第二章 開拓村

第156話 出立



 ◇ ◇ ◇



 翌朝、リノと二人でいつも通りに冒険の準備を整え、最後に室内をぐるりと見回して忘れ物がないかどうかのチェックもしっかりと済ませた。


「全部、持ちましたよね」


「うん。大丈夫だと思うよ」


 今夜はもう、この部屋へ帰ってこないんだよね。だからちゃんと確認しとかないと。


 長期滞在だった為に生活感溢れる空間になっていた部屋も、こうしてきれいに片づくとガランとして寂しげだ。ここには一緒に泊まっていたリノと、時々訪れるラグナードとの思い出がいっぱい詰まっているんだよね。




 白い壁紙とベージュの濃淡で揃えられた丸みを帯びた可愛らしい家具に、バスやトイレまでついて、一人大銅貨5枚で泊まれるお得な宿。


 冒険者ギルドでエドさんに、女性ひとりでも安心安全な宿泊施設はないかと聞いて紹介してもらったのがここだった。



「夢見亭って、本当に良いお宿でしたねぇ」


 リノも私の隣で一緒になって部屋を眺めながら、しみじみと呟く。


「そうだね。私達の稼ぎではちょっと高めだったけど、お値段以上に快適だったと思う。清潔だし、部屋に個別のお風呂まであって最高だった」


「ですね。自分達で採集してきた薬草を色々と入れてみたりもしましたねぇ」


「あれは良かったよね。いい香りがしてリラックスできた。肌もスベスベになったし」


「はい。それに、なんといっても女将さんの食事が付いてましたからねっ。とっても美味しい食事が……」


「今日で一応、食べ納めになるのかぁ」


「そうなんですよねぇ。でも最後の朝食も楽しみです!」


「うん」


 リノの言うように料理スキル持ちの女将さんのお料理を毎日食べられたのも、魅力的だったなぁ。

 冒険者って危険を伴う仕事だから、安心して体を休められる場所と栄養たっぷりの美味しい食事は本当に大切だと思う。この宿にはそれらが全て揃っていた。


 離れ難い思いで愛着のある部屋をじっと見回し、記憶に焼き付けておく。


 いつでも、しっかりと思い出せるように……。




「……それじゃあ、そろそろ行きましょうか?」


「そうだね。最後に女将さんのお料理、ゆっくり味わって食べたいし」


「ふふふっ、勿論ですよ!」


 やっぱり最後はそうなるよねと顔を見合わせて笑ってから、二人揃って廊下に出る。




 一階に降りていくと、すでに食堂の三分の一が埋まっていた。冒険者が長期滞在することが多い宿だけあって、皆朝が早い。女将さんも調理に配膳にと忙しそうだ。


 そんななかでも、私達が入って来たのを目敏く見つけて声をかけてくれる女将さんはさすがプロだよね。


 いつもの朝と変わらない、元気いっぱいの朝の挨拶をしてくれたので、こちらも片手を上げて同じように返す。


 席に座るとすぐに二人分の朝食を運んできてくれて、ササっと手際よくテーブルに並べてくれる。


「さ、二人共お待ちどうさまっ。あったかいうちにどうぞ召し上がれ!」


「ありがとう、女将さん」


「はいっ、いただきます!」


 笑顔で口々にお礼を言う私達の頭に両手を置き、大きな手でくしゃくしゃっと少し乱暴に撫でてくれる。


 それから一度、目を合わせてニヤっと笑うと黙って後ろを向き、忙しそうに去っていったのだった。


 目立ちたくないという私達に配慮して、お別れの仕方はさりげないものだった。余計なことは何も言わない気遣いがうれしい……胸がグッと詰まって涙が溢れそうになったよ。ありがとう、女将さん。





 そして私達は、最後になるかもしれない女将さんの美味しそうな朝食をいただくことにした。


 リノも泣きそうに歪んだ顔をしていたけれど、気合いを入れるかのようにパンっと音を立てて叩くと、グシグシと乱暴に目元を拭った。


「うわぁ、いい匂いですね、ローザっ。今朝も美味しそうです!」


 気持ちを切り替え、明るい声で話しかけてくれる。同じ思いを共有できる友達がいるっていいなぁ。


「うん。そうだね。とっても美味しそう……」


 せっかくの旅立ちに、朝から湿っぽくなるのは嫌だし、私もリノを見習って前を向こう。とりあえず目の前の朝食に集中するか。



 今朝のメニューは、大きめの深皿にタップリと盛られたパンの実のリゾットと柑橘系の果実水。美味しそうだ。


 まずはリゾットから。出来立てで湯気が立っているそれをスプーンで一口分掬い、フウフウと息を吹きかけて丁度良い具合に冷まし、口に含む。うん、いつも通り美味しい! それに粋な演出もグッとくるというかね……。


「ローザ、これってもしかして……?」


「うん。早速使ってくれたみたいだね、女将さん」


「やっぱりそうですよね。うれしいなぁ」


「そうだねぇ」


 リノも気づいたみたい。昨夜渡したドライフルーツを少し、細かく刻んで入れてくれているんだ。ほんのりとした優しい甘みが嬉しい。いくらでも食べられそう。


 他にも数種類の茸とハーブ、魔物肉の切れ端も入っている。熱々で体の隅々まで栄養が行き渡るようだった。

 明日からは食べられないと思うといつも以上に美味しく感じるなぁ、女将さんの手料理。まだまだ熱いそれを一口ずつ掬っては、フーフーしながら口に運ぶ。


 

 リノも一口食べてからずっと、顔が緩みっぱなしだ。フニャっとして幸せそう……可愛い。今日は彼女も、いつもよりかはゆっくりと味わって食べているなぁ。


 まあそれでもリゾットだし、すぐに食べ終わっちゃうんだけどさ。


「「ご馳走さまでした」」


 ふう、美味しかった。身も心も温まるおもてなし料理でお腹いっぱいです。


 満足して、カタリとスプーン置いた。




 食べ終わって席を立ち、いよいよ出発するとなって女将さんを探したところ、朝食の配膳と冒険者の相手でまだまだ忙しそうだった。


 なので軽く目礼だけしてから、慣れ親しんだ宿屋を離れることにしたのだった。





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