あるいは、かみくだく物語

 目が覚めた。

 薄暗い闇の中で、意識が戻ってくる。

 さっきまで見ていた、夢のなごりがまぶたの裏にこびりついている。


 首元を触る。大丈夫、切られていない。

 血も流れていないし、疲れも空腹もない。


 どっと息を吐き、俺は寝床から起き上がる。

 いつの間にか、焚き火はほとんど消えかかっていた。

 そのまま、近くに積んであった枝を、いくらか放り込んだ。


「ん……」


 燃えあがる火に照らされて、寝転がってるコボルトの姿が見えた。

 人間の子供ぐらいの背丈、細い手足に、犬のような顔と、灰色の毛皮。

 シェート、それがこいつの名前。

 俺を殺した相手。

 そして、全ての勇者を殺すと誓った者。


「どうした……フィー」

「火が消えてたから、くべといた」

「……ありがと、な」


 寝息を立てて、また眠り込んでいく。

 俺は、何も言わないまま、外に出た。


 外は真っ暗で、星がまばらに光るだけだ。

 たぶん気温は十度を少し上回ったぐらいだろうか。

 それでも、ちっとも寒いとは思わない。


 今の俺は、一匹のドラゴンだからだ。


 俺は、知りたかった。

 どうしてこいつが、俺を殺したのか。

 勇者は本当に、正義の味方で、正しいことをしたのか。

 その答えを知るために。


 気がつけば、俺はドラゴンに転生して、あいつと一緒に旅をすることになった。

 全ての勇者を、殺すために。


『まだ寝ていなかったのか、フィー』

「一応、ここは激戦区だし。見張りが増えても問題ないだろ」

『眠らぬ神の私が、歩哨をしているのだ、もうしばらく休んでいるがいい』


 その声は、ゼーファレスのものじゃない。

 妹にあたるサリアーシェ。自分の兄の勇者を、コボルトに殺させた女神。


「……なんなんだろうな、いったい」

『どうかしたのか?』

「いや……ちょっとね」


 結局、俺はいまだに、何も分かっていない。

 勇者という存在の意味も、シェートの家族を、この手で殺したことの意味も。


『あまり無理をしてくれるなよ。そなたに何かあっては、竜神殿に申し開きがたたぬ』

「大丈夫だって。それより、次の勇者のことでも調べといてくれよ」

『それは問題ない。そなた達がいる大陸、ヘデギアスのいずこかに、きっといる』


 俺の旅したモラニ大陸の、はるか西にあるヘデギアス。

 そうだ、残してきたみんなは、どうしているだろう。


「……そろそろ寝るよ。明日からは、勇者探しに本腰入れるからな」

『ああ、おやすみ』


 俺は片手を振って、そのまま木の枝で作った小屋へ戻っていく。

 かすかに残る、悪い夢かこのきおくを、心の奥に押しやりながら。

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超楽勝、チートな勇者が異世界攻略?(ALL LIE) 真上犬太 @plumpdog

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