GAME IS OVER

 一瞬、わけが分からなかった。

 俺は仰向けに寝転がって、空を見上げていた。


 頭がぼんやりする、ひどく体が辛い。

 全身がだるくて……そうだ、腹が減っている。

 息も上がっていて、冷や汗が止まらない。


 何が起こったんだ、何が起こったんだ。何が。

 誰かが、足音を立てて近づいてくる。小石を踏みしめて。

  

 太陽をさえぎるようにして、俺を見下ろしてきたのは、犬顔の獣人だった。

 ああ、こいつは、コボルトだ。

 なんでこんなところに、魔物がいるんだ。


 俺はさっきまで、仲間と一緒に、コボルトの集落を襲ってたはずなのに。


「削ればいいのか」


 そいつは俺にも分かる言葉で、そう言った。

 削る? 何を? こいつが?

 そいつは片手に握った、小さなナイフみたいなものを、俺に近づけてくる。


「な、なにやってんだ、やめろよ」


 そんな短剣、効くわけがない。

 だって俺にはカミサマの無敵の鎧があって――。


『貴様の鎧には、核と呼ばれる部分がある。鎧の首元につけられた宝石を、万が一削り落とされたら、加護は消えてなくなる』


 まさかこいつ、俺の鎧を壊そうってんじゃないだろうな!

 ふざけんなよ! やめろ、動けよ俺の体!


 そう必死に考えても、指一本まともに動かない。

 ああ、そうだ。

 そんなのは当たり前だ。


 だって俺は、こいつの罠にかかって、飲まず喰わずで三日間も、出口のない山をさまよっていたんだから。


 コボルトのもった短剣が、守りの石に触れる。

 鎧の防御に引っかからないように、ゆっくりと押し当てられた刃が――。


「やめろおおおおおおおおおおおおお!」


 俺の鎧を、完全に破壊した。

 そして絶叫と共に、思い出す。


 俺は今までこいつと戦っていたんだ。

 山道を通ったとき、たった一匹で挑んできたこいつと。

 

 まず最初に、リィルがやられた。

 毒矢を撃たれて、身動きを封じられた。

 その次にエルカが同じようにやられて、アクスルも片目を潰された。


 わけが分からなかった。何でこんなやつに、みんながやられたのか。

 わけが分からないままこいつを追いかけて、気がついたら、水も食料もないまま、山をさまよわされていた。


「お、おい、何、するんだ!?」


 コボルトが、俺のわき腹に手を突っ込む。

 逃げ出そうとするけど、体がまともに動かない。

 疲れて、腹ペコで、喉が渇いて、力が出ない。

 毛むくじゃらの手が、いきなり鎧の前あてを引き剥がした。


「うわああああああっ!」


 おかしい、こんな事ぜったいにおかしい!

 仲間がやられて、無敵の鎧が壊されて、こんな子供みたいな体格のやつに、いいようにやられてるなんて。


「お前、まるで沢蟹」


 吐き捨てるように、コボルトが言い放つ。

 ふざけんなよ、何が――


「な、何が蟹だ! 俺は勇者だぞ!」


 そうだ!

 俺はカミサマに選ばれて、みんなに勇者だって言われて、仲間もいて、無敵だったはずなのに!


「こんなの、こんなゲームありえないだろ! なんで、なんで、お前みたいな、コボルトに、俺が……勇者が……まけるんだよ……!」

「ゲーム……?」

「そうだよ! だ、だいたい、負けるにしたって、もっとあるだろ! おまえなんかじゃなくて、魔王の、腹心とか! ……それが、こんな、こんなのおかしい、おかしいじゃないか!」


 チートで、無敵で、勇者なら、こんなことあったらおかしいだろ!

 

「おかしいか」


 影になって見えない、コボルトに向けて、俺は精一杯の大声で、叫んだ。


「そうだよ。こんなの、おかしいんだ! こんなクソゲー、やってられるかよ!」


 ガヅンッ!


「いぎゃあああっ!」


 痛みが、降ってきた。

 目がくらんだ。後頭部が、痛い。


「おかしいか!」


 ゴヅッ!


「あがはあっ!?」


 目の中にねじ込まれた、痛み。

 降ってくる拳が、叩きつけられる。


「おかしいか。俺の家族、殺したの! そんなにおかしいか!」


 ガッ、ゴッ、ゴゴッ!


「あっがあっ! や、やべおごおおっ!」


 コボルトが、拳を振り降ろす。

 一発、二発、三発、四発、五発、六発。


「あっ、ぎゃっ! おごっ、がべっ! ぶふっ、やべ、やべでえええっ!」


 痛みが頭蓋骨の中で破裂する。

 激痛が脳みそ一杯に詰め込まれて、殴られるたびに破裂する。

 いたい、いたい、いたい、いたい。


「お前! お前! お前! 俺のっ、俺のっ、俺のっ、俺の大切なもの! 奪って!」


 ごりん、と、下のあごで音がする。

 歯が砕き折れて、口の中がズタズタに裂ける。

 顔が熱い、熱くて痛くて、皮膚が何倍にも膨れ上がっていく。

 もうやめてくれ、たすけて、いたくしないで。


 そう願う俺の前で、コボルトの両手が、高々と差し上げられた。


「お前に奪われた俺! 一番納得、いかないんんだああああああああああっ!」


 顔の真ん中が、破裂した。

 そんな痛みの波が、一瞬で頭の中一杯に広がる。

 遅れて、潰れた鼻が、ぐじゅぐじゅと血をもらし、泡が吹き出る感覚があった。


 それから、コボルトはゆっくりと立ち上がった。

 もう、まともに前が見えない。

 血が流れすぎて、痛くて、どうしようもなかった。


 無敵の剣は、弾き飛ばされてどこかへ飛んでいった。

 魔法の腕輪は、効果を失ってガラクタ同然だ。

 鎧は、もう俺を守ってくれない。


 そうだ、このコボルトも、一応『カミサマの勇者』になったんだって聞いた。

 なんで、そんなことをしたんだろう。

 どんなカミサマが、こいつを勇者にしたんだ。


 どうして、俺を、こんな目にあわせたんだよ。



 俺は正義の勇者で、みんなを助けて、悪い魔物を倒した、それだけなのに。


 ああ……そうか。


 俺の一番最初のクエスト、あのときのコボルトの、生き残りか。

 敵討ち、そういうことなのか?


 その時、俺の喉を、冷たい何かが、横切った。

 痛みがあって、喉から何かが吹き上がる感触。

 そうか、首、きられた。


 それで、おれ、もうしぬんだ。

 こいつは、かたきうちして、まんぞくしたの、かな。


 だんだんくるしく、なくなっていく。

 いたくなくて、くるしくなくて、さいごに、なにかがのこっている。

 そうだ……。


「……ちゃーしゅーめん、くいたいなぁ」


 そして俺は、腹を減らしたまま、死んだ。

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