【R15】赤い乳と青い乳【なずみのホラー便 第33弾】

なずみ智子

赤い乳と青い乳

 本当に効果のある美容法は、世の中に広まることはない。

 こういった言葉を、一度や二度、聞いたことがある人はいるかもしれない。


 女子大生・ユラは、今現在、その言葉を身を持って実感していた。

 ごく普通の女子大生……いや、いまや町を歩けば、すれ違う人全てをその美貌を持ってして、フリーズさせずにはいられないほどの超絶美人女子大生・ユラ。


 彼女の元来の美貌ランクは中の上に近い上の下ぐらいであった。もともと容姿には相当恵まれていた方である彼女であったが、ここ数か月の間に、その美貌数値をグイーンと上昇させ、誰もが認める上の上にランクインするほどにまでなっていた。


 エステや整形なしで、短期間のうちに信じられないほど美しくなったユラの美容法を、周りの友人たちの誰もが知りたがった。中にはあまりのしつこさに、ユラが辟易してしまうほど質問攻めをしてくる者までいた。

 だが、ユラは誰にも自分の美容法を話すことはなかった。

 自分一人だけが、周りから群を抜きまくるほどに美しくありたかっただけではない。

 単に、ユラが実践中の美容法は、他の女たちがそうおいそれと実践できないものであったからだ。

 そう、”自身の赤い乳を飲むこと”など、ユラ以外は誰も実践などできないやしないだろう。


 乳が出るとは言っても、ユラは出産したわけではない。そもそも、妊娠&出産につながる行為をしたことなどもない。それなのに、乳が出るのだ。

 それも白い乳ではなく、赤い乳が。

 さらに言うなら、左の乳首からは赤い乳が噴出されるが、右の乳首から噴出されるのは”緑っぽい青い乳”なのだ。


 ユラが自分の体に起こった異変に気付いたのは、20才の誕生日の夜であった。

 ブラジャーが濡れている。ずっしりと重たくなっている。


 来ていた服をまくり上げると、白いレースのブラジャーが左は赤、右は青に染まっていた。奇妙なグラデーションだ。


 ユラは慌てて自分の乳首を確かめた。なんと、乳が出ていた。それも、左右の乳首からそれぞれ違う色の乳が。

 右の乳首から溢れる”緑っぽい青い乳”も気味悪かったが、まず左の乳首から溢れる赤い乳を見て、怪我でもしたのかとユラは思った。

 しかし、赤い乳からは血の臭いなどはしなかった。それどころか、赤い乳からは得も言われぬ芳香がする。誰をも惹きつけずにはいられない芳香が……


 ユラは自分の手についた赤い乳を、興味半分でペロンと舐めてみた。

 すると……

 なんと、万年ガサガサ状態であり外出時にはリップクリームが欠かせなかった自分の唇が、瞬く間にプルルンと潤ったのを感じた。


 まさか……と思ったユラは、試してみた。

 自分の体を使った実験だ。

 すると、次のような実験結果を即座に得ることができたのだ。


 左の乳首から溢れる赤い乳を舐めると、瞳はキラキラと輝き、睫毛は長く濃くなり、目鼻立ちはよりくっきりとし、全身の肌はまるで内側から光を放っているごとく白く艶やかになり、プロポーションまでもがすらりとし……と言った具合に、ユラが脳内で思い描いていた理想とする美女へと、即座に前進していった。


 そして、右の乳首から溢れる青い乳を舐めると、瞳はどんよりと曇り、睫毛ではなく余分な体毛が濃くなり、目鼻立ちはぼんやりとしたものとなり、全身の肌はまるで内側からくすんでいるかのごとくかさついたうえに水気がなくなり、プロポーションまでもがどっしりとしたうえに”むくみ”……と言った具合に、ユラが脳内で思い描きたくもなかった醜女へと、即座に後退していった。


 奇妙な赤い乳と青い乳が、ユラの体に即座に及ぼす影響の差は顕著であった。

 自身の赤い乳をゴキュゴキュと飲むこと、これがエクササイズや食事制限、肌のお手入れよりも、ユラが毎日実践する美容法となったのだ。


 乳を飲む際であるが、乳首から直飲みできるほどユラの乳房は長くも”ぺったり”もしていないため、適当な容器にビュッビュッと絞り出してから飲む。見た目は、いかにも血みたいであるため、ユラは目をつむって、お茶碗半分ほどの美味しく香しい”それ”を飲み干す。

 その後、ユラは右の乳首から垂れている青い乳を絞り出して捨てる。まるで体の中に溜まった膿を、毒を、捨てるかのようにトイレの便器へ向かって、ビュッビュッと青い乳を絞り出すのだ。




