暗黒竜を滅することが出来るのは、この世で唯一この剣だけだ。


 激しい戦いにより、カインも暗黒竜も満身創痍、肩で息をするのがやっとといった状態だ。


「カイン!あと少しよ!」


 魔術師であり、とある国の姫でもあるセーラがカインに声を掛ける。

 ここまで共に旅をしてきたが、次元の違うこの最後の戦いにだけは、手を出すことも出来ず見守るほかなかった。


 カインはセーラに向け一度だけ頷き、最後の力を振り絞り竜に向かい走り出した。


 竜も咆哮を上げ、その凶悪な牙をカインに向け突き立てようとする。


 互いの最期の一閃が、――今まさに交差しようとしたその時だった。



 カインの刃は空を切った。


 竜が突如として崩れ落ちたのだ。


「カイン!やったのね!」


 セーラが喜びの声を上げる。が、カインは動揺しつつ首を振った。


「お、おれは何もやってない……」



「トドメ、刺しちゃった~☆」


 ふいに聞こえた陽気な声に、二人は驚き振り返った。


 声のした方向を見ると、倒れた暗黒竜の腹の下から、少女がゆっくりと這い出してきた。


 面積の少ないビキニのような黒い衣装を身に着けたその少女は、自身の身体よりも大きな鎌を杖の代わりに使い、立ち上がった。


 小さく、起伏の少ない身体と、その顔の幼さから、十代前半くらいであろうと推測される。


 竜の血に濡れた隙間から覗くその金髪は、暗い洞窟の中でもその存在を主張するようにキラキラと光を反射させていた。



「な、なんだキミは?」


 カインが動揺を隠せずに問いかける。


「私はミカン。トドメ刺しのミカン」


 少女が屈託のない笑顔でそう答える。全身に竜の返り血を浴びてなお、ニッコリと笑うその姿は、むしろ見る者に恐怖の感情しか与えないものだった。


「と、トドメ刺し?」


「そう。トドメを刺すのが私のライフワークなの。この竜、あと一撃で死ぬところだったから。私がトドメを刺しちゃった☆」


「い、意味がわからないわ! それに、暗黒竜は女神の祝福を受けた聖剣でしか倒せないはずよ!」


 セーラが大きな声で反論する。


「そ、そうだ! 東の聖なる湖に剣を浸したあと、遠く離れた西の聖域で満月に当てる。これを千回繰り返さないと、聖剣【サウザンドリプレイ】にはならないはずだ!」


 と、カインもセーラに続く。


「あー、あれねー。ほんとわ」


 ミカンは事も無げにそう言い放つ。


「め、めんどくさいで済む話じゃないぞ! 先人が何年も掛けてようやく到達した方法を、めんどくさいで終わらせるな!」


「だって、ほんとにめんどくさかったんだもん。でも、まぁ、トドメを刺すためだもん。ミカン、頑張っちゃいました☆」


 ニッコリと笑うミカンを前に、カインとセーラは開いた口が塞がらない。


 ――トドメを刺す。ただそれだけのためにサウザンドリプレイを再現しただと?


 にわかには信じられなかった。


 呆けている二人の耳に、ゴゴゴという振動音が響いてきた。


「な、なんだ?」


 カインが辺りを見渡す。


「あぁ、ここの洞窟も限界だったから、トドメ、刺しちゃったんだった☆」



 見る見るうちに大きな岩のつぶてが続々と天井から落ちてくる。


「カイン!」

「セーラ!」


 二人はお互いの手を取り抱き合った。



「じゃ、私はこれで☆」


 ミカンがそう言うと、彼女のそばに黒い穴が開いた。


 ミカンはその穴に片足を突っ込むと、カインとセーラのほうへ向き直った。



「トドメ、完了ぉ~☆」


 膝をつき、震える二人に向け、ぱちくりと目配せをしてから、ミカンは穴の中へと消えていった。




 ほどなく洞窟は崩れ、二人は瓦礫の山の下敷きとなった。


 ――辺りは、完全な静寂に包まれた。

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