第七章 決戦!! 君の正義と僕の悪 6


        * 6 *


 ――あぁ、星が綺麗。

 星が見えていた。

 千切れた雲の間から、いままで見たことがないほどの星が輝いている。

 今日は空が暗いからだろう。徐々に見えていく夜空には、くっきりと天の川が浮かんでいた。

 何故自分がそんなものを見ているのかを、ひかるは最初気づかなかった。

 自分の身体が地面に横たわっていることに気づいて、身体を起こそうとする。

「くうぅ……」

 全身に痛みが走って、息が詰まる。

 バイタルモニターを呼び出してみたが、反応がない。

 情報視界も、左右と後ろの視界もなく、正面しかない視界の隅に、エネルギー残量を警告する表示が点滅していた。

 ――そうだ。ワタシはコルヴスと戦ってたんだ。

 いままでやっていたことを思い出す。

 戦闘員と怪人と戦って、その後コルヴスと戦って、最後に――。

 怪人の自爆に巻き込まれたことを思い出して、痛みをこらえて身体を起こす。

 防御のエネルギーはもちろん、筋力強化も切れていた。

 全身に走る痛みで骨折などの重要な怪我がないことを確認しつつ、立ち上がる。

 すぐ側に落ちていたシャイナーソードを拾い上げるけれど、重くて持ち上がらず、どうにか杖のようにして、倒れそうになる身体を安定させた。

「……嘘」

 コルヴスを探して首を巡らせたひかるの目に飛び込んできたもの。

 爆発で吹き飛ばされたのだろう、校庭の端から見た風景は、ほんの少し前と大きく変わってしまっていた。

 校庭にはすり鉢状の大きなくぼみができあがっていた。

 小さな建物ならばすっぽり入ってしまいそうなくぼみの向こうにある校舎。

 つい昨日まで通っていた校舎は、まるで学校の敷地のほとんどを覆うような球形の何かで削り取ったかのように、三階建ての建物の二階までがなくなってしまっていた。

「こんなの、嘘よ」

 昨日まで通っていて、年が明けたらまた通うべき場所。

 あまり馴染めているとは言い難かったが、それでも高校はひかるにとっているべき場所。

 他に換えようがなくて、居心地が快適とは言えなくても、そこはひかるの居場所。

 ひかるにとって、高校は小さいけれど、いることを許された世界だった。

 だからこそ、自分を壊してしまうなら、親や家と一緒に、壊して自分だけの場所にしたかった。

 その高校がいま、壊れてしまっていた。

「なくなっちゃった……」

 壊したくなるほど大切な場所は、壊れてしまった。

 想い出の小学校は守れたのに、高校は守ることができなかった。

「あいつが、壊したんだ」

 両膝に力を込めて、立つ。

 両手で持ったシャイナーソードは、筋力増強があってこその重量だったから、引き摺るのが精一杯だった。

 それでもひかるは辺りを見回して、コルヴスを探す。

 そうして、見つけた。

 くぼみの縁に立ち上がる人影があった。

「コルヴスーー!」

 全身の痛みを無視して、ひかるは脚を動かす。重くてどうしようもないシャイナーソードを持ち上げて、構える。

 動かし始めた脚は、止まらなくなった。

 歩く速度だった脚の動きは、だんだんと速くなり、コルヴスに向かって走っていっていた。

「ワタシの居場所を、よくも!」


       *


「ワタシの居場所を、よくも!」

 よろけながらもシャイナーソードを担ぐように持ち上げたシャイナーが近づいてきていた。

 走っているのだろうけど、カストルの自爆に巻き込む前とは比べるべくもない動きで、爆発によってえぐれた校庭の縁を沿って。

 背面視界には、何かにかじられたかのように球の四分の一ほどの形に削り取られた校舎があった。ポルックスの自爆は、爆発というよりも恐ろしいほどの熱を放って一瞬で収束したんだろう。

