第七章 決戦!! 君の正義と僕の悪 4
* 4 *
周囲の電波を勝手に拾って、僕はアクイラたちのことを報じているテレビ番組を見ていた。
テレビの中では十体の戦闘員を後ろに控えさせたアクイラとピクシスが並んで映っていた。ふたりの前に座らせられているのは年かさのある人物は、確か市長だったと思う。
『今日、俺たち、ステラートは、この街の征服を宣言する!』
『本日このときより、この街はこの国からの独立を宣言する』
アクイラによる征服宣言と、ピクシスによる独立宣言。
テレビの中ではざわめきが起こっていた。たぶんこれを見ている人々も、驚いていることだろう。
こんな宣言をしちゃってはいるが、ふたりはこの後タイミングを見て市庁舎から撤退する。残った戦闘員たちは解放された自衛隊や機動隊がなだれ込んでくる前に散開。残ったエネルギーの限り追っ手を振り切らずに街を逃げ回って、引っかき回す予定になっていた。
「しかし、遅いな」
僕が出てきたらすぐにやってくると思っていたシャイナーは、まだ現れていない。
アクイラとピクシスに分けてもらった戦闘員が最後に到着してから、もうけっこう時間が経っている。
いまにも雪が降りそうな曇り空の下で、僕は四十体の戦闘員と二体の怪人を整列させたまま、ずっと待っていた。
アジトとの回線は、緊急用の連絡回線を除き、切っていた。シャイナーとの戦いに余分な情報は邪魔になるだけだ。
アジトに残った樹里と言葉を交わすことなく、時折サイレンの音が聞こえる他は、日の出を待つ朝方のように、街はひっそりと静まりかえっていた。
待ち始めて二十分が経った頃だろうか、変身スーツがすぐ近くに転移反応が現れたと警告を発した。
反応があった方向には、空気まで灰色に染まっているようなこの場所で、くっきりと浮かび上がる白色の影、シャイナー。
「ずいぶん待たせてくれるね」
「野暮用があったからね。ちなみにそれは何なの? デザインの変更?」
言われて僕はシャイナーに指さす頭、というかヘルメットを確認してみる。
新しい視界をつくって、手のひらを鏡のようにして自分の頭を見てみる。
ちょうど額の部分に、これまでなかった緑色の宝石のようなものが埋め込まれていた。
ガラス玉のような大まかなカットされた感じで、親指と人差し指で丸をつくったくらいのサイズの緑色の宝石がいったい何なのかはわからない。微かに輝きを放つそれは、樹里が着ている服に似て、深い緑色をしていた。
デザインを変更した憶えはないし、アクイラたちに指摘されなかったということは、ここに転移するときにこうなったんだろうか?
顔を上げてシャイナーのことを見ると、彼女のヘルメットにも、赤くて角のない宝石が、僕と同じで額に埋め込まれている。
「そっちも赤いのがついてるよ」
「……本当ね。何かしら? まぁいいわ。それよりも何故ここを?」
いつものようにすぐに攻撃を仕掛けてこなかったシャイナーは、辺りを見回す。
ここはそんなに驚くべき場所だろうか。
僕が彼女のことを待っていたのは、高校。
僕や月宮さんがいま通っている高校の校庭に、僕たちはいた。
すぐ側には畑なんかがあって、敷地の一部は民家やある程度交通量のある道路に隣接してるけど、敷地の広さから多少暴れた程度では人に気づかれにくいし、表の作戦となった市庁舎からもけっこう距離がある。
警備の人くらいいても良さそうだけど、変身スーツのセンサーで感知できる近距離の範囲に、人の反応はない。
そしてなによりここは――。
「君が正義の味方であることを証明するのに、最適な場所だからだよ」
「何を言ってるんだか」
呆れたように肩をすくめた後、シャイナー、月宮さんはシャイナーソードを抜き放つ。
「証明も何も、貴方でワタシに勝てると思ってるの? コルヴス」
「さて、それはやってみなければわからないよ、シャイナー」
本当のところ、僕は彼女に勝てるという確信があるわけじゃなかった。戦力は揃えてきたし、作戦もないわけじゃない。
それでも、僕は彼女に勝てるという絶対の自信までは、持つことができない。
「でも、僕は今日、君を征服するよ。君の生きてる世界を、これまで生きてきた世界を、そして君がこれから生きていく世界を、僕は征服する」
「やれるものならやってみるがいいわ。貴方がワタシに勝てたら、何でもあげる。ワタシの身体でも、心でも、世界でもね。でもワタシが勝ったら――」
シャイナーの赤い視線が僕を射抜く。
「ワタシは貴方を、殺すわ」
赤い目のような光が、額の宝石とともに僕のことを睨み付ける。
――くっ。
怯んでしまいそうになる強い殺意。
強烈で逃げ出したくなるほど激しく走った悪寒にでも、僕は同時に期待感を感じていた。
――僕は今日、シャイナーを、月宮さんを征服する。
そう心に決めて、僕は宣言する。
