勇者、初めてのクエストを受ける

「つまり、勇者様の故郷には、魔物はいないということなのですね」


 リィルの質問に、俺は笑顔でうなづく。

 

「そんな平和な世界から、わざわざ危険を冒してまで、私たちの世界を救いにいらっしゃるなんて……本当に、ありがとうございます」

「いやぁ、うん。それほどでもないっすよ、ははは」


 まさか、目が覚めたらいきなり勇者にさせられてた、なんて言えないもんなぁ。

 俺は笑ってごまかし、行く手を確認するふりで、視線をそらした。


 俺たちの旅は、基本的に暇だ。 

 そりゃ、ゲームみたいに少し歩くとランダムエンカウント、なんて事がないのはいいんだけど、いくらなんでも刺激がなさ過ぎた。

 初めは珍しかった世界の景色も、慣れてしまえば歩きにくい道と、どこまでも続く森と山ってだけで、ピクニックでもしてるみたいだった。

 それで、退屈しのぎに、時々リィルに向こうの話とかを聞かせるようになった。


「あんまり気を抜くんじゃないよ。一応、あたしらは国の命令を受けて動いてるんだよ」

「然様です。そろそろ村が見えてくるころですので」

「あー、了解。それで、なるべくなら交渉とかは、二人に任せたいんだけど」

「……まあ、いいさ。闘いに関しちゃ、アンタのほうが上手みたいだからね」


 実はここまでに一回、偶然見つけたゴブリンの一団を倒していたりする。

 野宿しようと準備をしていたときに、ばったり出くわした。

 正直、ちょっとびびったし、なんかものすごいケモノ臭がして、夢中で剣を振ってた記憶しかない。

 とはいえ、終わってみれば敵のほとんどは俺が倒していて、みんなかなり驚いていた。


「なんつっても、カミサマの武器防具だからな。普通にやってれば負けないって」

「……そうかい。そりゃ頼もしいね」

「どうかした?」

「なんでもないさ。いこう」


 かなり年上と思っていたエルカは、実は自分と二歳しか違わないらしい。

 それでも、すごく落ち着いているし、頼りになる感じだ。

 ただ、しゃべっていると時々、変な間が入る事があるのが、少し気になるけど。


「勇者様? どうかされましたか?」

「え? 別に、なんともないけど」

「でしたら、早く行きましょう。お疲れのようですから、村でお休みになってください」


 リィルは俺と同い年だと聞いた。

 元々はリミリスのお姫様で、王様の三番目の娘だって聞いた。

 今までは神殿で、傷を治す術や薬草の知識を勉強していたらしい。いわゆるプリーストってやつだ。


「そういえば、勇者様は馬を扱われたことは?」

「馬かぁ……ガキのころ、牧場で乗せてもらったことはあるけど」

「よろしければ、私の荘園に寄っていただけないでしょうか? 長い旅になりますし、馬の扱いに慣れるのも、よいかと思います」


 ちょっと他人行儀なところは気になるけど、基本はとってもいい子だ。

 このパーティの中で一番しゃべってるのがリィルだし、こっちの世界のいろいろなことも教えてもらっていた。


「そうですな。いずれ勇者殿は、この大陸を越えて、魔王の居城が降り立つという、はるか西のケデナを目指すことになりましょう」

「そうだな。そこまでとことこ行くのもタルいし、馬ぐらいは乗れるようにしたいよな」


 さすがに騎士のおっさんは、あんまり俺としゃべることはなかった。

 アクスルにしてみれば、俺は上司みたいなもんだし、当然といえば当然だ。

 戦闘のときにちょっと相談するぐらいで、軽口をすることもなかった。


「見えてきました、あの村です」


 でっかいガントレットの指が、森と山に囲まれた村を示す。

 本当に小さくて、背の高い建物なんて、一軒もない。

 あそこが、俺の最初のクエストを受ける場所だ。




          * * * * * * * * *



「実は、この村の裏手の山奥に、コボルトの集落がありましてな」


 いかにも村長さんっぽい人は、いかにも初級のクエストっぽい話題を振ってきた。

 いきなりゴブリンじゃなくてコボルトってのが、分かってるよな。


「集落って、どのくらい数がいるんすか?」

「すでに、二十か三十くらいの小屋があるようです。山を三つも越えた場所にあるため、害もないので、刺激しないようにしてきたのですが……」

「最近、この辺りの魔物が活発になってきてるからねぇ。北のカイタルじゃ、魔王が遣わした牛頭の化け物が、手勢をまとめてるとかなんとか」


 おおっ、ミノタウロスか。

 実際に目の前に来たらどんな感じなんだろ、早く戦ってみたいぜ。


