第157話 東の草原を抜けて



「最後にご挨拶できてよかったですね」


 夢見亭から出たところで、リノがこっそりと囁いてきた。


「うん。そうだね」


 女将さんとの別れは昨日の夜に済ませておいたしね。


「二度と会えなくなるってわけじゃないのは分かってるんだけど……やっぱりちょっとさみしいかも」


「ええ、そうですね。でもだからこそ、最後がこういう軽い感じのお別れでよかったと思いません?」


「あぁ……うん。そうかも」


 私が頷くと、こっちをじっと見ていたリノと目が合って、どちらからともなく微笑む。


 拍子抜けするほどあっさりと旅立つことになったが、一人じゃないことで心は落ち着いていた。




 早朝の今、陽は昇っていても朝霧が出ているため視界が悪い。


 幸い、まったく見えないわけではなく、少し遠くは見えづらいという程度だ。


 冒険者として活動するには不利だけど、なるべく人目につかずに町から離れたい私達には良かったかも。霧に紛れて行動できるから、個人の判別がしにくくなると思うし。もしかしたら、ここでも『幸運』スキルがいい仕事してくれたのかもね。


 そんな風に思いながら馴染みの屋台で昼食を買い、しばらく歩くと東門が見えてきた。


 私たちは北の森での採取と討伐を主にしていたからよく利用するのは北門だった。だから、こんな時間に東門に来たのは多分、二回目だけどやっぱりここが一番冒険者が多いんじゃないかな。

 北門前なんて地元の樵さんや猟師さん達が中心で、冒険者なんていつも数組しかいなかったから何か新鮮です。


 三人共に外套のフードを深く被っているし、この霧だから見つけられるか心配だったんだけど、杞憂だったみたい。


 ラグナードは冒険者の中に混じっても一際背が高くて見つけるのは簡単だった。それに彼は早くから私達に気づいてくれてたようで、軽く片手を上げて合図してくれた。いつも先に来て待っててくれるんだよね。さりげない気遣いが嬉しい。


「おはようございます」


「よお、おはよう」


「おはよう。お待たせしました」


「うん、大丈夫。俺も今来たとこだから」


 予定通り開門前に東門前で合流すると、下手に注目を浴びないようにと小声で短く挨拶を交わすだけにしていく。




 待っている時もラグナードが一緒にいてくれたからか、特に絡まれる事もなく開門時間になる。


 いくつもの冒険者パーティーが東門を抜けるのに紛れて、私達も町を出た。


 門の外には広大な草原が広がっているんだけど、ここも霧で見通しが悪そうだ。


 あっという間に散り散りになっていく冒険者の姿も、離れれば離れるほどぼんやりと霞んで識別しにくくなる。これなら私達も上手く行き先を誤魔化せそう……よかった。


「さ、行くか」


「「了解」」


 しっかりと背負子を背負い直し、ボトルゴードの町を背に東の草原へと足を踏み出した。






 ラグナードの先導され、草原の中の街道を進む。


 この道はリノがボトルゴードの町へ冒険者になるために来た道でもあり、スライム講習会の時に私達が通った道でもあるんだよね。

 そういえばあの時一緒に講習を受けた少年たち、元気にしてるかなぁ? 狭い町だったのに、あれから一度も会ってないんだけど。


 少し前の事なのに懐かしく感じなから歩いていると、ある程度進んだところでラグナードが私達の方を向いて無言で一つ頷き、尻尾をフサリっと一振りした。これは、あらかじめ決めていた『隠密』スキルを発動させるための合図。


 リノは持っていないスキルだけれど、彼女には出身村の神父様が持たせてくれたという認識妨害系のアミュレットがあるからね、十分代わりになる。

『隠密』スキルとは違って彼女の姿は隠れないけど、認識しても無関心になるような聖属性の特殊な術歌が込められているというアイテムだ。ラグナードも驚いていたから、結構珍しいんだと思う。


 だから、スキルを発動させるのは私と彼だけなんだけどさ。東門から出るまでは、認識障害系の魔法は検問に引っ掛かっちゃって使えないからね。かといって門から出てすぐ、人が多いところで使っても怪しまれるだろうし。


 今更だけど、じゃあリノのアミュレットはどうなのって思ったんだけど、それに関しては聖属性だから、常時発動でも大丈夫なんだよとラグナードが教えてくれた。成る程。


 と言うわけで、周りを確認して不自然じゃないタイミングを教えてくれることになってたんだけど。許可が出たようなので、早速魔力を流します! 『隠密』スキルはこの世界に来てからずっと使っているので、簡単に発動したよ。




 それを確認してからラグナードも同じように『隠密』スキルを発動させ、耳をピクピクさせてから街道から逸れた。ここから草原の中へ入っていくらしい。


 周囲に人がいないかを、『索敵』スキルだけじゃなくて音も拾って確認してくれてたんだろうなぁ……彼は狼人族で、聴覚に優れているから。町からもだいぶ離れたし、そろそろ大丈夫だと思って動いたんだろう。


 私も『索敵』スキルで周囲を確認しているけど、捜索範囲は到底及ばない。特に今日のような日はね。


 何故かと言うと、『索敵』スキルって障害物が多い森の中とかより、遮る物が少ない草原の方が広範囲をカバーできるんだけど、レベルが低いと霧とか雨も障害物として認識してしまうらしくってさ。


 私の『索敵』スキルはレベル1のままだから当然、これに該当しちゃうんだよね……困ったもんだ。早くレベルアップさせたいなぁ。技能スキルは中々上がらないみたいだから、地道に頑張るしかないんだけどね。





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気づいたら異世界ライフ、始まっちゃってました!? 飛鳥井 真理 @asukai_mari

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