第七章 決戦!! 君の正義と僕の悪 5


       * 4 *


 シャイナーソードを構え、周囲を取り囲んだ十体の戦闘員すべてに注意を向ける。

 ――なめられたものね。

 コルヴスが率いる戦闘員は全部で四十体。他に怪人が二体。

 まず彼が差し向けてきたのは、戦闘員が十体だけだった。

 管制が得意と言うほどではないコルヴスが、同時に十体以上の戦闘員を扱えるとは、ひかるは考えていない。しかし倒される端から次々と攻撃を仕掛けるためには、二十体程度で取り囲むべきだろうと思っていた。

 ――なめていると、こういうことになるわ。

 軽く息を吸って、止める。

 息を吐き出し始めるのと同時に、ひかるは動いた。

 正面方向にいた戦闘員二体をもろともに凪ぐ。

 ソードから伝わる確かな手応えに攻撃の結果を見ることなく、今度は逆に背後の二体に跳ぶ。

 正面の二体が塵と化したのを確認しながら、右上からV字にソードを振るい、背後の二体も撃退する。

 動きを止めることなく、ひかるは残りの六体にも次々と襲いかかり、攻撃の隙も与えずに葬り去った。

 最初の十体を倒し終えて、ひかるは指さすようにシャイナーソードをコルヴスに向ける。

 ほんの数秒で十体の戦闘員を倒されたにも関わらず、コルヴスには動揺した様子は見られなかった。

 ――さぁ、どんどん来なさい。

 心の中の呼びかけに応えるように、次に差し向けられたのは二十体の戦闘員。

 密度はどこも濃くはなく、均等に距離を取っていた。

 ――その程度!

 ひかるが仕掛ける前に、戦闘員が動いた。

 前後左右同時四方向からの攻撃。

 わずかな攻撃の隙間に身体を滑り込ませるように回避して、動きを止められなかった戦闘員たちに斬りかかろうとしたとき、左後方の動きに気づいて右に跳ぶ。

 ――ちっ。

 武器の形状は近接型と同じだったが、射撃型の戦闘員が含まれていた。

 射撃の構えに気づいて回避することはできたが、一気に倒すつもりだった四体が体勢を立て直し終えている。

 同時に五カ所からの射撃。

 左に転がって逃れるが、射撃型の一体に近づく前に近接型三体による斬撃が迫ってきて、ひかるはシャイナーエッジも抜いてそれらを受け止めていた。

 ――想像以上ね。

 いまのコルヴスの管制能力は、ルプスに匹敵するものだと感じていた。

 それを実現しているのは、おそらく彼の側に立つ二体の怪人の能力。

 ネズミーの説明によれば、管制補助機能を持つ上級怪人は、事前に与えられた情報から幹部や首領の指示を補助して戦闘員を管制することができる。

 最初の十体を瞬殺できたまではよかったが、次の二十体に対して手が出ない。

 少し強引な突撃でかろうじて二体を倒すが、さらに攻撃をしようとすると怪光線が跳んできて、回避した先には振り下ろされようとしている近接武器。

 ――このままじゃ、ダメね。

 人ですら真っ二つにできるらしい戦闘員の攻撃は、直撃を受けなければたいしたダメージにはならない。しかしこちらからの攻撃も大方封じられている現在、それが長時間続くことをひかるは危惧し始めていた。

 正義の味方と悪の秘密結社の戦いは、実質的にはエネルギーの削り合いに終始する。

 より多くの活動用エネルギーを投入した方が有利であることは、これまで戦ってきてひかるは充分に理解していた。

 活動エネルギーはコルヴスひとりの時点で同等。戦闘員四十体と怪人二体を合わせれば、おそらく二倍から三倍になっているはずだった。

 仲間でも集めていれば逆転できる状況だったが、ひかるは単身の正義の味方。

 総エネルギー量が負けていても、攻撃が当たらなければ消費は多くない。

 しかし時間が経てば立つほど、運動によるエネルギーの減少が顕著になっていく。

 ――判断は、早い方がいい。

 少しずつでも倒して行けば、いつかは戦闘員を倒しきることは可能だったが、いまの状況では時間が経てば経つほどコルヴスに有利になる。

 ――ワタシは、負けるわけにはいかないのよ!

