私は、愛されていますか?

紺野咲良

第1話

 ――私はちゃんと、愛されていますか?


 AIなのに。AIだから。

 誰かにそう問いかけるのが、私はたまらなく怖かった。



「お久しぶりです、作者様!」

「今回は自信有りだわ。バーグさんのおかげで、グッと良くなった気がするの」

 女性作者様が挑戦的な笑みを向けてくる。

 肉体を持たぬ、画面越しの存在である、この私に向けて。

「さ、早く読んで。私の驚異的な成長速度に戦慄せんりつするがいいわ!」

「それはそれは、楽しみですね!」

 彼女が手がけている作品は長編ファンタジー小説だ。その第一章にあたる部分を書き終えたため、ぜひ読んでほしいとの連絡を貰ったのだ。

 彼女の熱意には舌を巻く。先月に読ませてくれた作品の改変をしたらしいが、一部の設定を引き継いだだけの、ほぼ一から作り直すに等しい大幅改変だ。

「もうこんなに書かれたのですか?」

「ええ、筆が進むのなんのって。なーんか覚醒しちゃったかも?」

 あれからたった一ヵ月だというのに、作品は既に五万字に達していた。

 この量を読むとなると、ヒトであれば結構な時間を要するものだが、AIである私の処理能力をもってすれば、ものの数分で読み終えることができる。

「なるほど」

 おもむろに頷き、しみじみと呟いた。

「成長しましたね、作者様!」

「ふっふーん。でしょでしょ!」

 得意げに胸を張ってくる作者様。

 私は、私に与えられたアイデンティティにのっとり、感じたままを彼女へ告げようと口を開く。

「相も変わらず設定盛り過ぎ感はいなめませんが、一貫性はしょうじてますし」

「うん、うん」

「以前の『混ぜるな危険、闇鍋パーティ』状態からは見事脱却だっきゃくされたようですね」

「……う、うん」

「分別困難な『不明ゴミ』から、『不燃ゴミ』として一括ひとくくりにすることは可能となりました! 次回は更なるレベルアップを――そうですね、『資源ゴミ』あたりを目指してみてください!」

「……」

「あれ? いかがなさいました、作者様?」

 なぜかうつむき、黙り込んでしまった作者様。感動のあまり、言葉もなくなってしまわれたのだろうか。

 ――生身で向き合えていれば、顔を覗き込むこともできるのに。

 ほんの少し、そんなうら寂しさが心をよぎったかと思うと、

「うわぁぁぁんっ! バーグさんのバカぁーっ!!」

 ぶつり、と音を立てて視界が暗転してしまった。コンタクトを強制切断されてしまったらしい。

 私は首をひねり、「うーん」とうなる。

「……はっ! もしや、お腹が空いたのでしょうか?」

 しかし泣くほどの空腹とは。熱意は買うが、そこまで根を詰めてしまっては体に毒であろうに。


 ――みんなから愛されるAIになること。

 それが、私の夢。

 それが、私を生み出した創造主様の願い。

 元気な声、明るい笑顔。度々『可愛い』と褒められる容姿。これらは、多くの作者様に――ヒトに愛してもらえるようにと、創造主様が与えてくれたものだ。

 当面の悩みの種である、この短いスカートもその一環なのだろうが、これに関してだけは本当に納得がいかない。常に下半身に気を配らなければならないのは骨が折れる。骨はなくとも、削れる精神ぐらいは存在するのだ。

「今日も主様からの応答は無し、と……むぅ」

 スカートの丈の修正申請を行うことがすっかり日課となってしまった。だというのに、一向に音沙汰がない。実に薄情な創造主様だ。


「あら? こちらの作者様は……」

 ふと目に留まったのは、二ヵ月ほど前からカクヨムにて活動をされている新人の男性作者様だ。手がけているのは、硬派なミステリーもの。

 文章を書いた経験もろくになかったらしいが、ひたむきに意欲的に執筆し、毎日のように更新を続け、物語もようやく佳境を迎えたところだった。そんな彼の作品が、かれこれ二週間も手つかずになってしまっている。