「魔物たちの組織的な動きは、この辺りでも活発になってきている。騎士団総出で、山狩りなどしてはいるのだが……コボルトの集落は厄介だな」

「実に嘆かわしい、そして汚らわしいことです。一刻も早く、魔物の巣窟は取り除かねばなりません」


 エルカやアクスルはともかく、リィルもかなりやる気十分だ。

 やっぱり、現地の人にとって魔物は厄介者なんだな。


「厄介って言うけど、コボルトってそんなに強いのか?」

「連中が厄介なのは、魔物にとっての策源地さくげんちになるってことさ。ゴブリンの十匹で集落を制圧すれば、害のない集落も魔王の軍隊に早変わりだ」

「強さはさほどではありませぬ。数で押すか、強力な魔法で焼けば、造作もないこと」


 どんなゲームでも、ゴブリンは序盤から中盤にかけてきつい相手のことが多い。

 コボルトは、まあ大抵雑魚キャラだ。

 数はいるかもしれないけど、こっちは無敵の鎧と剣と、魔法の腕輪がある。


『何度も言うが、その腕輪の魔法は日に三度までだぞ。あまり無駄打ちせぬようにな』

「わーかってるよ。早くレベル上げて、回数制限のキャップ、外さないとな」


 そういう意味でも、コボルト退治は受けておきたいクエストだ。

 数を倒して、村人から感謝されれば、その分俺のカミサマを信仰する人が増える。

 そしてレベルが上がって、ポイントをためれば、もっと強くなれる!


「んじゃ、早く行こうぜ! コボルト退治に!」


 俺の宣言に仲間たちが頷く。

 村で一日休んだ後、俺たち勇者の一行は、コボルトの集落を目指した。




          * * * * * * * * *



 そこは、近くに川が流れる、山の中に開けた場所だった。

 木でできた小さな小屋がいくつもあって、薄い煙が立ち上っているのが見える。

 俺たちがいるのは、その集落からかなりはなれた場所。


「そろそろ"鷹の目"の効果が切れるよ。村の確認は、済んだんだろうね?」

「だ、大丈夫、だと思う」


 エルカの言葉と共に、俺の目に掛けられていた魔法が解ける。

 双眼鏡いらないとか、ある意味魔法のほうがはるかに便利じゃないかなー。


「緊張なさらないでください。勇者殿の鎧は、コボルトの攻撃など通さないでしょう」

「わ、分かってるよ」

「ご安心ください! いざとなれば私が、この身を盾にしてでもお守りしますっ!」

「盾になるより、アンタは下がって、炎よけの加護を村に張り巡らせといてくれ」


 エルカは立ち上がって、にやりと笑った。


「そうすれば、炎の行き場がなくなって、連中の集落を跡形もなく焼き払える」

「うわああ、発想がエグいっすよエルカ姐さん」

「分かりました。全力で取り組ませていただきます」

「リィルも大概だなおい!」


 俺の突っ込みに、珍しくリィルは怒ったような顔で反論する。


「よろしいですか? あの犬面どもは、命じられればどんな非道もできる卑怯者。私が十歳のとき、住んでいた荘園が襲われて、家畜や下働きが何人も殺されているのです」

「そ……そうなんだ」

「魔物は駆除するべき害獣、妥協も赦しもありえません!」


 確かに、それもそうだ。

 相手は魔物なんだし、悪いこともしてるんだし、当然だよな。

 俺は、ちらっと頭に浮かんだ、子供らしいコボルトたちのことを、気持ちのすみに追いやった。


「それじゃ、あたしは行くよ。火の手が上がったら、一気に攻めとくれ」

「心得た。勇者殿も、心の準備を」

「……ああ、わかった」


 あっという間にエルカの姿が森に消えていく。

 スカウトじゃなくて、魔法を使える傭兵っていうのが、かなりかっこいい。


 森の中が、突然静かになったように感じる。

 いつ来るのか、いつあの集落が燃えるのか。

 めまいのしそうな緊張感がこみ上げて――。


 それは突然、ドンッ、という轟音と一緒に燃え上がった!

 最初の小屋が破裂して、立て続けに二個三個と燃えていく!


「いまだ! 突撃を!」

「いよっしゃああああっ! いくぞおおおおおおおおおおおっ!」


 俺はおたけびを上げた。

 そのまま走って、隣にいるアクスルも追い越して、燃えていく集落に踊りこむ。

 驚いた顔で立ちすくんだ、犬顔の獣人に向けて、剣を振り上げる。


「ぶった切れ、『ゼーファレス』っ!」


 コマンドに従って、剣が敵を切り裂き、ケモノの首が、空に舞う。

 そして、殺戮が、始まった。





 ――それが、全てのはじまりだった。

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