 心の中で吠えたひかるは、攻撃を仕掛けてきていた戦闘員に体当たりを繰り出す。

 折り重なるような距離となった戦闘員にシャイナーエッジを突き刺して、塵と化す前にできるだけ戦闘員が密集しているところに投げ込んだ。

「覚悟!」

 声とともにシャイナーソードから手を離し、肩に担ぐ動作と同時にシャイナーバスターを生成した。

 狙いはコルヴス。

 首領である彼をシャイナーバスター一発で倒せるとは思っていない。狙いは、別。

「シャイナーバスター!!」

 声を上げて一瞬だけ間をつくり、それから引鉄を絞る。

 案の定コルヴスの前に壁のように集められた戦闘員が、シャイナーバスターを受けて消滅した。

「もう一発!!」

 間髪を置かずに、ひかるはもう一回、シャイナーバスターの引鉄を絞っていた。

 轟音と熱の後、巻き起こった煙。

 その向こうにはコルヴスと怪人が健在なのは、すぐにわかった。

 ――でも。

「まったく、やってくれるね」

 ため息を漏らしながら言うコルヴスの前に残っている戦闘員の数は、八体。

 先ほどのような連係攻撃は不可能な数となっていた。

 シャイナーバスターを投げ捨て、ソードを拾う。

「さぁ、続けましょう。コルヴス」



 ――さすがだ。さすがだよ、月宮さん。

 僕は震え出しそうになる身体を必死に抑えていた。

 戦闘開始からまだ十五分と経っていない。

 おそらく最初はシャイナーソードだけで押し切るつもりだったと思う月宮さんは、不利と見るや迷うことなくシャイナーバスターを放った。

 バスターによるエネルギー消費よりも、戦闘員との戦闘による消耗が大きくなると、彼女は瞬時に判断した。

 ――でも僕だってまだ負けるわけにはいかないっ。

 残った戦闘員を僕はシャイナーに殺到させる。

 三体の射撃型による牽制に続いて、五体の近接型による同時攻撃。

 ルプスと戦ったときには四方向の攻撃でも裁ききるのが精一杯だったシャイナーは、そのすべてをシャイナーソード一本で防ぎきった。

 二体が塵と化し、残りは六体。

 頭が焼き切れそうになるのを感じながら、僕は射撃と近接、同時六方向からの攻撃をシャイナーに仕掛ける。

 円を描く一条の光と、三本の光線が走った後、残った戦闘員のすべてが倒れ、塵になって消えていった。

 残ったのは右手にソードを持ち、珍しく左手に拳銃シャイナーシューターを持った月宮さん。

 ――あぁ、やっぱり、彼女は美しい。

 沈めていた身体を起こし、背筋を伸ばしたシャイナー。

 彼女が立っている。

 ただそれだけで、昼間には見慣れているはずの校庭が、絵になったような錯覚を覚える。

 ――僕は彼女のすべてが知りたい。

 改めて、僕はそう思う。

 ――そのためには、彼女を征服しなければならない!

