4章 三ツ世善悠の休日(4)
「宮司殿、茶屋はまだ開かないのか?」
駅の次、ゼンユーは湯山稲荷神社の境内にいた。
まだ七時を回っていない頃合いである。
「……九時からだっていつも言ってるでしょう」
「ちょっと腹ごしらえしたいだけなんですけどね」
「椅子は勝手に使っていいですから、ごみは持って帰ってくださいね」
「はーい」
ガイドの後は神社というのがお決まりのパターンだ。駅の売店で食べ物を買い、そのまま神社への長い階段を上る。
「ゼンユー」
「ばけもの……」
「お、お前らやっと来たか。おにぎり食うだろ?」
いつもはパンとミルクコーヒーなのだが、牛乳アレルギーの双子に配慮して安全そうなおにぎりにした。
好きなのを選べと言えば、息は上がったままながらも二個ずつえらんで剥き始める。
「マナカナはもう稲荷山には登ったのか?」
「うん。春に登った」
「三年以上はみんな登るから」
「そうか。じゃあ今日も登れるな」
真ん中よりちょっと低いくらいのところまでだから余裕だな、と言いながら三つ目のおにぎりに手を伸ばし、ゼンユーはスマホをいじる。
「登るのか?」
「おれらも?」
「ん、来ないのか? 別に俺はどっちでもいいけど」
「登る!」
「登る!」
「じゃあ決まりな。飯食ってちょっとゆっくりしたら登るぞ」
稲荷山というのは、湯山稲荷神社が建っている山のことだ。割に大きな山であり、ほぼ全てが神社の敷地とも言われているが、正確なところはよく分からない。
登山道のある部分だけは稲荷町の観光協会が権利を持っていて、舗装こそされていないが整備されて歩きやすくなっている。
しかし、ゼンユーは早い段階でその整備通路を外れていた。
「ゼンユー待ってよ」
「どこいくのゼンユー」
「いいからついてこいよ、密着調査なんだろ?」
ゼンユーにしてみればこれは元からの予定であり、別に双子に意地悪しているわけではないのだが、あまりの悪路っぷりにマナカナの中でゼンユーへの恨みが募り始めていた。
「ゼンユー、これどこ目指してるの?」
「どこに行こうとしてるの、ゼンユー?」
「いいからついてこいって」
滑りやすい砂の道に、背の高い草が視界を遮る。
ここは本当に道と呼んでいいのか疑いたくなるようなところばかりを進み、双子の我慢がそろそろ限界というあたりで視界が開けた。
「到着。いい景色だろ?」
ゼンユーの言葉に嘘はなかった。
稲荷町の街並みを見下ろす位置に出たかと思えば、山の向こうには海が見える。
鴉原港だ。そこに浮かぶ大きな土地は港都島だろう。
「すごい!」
「こんなの前は見れなかった!」
「普通の登山道からだと、こっち側には出れないんだ。すごいだろ?」
「すごい、ゼンユーすごい!」
「ゼンユーすごいすごい!」
ゼンユーが小学生だった頃はこちらの道も有名で、もっと楽に通れたのだが、あるとき台風で途中が崩れてからは獣道となってしまった。
それ故に自力でここまで来られるのはごく一部の人間だけで、これは稀少な景色となってしまった。
かつては町で一番有名な景色とも言われていたのに。
「休みの日はいつもここに来るんだ。報告書に書いてくれていいぞ、研究者たちよ」
「ここでなにするんだ?」
「景色見るだけ?」
「いや、まだ続きがある。こっちだ」
双子を呼んで、少し草をかき分けたところにある広めの場所へと誘導する。
そこには墓石らしきものがいくつか建っていた。
「お前ら、善光じいちゃん知ってるんだっけ?」
「知ってるよ」
「覚えてる」
「そうか。ここはな、善光じいちゃんの墓だ」
正確には三ツ世家の墓である。
ゼンユーの両親も眠っているが、双子は面識がないだろうから話には出さない。
「休みの日はな、墓参りするんだ」
そして墓の前で酒を飲みながらこの頃の愚痴やなんやを零し、酒が抜けた夕方頃に山を下りる。
それがゼンユーの休日。
双子にも手を合わせるよう促し、軽く墓石を掃除する。
今日はさすがに酒はなしなので、また近いうちに来ないといけないなと思う。
……というか、今日は結局子守になってしまったから休暇は取り消しだ。
「さてお前ら、次はどうしようか」
夏休みの子どもと変わらないくらいの楽しそうな顔でゼンユーは聞く。
今日の依頼は双子の思い出作りということにしよう。
鴉原市湯山区稲荷町。
海と緑と芸術のまち鴉原において緑を担当する豊かなエリア。
これまでもこれからも、このまちは住まう人の想いの通りに変化していく。
そんなまちを愛する者は思う。
明日はなにが起こるかな。
これは、小さな歯車がそれぞれを回し続ける物語。
※入居条件応相談 稲荷町ミッセ -ワケあり人の住まう家- 姫神 雛稀 @Hmgm
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