 まだその気配はないが、気づいた人がこの場所に近づいてくるのも時間の問題だった。

「そうだよ、月宮さん。この場所が、この学校こそが、君がいられる場所だったんだ」

 僕の前に立った月宮さんが、担いだ剣を落とすように振るう。

 半歩退いて避けた僕は、取り出したアルティメットハンマーで軽く彼女をこづく。

 筋力強化の効果で、煤けて埃塗れになった月宮さんの身体が数メートルも吹き飛んだ。

 それでも倒れない月宮さんが、ソードを引き摺りながらまた近づいてくる。

 もう彼女の変身スーツには筋力増強すらもできないほどのエネルギーしかないのだろう。

 ポルックスを盾にしてある程度軽減した僕ですら、もう残りのエネルギーはわずかだ。彼女は変身スーツを維持しているだけでも限界のはずだった。

 自分の周りのものをすべて破壊するという彼女の言葉には、嘘はなかったんじゃないかと思う。

 僕を倒し、殺した後、彼女は実際それを実行していたかも知れない。

 でも不思議だった。

 壊したいと言いながら、勉強に、学校行事に真面目に取り組んでる月宮さんのことが。

 彼女の思いは、八つ当たりだったのかも知れない。

 八つ当たりは、自分の手でやらなければ、ため込んだ不満を解消することができない。

「君は結局、八つ当たりをしたかっただけなんだ。シャイナーの力を使って、不満を解消したかっただけなんだ」

「うわーーーーっ!」

 叫び声に反論を込めるように、シャイナーが剣を振るう。

 僕に当たることすらなく、ソードの重さによろけた彼女はそのまま倒れ臥した。

「少し調べたよ、月宮さんのこと。君にとっては、あんまりいい親ではなかったみたいだね。でもそんな両親のことも、君は愛していた」

「そんなことない!」

 叫び声を上げながら、月宮さんは立ち上がる。持っているだけでも辛いはずのソードを震える腕で持ち上げていく。

「君は結局正義の味方だったんだ。君は悪の権化にはなれない。大切なものを守り、手に入れるために壊そうとする君は、やっぱり正義の味方だったんだよ」

「違う!!」

 足を踏ん張り剣を頭上に振り上げた月宮さんと同じように、僕もまたアルティメットハンマーを振り上げた。

「死ねーーーーっ!」

 月宮さんがソードを振り下ろすよりも一瞬早く、僕はいまできる最大出力で、アルティメットハンマーを彼女に向けて振り下ろした。

 軽い地響きがした。

 いつの間にか晴れ渡った空に、まだ時期には少し早い冬の天の川が見え始めていた。

 ――あぁ、やっぱり僕は見てみたいな。

 あの世界への至ろうと人たちを。あの世界に至った世界の姿を。

 いつもより街の灯りが少ないからだろう。低空に淡く見える天の川は、冬の大三角形とともに綺麗に光ってる。

 見下ろすと、シャイナーは仰向けに横たわっていた。

 ハンマーの威力によって丸くへこんだ地面に、さらに身体の半分をめり込ませたシャイナーは、もう立ち上がることができなかった。

「僕の勝ちだよ、月宮さん」

「くっ……」

 反論もなく、うめき声を上げた月宮さん。

 それと同時に、キンッ、という澄んだ音がして、シャイナーのヘルメットが砕け散った。

 ヘルメットの下から現れた月宮さんの顔は、泣き顔だった。

 エネルギーが完全になくなったのだろう、シャイナーの変身スーツも徐装された。

「ワタシが、壊すはず、だったのに……」

 涙を流しながらしゃくり上げる月宮さんに、僕は言う。

「本当にできたかな? 壊したいと、殺したいと心から思っているなら、それはシャイナーの力を使わなくてもできたはずだよ。それができなかったのは、君が自分の手で壊してしまいたくなるほど、それらを大切に思っていたから、失いたくなかったからじゃないかな?」

 もう反論の言葉はなく、月宮さんは唇を引き結んで僕から目を逸らした。

「壊すことが目的なら、自分自身の手でなくても構わない。他の誰かがやたっていい。それが悪の権化だ。君はそうじゃなかった。だから君は、正義の味方なんだ」

 僕には彼女の気持ちがわからない。

 それを知るために、僕は彼女から勝利を奪い取った。彼女を、征服した。

「僕には月宮さんの気持ちはよくわからない。でもひとつだけ思うことがあるよ。子供を愛さない親なんていないなんてのは、嘘だと思うんだ。何しろ、自分の子供を殺す親だっているんだからね。でもね、月宮さん。親を愛さない子供は、たぶんいないんだ。それはある程度成長したり、決定的な事件でもあった後なら、違うのかも知れない。いや、もしかしたらそれでも、親を愛することを止められないものなのかも知れない。だから月宮さんも、学校と同じく、自分の親のことを愛してるんじゃないかな? 僕は、そう思うよ」

 言いたいことをすべていい終えた僕は、彼女に宣言する。

「僕の勝ちだ、シャイナー。いや、月宮ひかるさん。君のことは、君の生きる世界は、僕が征服した」

「最初の約束通り、ワタシのことを好きにすればいい」

 涙を止めた月宮さんが、苦労しながら身体を起こして、僕を睨みつけてくる。

「犯すのでも、奴隷にするのでも、好きにすればいい。貴方に負けて、シャイナーの力を失ったいま、ワタシはもう何もできない。何かをしたいとも思えない」

 僕のことを睨んできながら、涙で充血した目には生気があまり感じられなかった。

「できないなら、できるようにすればいい」

 僕は月宮さんの目の前で、変身を解除した。

 素顔を晒した僕は、驚きの目を向けてくる月宮さんに胸ポケットから取り出した紙を広げて突きつけた。

「ひとりでできないなら、人に頼ればいい。どこまで手伝えるかは保証しないけど、僕にできることなら手伝うよ、月宮さん。そして君は紙に名前を書かなくちゃいけない」

 突きつけた紙は、入部届。

 その入部届けにはすでに「探検研究部」とクラブ名を書いてある。

「君に拒否権はない。君の世界は僕が征服したんだからね、月宮さん」

 そう言った僕は、呆れたように口を開けている彼女に笑む。



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