 僕に残った戦力は、僕自身と、僕の隣に立っているカストルとポルックスの二体の怪人。

「行け」

 わざわざ声に出して、僕は赤い怪人と青い怪人を、シャイナーへと向かわせた。

 シャイナーにあわせて、武器は長剣と拳銃。

 自己の判断で戦闘も可能な二体は、時間差をつけてそれぞれに長剣を振るった。

 ――本当に、月宮さんはすさまじい。

 感想は、そのひと言で尽きた。

 同時、時間差、連携。剣による斬撃、銃による射撃。

 シャイナーはそのすべてを受け止め、流し、避けている。

 かすめることはあっても、命中はしない。

 けれど怪人だって負けてはいない。

 ルプスとアクイラの戦闘パターンを入力し、ピクシスの戦闘プログラムを仕込んで、僕が管制する二体は、シャイナーにとって過去最強の敵であるはずだ。

 シャイナーからの攻撃もかすめるばかりで、決定打をもらうことはない。

「剣の舞い」

 僕は小さく、そうつぶやく。

 厚い雲に覆われて星明かりさえない闇の中で、白いシャイナーと、赤いカストルと、青いポルックスが、舞いを舞っていた。

 銃も持っているから、剣のみの舞いではない。

 静まりかえる校庭の真ん中で、剣と剣がぶつかりあう澄んだ音と、銃撃の音だけがあった。

 一瞬のミスが大ダメージになる戦いの中で、シャイナーは二体の怪人をリードしながら、決死の舞いを続けていた。

 沸騰するほど頭を使って管制しながら、僕はただ、月宮さんの見せる舞いに見惚れ続けていた。



 ――いまの一瞬を、永遠にしてしまいたい。

 風を切る音とともに肩のプロテクターをかすめていった赤い怪人の剣。

 背後からの青い怪人の銃撃に銃撃で応えて、互いにわずかなダメージを負う。

 ひかるはもう、何も考えることができなかった。

 ただ戦いの中に思考を沈めていた。

 少し前まで感じていたわだかまりが、いまはもう頭の片隅にすらなくなっていた。

 一撃で死ぬことがないとわかっているとは言え、命を削りあうような戦いに、ひかるは清々しさを感じている。

 このまま永遠に戦い続けられればとさえ思う。

 けれどそれが適わないことを、ひかるは頭の片隅で理解していた。

 戦闘開始からはまだ三十分と経っていない。

 二体の怪人と戦い始めてからは、十分少々。

 人ではない怪人はエネルギー切れまで、コルヴスの管制にミスが出なければ力も速度も変わることがないだろう。

 しかし人間に過ぎないひかるは、ほぼ全力の動きを絶え間なく続けることはできない。

 二発のシャイナーバスターの使用と、ほとんど全力の動きによってかなり減っているエネルギーよりも先に、疲労によって自分が負けることを、ひかるは気づいていた。

 ――判断は、早ければ早いほどいい。

 止めるのが惜しくなるほどの戦いを、ひかるはここで切り上げることを決めた。

 真正面から仕掛けてきた赤い怪人の上段からの打ち込み。

 シャイナーシューターを手放し、大きく一歩踏み込んだひかるは、振り下ろされてくる怪人の手を左手でつかんだ。

 合気道の要領で怪人を自分の方に引き寄せ、右手のシャイナーソードを、コルヴスに向かって投げつけた。

 ――行くわよ。

 心の中で気合いを入れる。

 そしてひかるは、右手に新たな武器を生成した。



 手を掴まれて体勢を崩したカストルを見て、僕は戦いの終わりを悟った。

 投げつけられたシャイナーソードを、僕は反射的にポルックスを使ってはじき飛ばしていた。

 ――失敗した!