「さぁ、僕の世界征服を始めよう」
*
「なぁ、英彦はどうやって家に帰るつもりなんだ?」
「どうしようね。タクシーでも走っていればいいんだけど」
以前出前用に使っていた実用一辺倒の自転車を押しながら、竜騎は毛玉のように身体を縮めて歩いている英彦に訊いてみた。
市内征服作戦は終了し、比較的早い段階で隙を見つけて市庁舎から脱出し変身を解いた竜騎と英彦は、近くの駅に向かって歩いていた。
しかし年中無休二十四時間営業のコンビニエンスストアさえ閉店し、家の灯りもちらほらとしか灯っていないゴーストタウンのような街には、車の一台すら走っていない。
携帯端末を取り出してネット配信されているテレビの特別番組を見てみると、やっと市庁舎に到着した自衛隊の装甲車と戦闘員の追いかけっこがいままさに始まったところだった。
半日かかった作戦の後ともなると、戦闘員のエネルギーは残り少ない。逃げ続けたとしても、朝方にはエネルギー切れとなる予定だったし、機関銃の弾をある程度食らえば倒される程度になっていた。
当分続くだろう作戦の影響で、自転車がある竜騎はともかく、電車移動の英彦は帰る手段がない状態となっていた。
「いまはあいつ、戦ってるんだろうなぁ」
「そうだろうね」
いまにも雪が降ってきそうな空を眺めながら、竜騎は表情を曇らせる。
シャイナーの転移反応は確認していなかったが、おそらくいま現在、高校の校庭の真ん中では、遼平とシャイナーの激しい戦いが始まっているのだろうと思った。
その結末がどうなるのかは、見に行きたい衝動にも駆られていたが、邪魔になるようなこともしたくなかった。
「遼平は勝てないよね」
「そう思うか?」
「うん」
マフラーに覆われた口で英彦が言う。
「シャイナーは強い。短気なところはあるし、逆上する一面もあるけど、彼女は純粋に強い。あれだけの戦力があっても、遼平じゃ勝つことは難しいんじゃないかな?」
「まぁな」
冷静な分析だと、竜騎は思った。
シャイナーの強さが尋常ではないことは、竜騎自身も感じていた。おそらく集結させた戦力に加えて、自分と英彦が参戦してやっと、総合的な戦力を逆転できるかも知れない、というほどに。
決戦に向けてさらに強くなっている可能性が高いシャイナーは、幹部ふたりが加わってもそれを打ち破ってしまうかも知れない、とすら思う。
「ぼくたちも行くべきなんじゃないかと思うんだ」
「んー」
鋭い視線でそう提案してくる英彦に、竜騎はうなり声を上げていた。
「確かに彼は作戦を考えていると思う。それでもシャイナーを打ち破るのに足りるのかどうかわからない。もしかしたらシャイナーは、遼平を殺してしまうかも知れない」
「確かに、そうなんだよなぁ」
英彦の言葉はもっともだった。
シャイナーの必死さには何か理由があるような気がしていたし、必死になったときのシャイナーの強さは、マリエを刺したときに見たとおりだ。
マリエの復讐をしたいという気持ちも、自分の中にあることを竜騎はわかっている。
嵐でもおきているようにすごい速度で動いていく雲を眺めながら、竜騎は言った。
「たぶんだけどな、あいつはシャイナーに勝つために出撃したわけじゃないと思うんだ」
「勝つためじゃない?」
不思議そうな顔をする英彦に、竜騎は苦笑いを浮かべる。
「俺もあいつがどんなこと考えてるのかはよくわかんねぇとこあるけど、たぶん勝つためじゃない。あいつはシャイナーを、……征服、しに行ったんだと思う」
「意味がわからないよ」
言っていて竜騎自身、意味がよくわからなかった。
けれど言葉にするなら、そんな感じなのだろうと、これまでの遼平との付き合いで感じていた。
「まぁ、遼平は遼平で、強いぜ。とくにこういうときは、たぶん最強だ」
「力押ししかないコルヴスに、力も技も持つシャイナーは分が悪い」
「うん。それでもたぶん、あいつはシャイナーを征服する。不安なことがないわけじゃあないけどなぁ」
「どんなこと?」
それは遼平の長所だと考えることもできる。状況には短所にもなりうることを、竜騎は知っていた。
「意外と諦めがいいんだ、あいつ。やれるとこまである程度やってると、とくに。全力で突き抜けて砕けるとこまではやらなかったりするんだよなぁ」
諦めて、立ち止まって、そこで次のことを考える遼平の思考に、助けられたこともあった。けれど過ぎるほどの諦めの良さに、やきもきすることもあった。
「まぁ、結果は、明日になってみねぇとわからないだろ」
「そうだね……」
まだ不安そうな顔を浮かべている英彦に、竜騎は掛ける言葉がない。
竜騎自身、結末に不安を抱いていた。
――必ず生き残れよ、遼平!
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