終章 さぁ、僕の世界征服を始めよう



終章 さぁ、僕の世界征服を始めよう


       *


「あれ、ジュースもうちょい買って来てなかったっけ」

「冷蔵庫に入れさせてもらってる」

「お皿足りてるー?」

「足りなかったら出してくるから大丈夫だよ」

 七、八人くらいの立食パーティができそうなリビングのテーブルには、料理や飲み物や食器が所狭しと置かれていた。置き場所が足りなくて、ホームパーティ用の補助テーブルまで持ち出していた。

 といって並んでいるのはスナック菓子や軽食の類で、それほどたいしたものはないんだけども。

「うぅーん、遅いね」

 とりあえずの準備が終わって、僕はふたり掛けのソファに腰を落ち着ける。今日僕の家に集まってる竜騎、英彦、マリエちゃんのステラートの面々も、三人一緒にロングソファに座った。

「まぁいいや、テレビでも見てようぜ」

 勝手知ったる他人の家というか、マリエちゃんの隣の竜騎が、自分の携帯端末を操作してリビングのテレビの電源を入れた。

 今日は十二月二八日。

 シャイナーとの決着が付いて、丸三日が経っていた。

 結果の報告と一応の祝勝会、それから忘年会を兼ねてパーティを開こうと言い始めたのはマリエちゃんだったろうか。

 とにかくそんなこんなで僕の家に集まって、いまはステラートのメンバーの中で報告会が終わったところだった。

「うぉー。俺ってぜんぜん出てこねー」

「ぼくなんてさらに扱いが軽いよ。――マリエちゃんは、すごいね」

「あんまり見ないで、恥ずかしいから……」

 いまテレビに映ってるローカル局の番組は、午後のワイドショーとしてステラートの特集が組まれていた。

 アクイラは近景から遠景までの静止画、短い動画がある程度。ピクシスに至っては最後の作戦にいたにも関らず、静止画数枚がある程度だった。

 対して昼間の商店街襲撃なんかをこなしたルプスは、近景から遠景まで、様々な角度で――マリエちゃんの魅力を十二分に伝えてるような感じの写真まで登場していた。

 首領であるコルヴスについては、最後の作戦に姿を見せなかったからか扱いが軽く、シャイナーとなると中身は実は男なんじゃないかなんて疑惑まで出てきていた。

 市庁舎から姿を消して二度と現れないステラートの市街征服、独立宣言については、どうやら政治の問題も絡んで議論が続けられていると締めくくられていた。

「そう思えばルプスについては年明けにフィギュアが発売されるらしいね」

「マジで? ちょっとほしいかも。ってか、俺たちのはあるのか?」

「第二弾はシャイナー、第三弾がアクイラ、第四弾がコルヴスの予定みたいだね」

「肖像権だっけ? とか言い出せないけど、勝手につくられるのは嫌だなぁ」

 手元の携帯端末で情報を確認している英彦に、マリエちゃんは口をとがらせて不満を述べていた。

 ちょうどそんな話をしているとき、玄関のチャイムが鳴った。

 携帯端末に転送されてる玄関カメラの映像で誰が来たのか確認した僕は、「いらっしゃい。入って」と声をかけながら鍵を解除した。

「遅くなりました……」

 そう言いながら入ってきたのは、月宮さん。

 こういう場所に慣れていないのか、もじもじとした風の彼女に近づいていくと、少し派手目の赤いピーコートと黒いミトンの手袋を着けたままの彼女は、手にした箱を差し出してきた。