 思ったときにはもう遅い。

 新たな武器の生成反応。

 それに続いて、カストルの胴に一閃、緑の光が走っていた。

 上半身と下半身を分断されたカストルは、そのまま校庭に転がって、動かなくなった。

 カストルの影から現れると思った月宮さんは、もうその場所には姿はない。

 左の視界に微かに見えた白い影にポルックスを反応させたとき、シャイナーの攻撃は終わっていた。

 袈裟懸けの一撃が、ポルックスの胸にまで食い込んでいる。

 食い込んだまま振り抜けなかったシャイナーエネルギーブレードを、月宮さんはポルックスの身体を蹴りつけて引き抜いた。

 まるで人間のように大きく身体を痙攣した後、ポルックスは大の字に転がっていた。

 ――勝てなかったな。

 月宮さんがシャイナーエネルギーブレードを使ってくることを、僕は予想していた。

 エネルギー消費の激しい武器だけど、二体の怪人を倒すためには、シャイナーソードでは時間が掛かりすぎる。

 戦闘員のためにシャイナーバスターを使い、怪人のためにシャイナーエネルギーブレードを使うというのが、僕の予想していた月宮さんの戦闘手順だった。

 予想は的中した。

 でも、予想以上に早さで、彼女はその判断を下した。

 管制しかしていなかった僕のエネルギーは、八割以上が残っている。

 月宮さんの方は、僕と同じエネルギー量ならば、六割を切っているのがせいぜいだろう。

 もう僕に使える戦力はない。

 僕自身が戦っても、月宮さんには勝てない。

 仕込みはもう終わっているから、後は彼女から一瞬の隙を引き出せば、僕の狙っていたことは実現可能だ。

 でもそれを達成した後、僕は彼女に殺されることになるだろう。

 ――僕の、負けだ。

 ゆっくりとエネルギーブレードを構える月宮さん。

 白いその変身スーツ姿は、相変わらず美しい。

 ――ゴメン、みんな。僕はここまでだ。

 勝てるわけのない戦いを、僕は諦めた。

 あと一瞬だけ必要な時間をつくるために、僕は両手にアルティメットハンマーを構えた。


         *


 目を覚ますと、見慣れているようで、すごく懐かしさを感じる天井がマリエの目に飛び込んできた。

 身体を起こして辺りを見回すと、そこが自分の部屋であることに気がついた。

 少し前に治療が完了して目覚めると、自分の姿をした樹里がベッドまで運んでくれた。

 替え玉をやってくれていた樹里も、ベランダで塵となって消えていった。

 彼女は最後に「さようなら」と言った。

 その意味を問うことができないまま、マリエは治療が終わったばかりで怠さの残る身体をベッドに横たえて眠ってしまっていた。

 ベッドから起き出して、バルコニーに続く窓まで歩いていく。

 数歩の距離でもよろけそうになる。ピンク色の足下まで丈のあるパジャマから覗く手も、目覚める前よりも筋張ってしまっているような気がした。

 ――もう一度、鍛えないとな。

 そう思いながらカーテンを少しめくって、くっつくほど顔を窓に近づける。

 少し高台になっている家から見える景色には、いつもよりも灯りが少ないように思えていた。

 分厚く空を覆っていた雲は、ものすごい勢いで流れていって、その隙間からは星の輝きが見え始めていた。

 ――遼平は、どうしてるかな。

 今日の作戦は市内征服であることは知っていた。作戦開始からある程度作戦が進行するところまでは、替え玉の樹里から共有してもらっていた記憶から、順調であることはわかっていた。