 自分の赤い乳を毎日欠かさずに飲み続けるユラ。

 そんな彼女が町を歩けば、誰もが彼女の美しさにフリーズし、口をポカンと開け、その場に立ち尽くす。

 同性である女性たちも、ニキビの花盛りな思春期真っただ中の男子中学生も、そこそこ美人な彼女を連れて歩いている若い男性も、可愛い子供と散歩中のお父さんも、全員がだ。

 もちろん、通っている大学内でも目立ちまくっているユラは、大学のミスターに選ばれるような男子学生からも声をかけられていた。


 しかし、ユラは特定のステディ(恋人)を作るつもりはなかった。

 いくら超絶美人でも、左の乳首から赤い乳、右の乳首から青い乳を毎日噴出させている女は、さすがに引かれてしまうだろう。母乳マニアの男にだって、敬遠されるかもしれない。


 何より、ユラの頭の中は「皆、私の美しさに見惚れて。私の美しさで時を止めて。私に直接を手を触れることさえしなければ、あなたの脳内で私を好きにオカズにしたっていいのよ(笑)」という、ナルシシズム一色に染まっていたのだから。



 ユラは、横断歩道前で足を止めた。

 赤信号だ。

 世から特別扱いされることは間違いなしの選ばれし超絶美人となった今も、ちゃんと交通ルールは守るユラ。


 ユラはふと思う。

 まるで今の自分の体は、信号機みたいだと。

 左の乳首から赤い液体、体の真ん中に位置する脚の間からは黄色い液体(尿と言う黄色い液体については昔から出ていたため今さらであるが)、そして右の乳首からは青い液体。

 赤い乳を飲んでいる自分は、”全身が赤信号”となってしまったかのように、道行く人全てをその場にフリーズさせ、立ち止まさせざるを得ないのだから……



 その時であった。

 うららかに晴れ渡っている青空を切り裂くがごとき悲鳴が響き渡った。

 尋常ならざるその悲鳴は幾つも重なり合って、ユラの肌も震わせた。


 ハッと顔を上げたユラは、信じられない光景を目にした。


 モンスターの襲来だ!

 平和に、うららかに晴れ渡っていた青空を背景に、どこかオークを思わせる、信じられないほどに醜悪なモンスターたちが、ゆうに100匹以上、飛び交っていたのだ!!!


 奴らの全身は不気味な緑色、コウモリにインスパイアされたかのような形状の羽根も不気味な緑色だ。

 揃いも揃って筋肉隆々で、揃いも揃って股間を隠していないため、全身の中でも最も醜悪な陰茎と睾丸も剥き出しであった。

 奴らは”ぶらぶら”させながら、獲物を見定めるかのごとく、低空飛行し始めた。


 奴らのうちの1匹と、恐怖で動けなくなっていたユラの目が合った!

 目が合ってしまった!


 「捕まっちゃう! 食べられちゃう!」と、獲物としての惨たらしい死を瞬時に覚悟せざるを得なかったユラであった。

 しかし、なんとそいつは空中にてピタッと”フリーズ”したかと思うと、そのまま地面へと落下し、グシャッと潰れてしまったのだ。


 突然の仲間の死に、いや”摩訶不思議な自殺”に驚いたらしい他のモンスターどもの目も、その原因となったユラへとギュンと向けられた。

 すると、ユラと目が合ったorユラの姿を目にしたモンスターたちは、もはや100%に到達する割合で、空中で”フリーズ”したかと思うと、そのまま地面に向かってダイブし、次々に緑色の体液や内臓をぶちまけ、ぐちゃぐちゃの残骸と化していったのだ。


 まさか、ユラの絶世の美貌は、人ならざる者たちまでフリーズさせるほどのものであったのか?!


 いや、”赤い乳”を飲み続けていたユラは、まさしくモンスターたちに対しての”赤信号”の役割を全身で果たすこととなっていたのだ。青い乳を彼女が飲み続けていた場合、モンスターたちはそのまま”進め”となっていたであろう。


 この世界に星の数ほどいる女の中で、なぜユラの乳房にだけこのような異常な奇跡が起こったのかは、いまだに分からない。

 しかし、ユラがこの世界の救世主となったことには間違いなかった。


 世界一必要な赤い乳と、世界一不要な青い乳を噴出させる超絶美人女子大生・ユラ。


 世界中の誰もがユラの”限りある赤い乳”を飲みたがった。絞りたがった。一滴でもいいから、ユラの赤い乳を求める者たちの間で、”乳争い”すら起こり始めていた。

 ユラは、その美貌だけでなく”稀有な乳によって”救世主として重宝され、また一種の傾国級の美女として、この世界の生ける伝説とまでなることとなった。


 

―――fin―――

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