「これ」

「ありがとう、月宮さん」

 彼女に頼んでおいたのは、今日の打ち上げで食べようと思ったホールケーキ。クリスマスもまともに過ごせなかったから、その意味も兼ねて。

 月宮さんの事情はあの後ある程度聞いたから、予約していたものを家が近かった彼女に受け取ってきてもらっただけだけど。

「その頬はどうかしたの?」

 コートを脱いだ月宮さんに英彦が指摘する。

 恥ずかしそうにうつむいてる彼女の左の頬を見てみると、赤くなって少し腫れていた。

「親と喧嘩してきた。剣道部と茶道部やめて、探研部に入るって話したら、殴られたの。こっちも殴り返しちゃったけどね」

 恥ずかしそうにしながらも、小さく笑う月宮さんには、それまで感じていた美人という雰囲気とはまったく違う、かわいらしさがあった。

「でもワタシは遼平に征服されちゃったから、自分の意志でもあるけど、拒否することはできないからね。だからね、遼平」

 一歩僕に詰め寄ってきた月宮さんは、真面目な顔をして言う。

「ワタシのことは、月宮さんなんてよそよそしい呼び方じゃなくて、ひかる、って呼んで」

「……えぇっと、その、ひかる、さん」

 少し不満そうな顔をしながらも、月宮さん――ひかるさんは、朗らかに、心からの笑みを見せてくれた。

「さぁ、座ろう。食事ももうできる頃だと思うし」

 三人の何とも言えない視線にやりきれなくなって、僕はソファに腰掛ける。

 コートをコート掛けにかけたひかりさんは、さも当たり前のようにふたり掛けのソファの、僕の隣にちょこんと座った。

「あっ――」

「うひょー。なんか楽しそうな雰囲気だなぁ」

 マリエちゃんが何かを言う前に、ひかるさんのショルダーバッグから声がした。

 素早い動きでテーブルのクッキーに飛びついたのは、ハツカネズミともハムスターともつかないネズミのような生き物だった。

「ネズミー、はしたないわよ。まだ始まってないのよ」

「うっせい。こちとら寒いバッグの中にいたからエネルギー切れ寸前なんだい。フライングくらい許せよ。ってぇかオレはネズミーなんて名前じゃねぇ。オレの名前は――」

「少しうるさいわよ、ネズミー」

 ひかるさんに睨まれてしゃべるのを辞めクッキーをかじり始めたネズミーを、僕はもちろん竜騎たちも顔を近づけて観察する。

「これがひかるさんのナビゲーター?」

「そう。口が悪くて下品だから、うるさいときは躾けてあげて」

「オレはネズミじゃねーっ」

 不満の言葉を口にしてから食事を再開するネズミーを見て、ひかるさんを迎えて五人となった探研部メンバーは、お互いに笑いあった。

「さぁ、今日は寒いですから、お鍋にしてみました」

 いつもと変わらぬヴィクトリアンスタイルのエプロンドレスを身につけ、大きな鍋を持ってキッチンの方から姿を見せたのは、樹里。

 嬉しそうにしているみんなのことを見て微笑んでいる樹里を見て、僕は彼女に笑みを返していた。


       *


 一段と冷えた今日、吐き出した息は白くて長い間留まっていた。

 上空の気流も安定していて、ベランダから見上げた夜空には、そろそろ高くなり始めた天の川も、灯りが戻った街の中にあって存在がはっきりわかるくらいに見えている。

 厚手のシャツ一枚では寒かったけど、みんなが帰って少し時間が経ってるのに、まだ火照ってる身体にはちょうどいいくらいの気温だった。

「そのままでは風邪を引きますよ」

「うん」

 そう言いながら僕の側にやってきた樹里が、コートを手渡してくれる。

 袖を通しながら僕の隣で瞳に星を映している樹里の横顔を、僕はそっと見ていた。

「――それで、いったいどういうことになったの?」

 いろいろばたばたしていて、今日まで訊けなかったことを訊いてみる。

 優しく笑みながら僕のことを見た樹里は、唇に人差し指を当てながら小さく首を傾げた。

「本当のところ、わたしにもよくわかりません」

 僕は樹里にステラート解散の意志を継げていて、さらにひかるさんに正体を晒したんだ。解散の条件は揃いすぎてるほど揃っているはずだった。

 それなのに作戦の翌朝、樹里は僕の朝食をつくってくれていた。

 ステラートは、何故か試用期間を過ぎても解散になっていなかった。

「ただ、いくつかわかったことがあります」

「どんなこと?」

「トライアルピリオドは、ワタシと遼平さんが出会ったときや、始めてアジトに入ったときではなく、キットが遼平さんの手元に届いたときから始まっていました」

 悪の秘密結社キットが届いたのは、八月二十四日の朝だった。だとしたら、最後の作戦を開始するときには、すでにトライアルピリオドが終了していたことになる。

「それともうひとつ、トライアルピリオドをパスした後に解禁となる機能のひとつなのですが、同盟を結んだ組織同士では、それが正義の味方か悪の秘密結社かに関わらず、幹部や仲間と同様に正体を晒しても解散条件にはなりません」

「僕が、シャイナーと同盟?」

 思い当たる節がない。

 今でこそひかるさんは探研部の一員で、今日みたいに仲良くしてるわけだけど、少なくともシャイナーと決着を付けるまでの間に、同盟を結ぶようなことはしていなかったはずだ。

「これは予測になりますが、遼平さんが勝ってシャイナーを征服すると宣言し、それを彼女が受け入れたことで、遼平さんの勝利を以て同盟締結になったのではないかと……」

 曖昧に言葉を濁す樹里に、彼女もどういう理屈なのかわかっていないことはわかった。

 そんな適当な判断が下す主催者の思惑は、僕にはわからない。

 困ったように眉根にシワを寄せる樹里に、僕は笑いかける。

「なんかけっこう適当だね」

「えぇ。ただ、ステラートを継続したことについては、わかるような気がします」

「そうなの?」

 両手を胸元に当てて少し目を伏せていた樹里が、僕のことを見る。

 最初少し高かったはずの樹里の視線は、真っ直ぐに僕に向けられていた。

「おそらく、主催者は見ていたかったんだと思います。ステラートの行く末と、遼平さんのことを」

「僕のことを?」

 白い息と息が触れあうほどの距離の樹里の瞳には、不思議そうな顔をしている僕が映っていた。

「はい。なにしろわたしも、遼平さんのことを、もっとずっと、見ていきたいと思っていましたから」

 目を細めて笑う樹里のことがこそばゆかった。

 だから僕は星空を見上げて言う。

「だったらもう一度、目指してみてもいいかも知れないね」

「星海への架け橋、ですか?」

「うん。どこから手を付けていいのかもわからないけど、ステラートブリッジが実現する世界を目指してみてもいいかも知れない」

「そうですね」

 頷いてくれた樹里が、僕の横顔を見つめながら笑む。

「アクイラやルプスやピクシスも、それからシャイナーも手伝ってくださるでしょう。そしてわたしも、わたしが遼平さんの側に居続ける限り、お手伝いいたします」

 決意を込めた言葉を聞いて、僕は樹里に笑いかけた。

「さぁ、僕の世界征服を始めよう」


             「さぁ、僕の世界征服を始めよう」 了

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さぁ、僕の世界征服を始めよう 小峰史乃 @charamelshop

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