 時間的には作戦はもう終わっているはずであるけれど、たぶん遼平の目的が市内征服などではないことを、マリエはわかっていた。

 遼平がどのようにシャイナーと決着を付けようとしていたのかはわからない。

 結末は気になるが、戦いが終わっているかどうかはわからなかったから、こちらから連絡を取ることはためらわれた。

「ステラートは、どうなるんだろう」

 樹里が残した「さようなら」という言葉。

 その意味がそのとき感じた予感と同じものであるなら、樹里とはもう二度と会うことができない。

 急いで駆けつけたくなるけれど、マリエは自分ができることが信じて待つことだけであることを、理解していた。

「終わったら、全部教えてね、遼平」

 こみ上げてくる不安と気持ちを飲み込んで、マリエは胸の前で両手を握りしめ、見えてきた星々に祈っていた。


         *


「諦めたみたいね、コルヴス」

 僕の様子でそれに気づいたのか、シャイナーが嘲りを含んだ声で言った。

「いや、まだだよ」

 そうは言って見るものの、僕の言葉には力はない。

 実際、僕は彼女に勝つことを諦めていたから。

「どうせ貴方のことだから何か仕込んでいるんでしょうけど、そんな隙、与えると思ってるの? 貴方にはもう退路もないのだから、諦めてワタシに首を差し出しなさい」

 緑の光をまとわりつかせたエネルギーブレードを振り、月宮さんは左手で地面を指さす。跪けとでも言うように。

「何をした?」

 彼女の言葉に違和感を覚えていた。

 もちろん一度アジトに帰れば、明日にでも再戦を挑むことはできるだろう。

 僕の変身スーツのエネルギー残量なら、月宮さんの攻撃に耐えてアジトに転移することも可能なはずだ。

 でも今日の作戦のためにアジトのエネルギーはほとんど残っていない。次戦うときには、アクイラとピクシスを連れてこなければならない。

 月宮さんのことを知りたいと思う気持ちは、あくまで僕のものであって、竜騎と英彦のふたりを巻き込むつもりはなかった。

 だから今日が最後の戦いだと、心に決めていた。

「ここに来る前に、ちょっと寄り道をしてきたのよ」

 その言葉を聞いて、僕の脳裏に閃く。

『樹里!』

 シャイナーから少し距離を取って、アジトに通信をする。

 戦闘の邪魔になるから切っていた情報ラインをすべてオンにして、僕はアジトの様子を確認する。

 僕の呼びかけに、返事はなかった。

 アジトからの情報は、ノイズまみれで、有効な情報はほとんど得られなかった。

「やっと気づいたの。すぐに気づくかと思ってたのに」

 ヘルメットの下で薄笑いでも浮かべていそうな月宮さんが言う。

「何? あのナビゲーターは。気色悪い。貴方はそんなにワタシのことが好きだったの? 天野君!」

「樹里をどうした!」

「切り捨てたわ。真っ二つに。別に問題ないでしょう? ナビゲーターの身体はしょせんつくり物。作り直せばいいことだわ。その機会は、永遠に来ないけどね」

 肩を震わせて笑っている彼女の姿に、僕は血が沸騰するような気分を味わっていた。

『樹里! 樹里!!』

 必死に呼びかける。

 僕の変身が解けていないということは、月宮さんは玉座を破壊してこなかったということだ。

 それなら樹里は、身体を失っていても存在しなくなったわけじゃない、はずだった。

『――首領』

『樹里! 大丈夫なの?!』

 ノイズ混じりの声で、やっと樹里からの応答がある。

『大丈夫、とは、言い難い――、状況です』

 通信自体が途切れ途切れで、ノイズが混じった樹里の声は苦しげにも聞こえる。

『アジトのほとんどの場所を、破壊、され、ました――。残っていた、エネルギーも攻撃に――、使われ、通信が、精一杯――で、転移のエネルギーも、いまは、まだ、ありません』

『そんなことはどうでもいい。樹里は、大丈夫なの?!』

 通信をしている僕を眺めるだけで、月宮さんは攻撃してこない。僕の様子を楽しんでいるように、肩を震わせている。

『身体は失いました、が、わたしは大丈夫です。そんなことよりも、決着はどう、なりましたか?』

 成長室もかなり破壊されている様子があるけど、わずかずつエネルギーが集まっているらしい。通信も少し安定してきて、樹里の声も聞こえるようになってくる。

『こっちはまだ戦闘中だよ。シャイナーは少しばかり、休憩中らしい』

 月宮さんの狙いは、僕のことを笑うことじゃない。

 ぶっ続けで戦っていて消耗した身体を少しでも回復させ、上がってしまった息を整えることだ。

 だからその少しの間は、時間がある。

『状況を確認、しました。どうされるおつもりですか?』

 僕が送った戦闘情報を見たんだろう、樹里がそう問うてくる。

『ゴメン、樹里。もう少しだけ頑張ってみるよ』

 月宮さんの動きに注意を向けながら、僕は弱気に答える。

 月宮さんと戦っても、決着は見えている。

 だから僕があとやれるのは、彼女の方が悪に向いているという言葉を、否定して見せることだけだ。

『諦めるつもりですか?』

『……』

『帰ってこない、おつもりですか? そこで、首領は死ぬつもりだと?』

 樹里の声は、感情を押し殺したように揺れていた。

 僕が彼女に言えることは、ただひと言だった。

『ゴメン』

『そんな言葉、わたしは認めません!』

 殴りつけるような大きな声が、頭の中に響いた。

『樹里?』

『諦めて、それで終わりですか? 勝てないからと諦めて、死を受け入れますか? わたしはそんな首領の、遼平さんのことを、許しません!!』

 樹里がいま、すぐ側にいるような気がした。

 僕のことを包み込んでいるように感じる樹里が、火山が噴火したみたいに言葉をあふれ出させる。

『あともう二日もない時間かも知れませんっ。それでも、それでもわたしは、遼平さんと、――そう、貴方と、一緒に過ごしたいんです!』

 なんと答えていいのかわからなかった。

 僕は樹里の何を見ていたのか、わからなくなっていた。

『わたしは、わたしがあり続ける限り、遼平さんのことを見ていたい。遼平さんと一緒にいたいんですっ! だから、だから帰ってきてくださいっ。どうにかしてでも、新しい身体を生成して、待っていますから!!』

