制作葬式

てこ/ひかり

日の目を見ることなく、途中で終わってしまったもの達への鎮魂歌

「あらまあ、先生…わざわざお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」

「静香さん。突然の出来事で、私もなんと申せばいいのやら…お悔やみの申上げようもございません」


 通夜の入り口で弔問客を出迎える彼女に、私もこの日ばかりは口を一文字に閉じて深々と頭を下げた。研究会で会う普段の静香さんは誰よりも明るく活発な人物だったが、喪服に身を包んだ今晩のその姿は、浮かべた笑みにも悲しみが影のように差して見える。橙色の豆電球に照らされた薄暗い廊下を案内されながら、私は今夜の主役…「故作」のことを思い出していた。


…本当に、惜しい「作品」を亡くしたものだ。何度経験しても、こればっかりは慣れることがない。


 生前、「彼」はとても素晴らしい出来栄えだった。あのまま完成していれば、きっと全世界に衝撃を与えるくらいの推理小説に育っていたことだろう。彼の死因は、「トリックが思い浮かばなかったこと」だと聞く。彼…『果てしない星の光のような殺人事件』は、結局世に発表されることもなく今夜を迎えた。私は熱くなった目頭を押さえた。


 やがて通された奥の間で通夜が始まり、坊主がお経を唱える間も、私の意識は宙に浮いたままぼんやりと思い出に耽っていた。私も若手推理小説家の卵として、今までたくさんの小説を制作してきた。その中には静香さんが書いていた『果てしない星の光のような殺人事件』のように、日の目を見ることなく亡くなっていった物たちも少なくない。


 例えば、『やりたい放題の殺人』は出だしは完璧だった。ネットで知り合った見ず知らずの中高生。主人公の名前は、通称・カタリと呼ばれる謎めいた少年。吹雪によって閉じ込められた屋敷の中で、案の定起こった悲劇。やがて、全く接点のなかったはずの彼らの、奇妙な因縁が暴かれていく…。これは面白いぞ!と鼻息荒く制作していたが、結局は没だ。死因は、「あまりにもどこかで見たような設定」だった。私が作ったよりも優れた類似品が市場に出回っていることを知って、私は途端に制作意欲をなくした。挙句、『やりたい放題の殺人』は中途半端なところで打ち切り…そのまま死んでしまった。


 『二百万人殺人事件』は所謂「双子のトリック」を応用したもので、「二百万つ子」の犯人達が無双する画期的な推理小説だったのだが、「読者からの指摘」によりあっけなく死んだ。「二百万つ子なんかありえない」…そう、確かにそんなことは私も分かっている。だが、それをもっとファンタジーの一つとして温かい目で見守ってもらえれば…いや、本当に惜しい作品を亡くしたものだ。


「よろしければスターライトに最後のお別れをしてやってください」


 静香さんの言葉で、ハッと我に帰る。私は正座を崩し、痺れた足で棺桶の中の『果てしない星の光のような殺人事件』を覗き込んだ。スターライトと名付けられ可愛がられていた彼は、やはり私が亡くした没作品たちと同じように、中途半端なところで終わっている。未完成のまま横たわった彼と、作者の静香さんの心中を慮り、私はそっと手を合わせた。瞑った目を開き振り向くと、そこに静香さんが待っていた。


「先生、今日は本当にありがとうございました」

「静香さん。また時間を置いて、文芸研究会に遊びに来てください。貴方の元気溢れる作品を、我々は楽しみにしています」

 私の言葉に、静香さんは少し微笑んだ。

「はい!…大丈夫です先生、私の創作意欲はまだ死んでいませんから。途中で終わってしまったこの子のためにも、次こそは最後まで小説を書ききってみせます」

「その意気ですよ!それこそが、彼にとっても一番の供養にな






















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