 樹里の素直な気持ちが、僕の身体を満たしていた。

 僕はいつも側にいてもらいながら、彼女のことをぜんぜん理解していなかった自分を思い知っていた。

 アルティメットハンマーを握り直す。

『うん。ゴメン。待っていて、樹里。必ず、シャイナーに勝って、帰るから』

『はい……。はいっ。お帰りをお待ちしておりますっ』

 通信を終えて、僕はシャイナーに向き直る。

「覚悟はできたかしら?」

「あぁ、できたよ。君と最後まで戦って、勝つ覚悟が」

「ふんっ」

 鼻で笑う月宮さんに、僕はアルティメットハンマーの先端を向ける。

「さぁ、戦闘再開だ」



 六割と八割のエネルギーの差。

 それは月宮さんにとってないにも等しい差だった。

 僕の変身スーツには空間を操る機能がある。

 それを重力を操るアルティメットハンマーを組み合わせることによって、攻撃に変える。

 たぶんその気になれば無限に伸ばせる不可視の先端を、彼女は余裕を持って避け続けていた。

 僕は僕で、強大とも言えるエネルギーブレードの攻撃を、ゆがめた空間で逸らして、凌いでいく。

 戦いは急速に終わりに向かっていた。

 僕の戦いは無様なものだ。

 白い影となって僕の周りと飛び回る月宮さんの華麗さに比べれば、見る影もない。

 それでも僕は戦う。

 樹里との約束を、守るために。

 右後方から突き込まれたブレードを逸らして、逆手に持ったハンマーの先端を急速に伸ばして攻撃を加える。

 避けられるのは予想済み。

 飛び退った彼女に、僕はそのまま拡大したハンマーの先端を横凪ぎに叩きつけた。

 ブレードを身体の横に立ててハンマーを受け止める。

 力任せに振るった攻撃はかなりのダメージを与えたはずだけど、月宮さんを地面に叩きつけるには至らない。

「意外と、戦えるんじゃない」

「それなりに、鍛えてはきたからね」

 僕も月宮さんも、肩で息をしていた。

 僕の力は、本当に力任せしかない。

 強力な防御と、強力な攻撃。

 それらはシャイナーのそれを大きく凌ぐけど、技が未熟な僕は、エネルギーの差を活かして、力のままに戦うしかない。

 直接シャイナーと戦ったのは幹部招集前の数回だけだけど、僕は一度として彼女に勝つことができなかった。

 今日はよく戦ったと思う。

 僕の変身スーツに残されたエネルギーは残り二割を切っていた。

 たぶん、シャイナーの変身スーツも、同じくらいしかエネルギーが残っていないだろう。エネルギーブレードの消耗は、それほどに激しいものだから。

 ――あとこっちは三回。あっちは二回。

 あとそれだけクリーンヒットを受ければ、変身スーツのエネルギーはゼロになり、変身が解除される。

 決着の付け時だった。

「さぁ、決着をつけるわよ」

 同じことを考えていたらしい月宮さんが言い、腰を落とした。

 たぶんスピードを生かした連続攻撃が来る。

 スーツのエネルギー残量以上に、体力の差が大きい。

 僕にはもう、彼女の攻撃を凌ぎきる余力はなかった。

「うん。終わりだよ、シャイナー」

 言って僕は、ヘルメットの下で笑う。

 月宮さんが脚に込めた力を解放しようとして、できなかった。

 彼女は脚に感じた違和感に下を見る。

 脚にからみついているのは、カストルの上半身。

 少し離れた場所に転がっていた下半身が立ち上がって、月宮さんの上半身を羽交い締めにするように組み付いた。

「ゴメンね、月宮さん。怪人は人間じゃない。塵にされない限り、エネルギーが残ってるなら動くことができるんだよ」

 僕の狙いに気づいたらしい月宮さんが、カストルをふりほどこうとする。

 でもそれは適わない。石のように、金属の固まりのようになったカストルは、内包していたエネルギーを全身に満たしていく。

「僕の勝ちだよ、シャイナー」

 寝転がっていたポルックスが僕と月宮さんの間に割って入って、両手を広げる。

「コルヴスーーーーー!!」

 彼女の叫び声を最後まで聞くことなく、僕はカストルに自爆を指示した。


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