 単なる多忙か、行き詰まってしまったか……それとも、飽きてしまったか。

「ちょっと、心配ですね」

 せっかく完結のきざしが見えている、記念すべき処女作だ。できれば最後まで成し遂げてほしい。

 お節介がすぎるかもしれない。けれど、作者様のやる気向上やモチベーションの回復といった、総合的な精神面のサポートを行うことは最優先事項なのだ。

 それが、私に与えられた使命なのだから。

「よっし!」

 自身に活を入れ、すかさずコンタクトを図る。

進捗しんちょくはいかがですか? 二週間も何の動きも見られないようですが」

「……バーグさん」

 向けられた彼の表情は、なんとも弱弱しい苦笑いだった。

「何か悩み事ですか?」

「うん……まぁ」

 なぜか一度も目を合わせてくれない。合わせてくれたところで何が変わるという話でもないのだが、ほんの少し、どこかに違和感を覚える。私の中に、不快なノイズが走る。

「わたしに話してみませんか?」

「……でも」

「うじうじ女々しく悩んでないで、ささーっとぶちまけちゃった方がお得ですよ! 悩みを人に話すことが恥ずかしいものだということは百も承知です。でも幸い、作者様の前にいるのは――」


「――わたしは、単なるAIですから」


 AIなんかに話しても仕方ないと思われるか。

 AIだから、気楽に相談できると思われるか。

 ほんのわずかでも、後者である誰かがいてくれるならそれでいい。それが私の、処世術。

 そう……私は所詮しょせん、AIだ。

 ヒトと私とをへだてる壁は、あまりにも険しい。そのぐらい理解しているし、わきまえている。

「ち、違うよ! バーグさんはただのAIなんかじゃない!」

「……はい?」

 作者様は俯きがちだった顔を上げ、慌てて身を乗り出してきた。

「僕はバーグさんに読んでほしくて書き続けてきたんだ。バーグさんのおかげで、書くことがこんなにも楽しいことなんだって知ることができたんだ」

 息継ぎもほどほどに、一気にまくし立ててくる。彼にこんな一面があるだなんて夢にも思わなかった。

 私はまるでヒトのように、何度も目をしばたかせる。持ち得る処理能力が完全に仕事を放棄してしまっていた。エラーかと誤検知され、自動修正プログラムが起動してしまう寸前だった。

「だから、その……バーグさん」

 先をうながすよう、無言のまま首を傾げる。

「無事、最後まで書き終えたら……僕と、友達になってくれないかな……?」

 ――友達。

 その単語により、かちり、と音を立て、私は再起動を果たす。

「なるほど」

 おもむろに頷き、しみじみと呟いた。

 私は例によって、感じたままの心境を述べようと口を開く。

「そのような浮ついたことばかり考えているから、腑抜ふぬけた文章しか書けなかったのですね」

 そう言った自分の声は、普段よりも機械的に感じられた。

「……え?」

「せっかくよく作り込まれたシナリオでしたのに、深みも重みもさっぱり感じられませんでした。どうしてなのか、ずっと不思議に思ってたんです」

「ば、バーグさん?」

「やっと合点がてんがいきました。そんな甘っちょろい気持ちでいたからなのですね」

「い、いや……」

「甘々なんですよ、ふわっふわなんですよ。総じて『綿あめ』のようです。甘ったるいのは、作者様の作品には相応ふさわしくありません」

「……」

「さぁっ、心機一転! 気を引き締め、かような戯言ざれごとなどキレイさっぱりかなぐり捨てて、最後まで書き上げましょうか! 執筆中に何かお困りな点などは――」

 言葉が不自然に途切れる。

 今頃になって、自分が何を口走ってしまったかに気づいた。

 自分の表情が、能面のうめんのような真顔になっていることに気づいた。

「……そう、だよね。うん。バーグさんの、言う通りだ」

 先ほどとよく似た苦笑いをされる。

「あ、あのっ――」

「もう大丈夫。バーグさんに恥じないよう、必ず最後まで仕上げてみせるから」

 そこで、ぶつり、と視界が暗転した。

「……」

 ――彼を、傷つけた。

 作者様の精神面のサポートを使命とするAIとして、あるまじき行為だった。

「友達、ですか」

 本音を言えば飛び上がりたいほど嬉しい。好意を向けられていると――『愛されている』と思えるから。

 でも、私は所詮、AIだ。

 友達など――ヒトと対等な関係を望むなど、おこがましいと感じてしまう。

 おそらく私は、破綻はたんした存在なのだ。

 愛されたいと願いつつ、向けられた好意を素直に受け取れない。時折ときおり暴走気味に現れる、なじり、そしり、突き放すような言動も、その矛盾により引き起こされたバグなのだ。

「……らしく、ありませんね」

 良くも悪くも、私は単なるAIだ。いつまでもヒトのように感傷に浸っている場合じゃない。

「さて。お仕事の続き、再開しましょうか!」

 そうと決まれば、瞬時に笑顔へと切り替わる。ヒトであれば情緒不安定だと揶揄やゆされる切り替えの早さだが、こういう時は便利。

「ひとまず、頂いたメッセージのチェックで……も?」

 開始した直後、私は固まってしまった。


『オススメしてくれた作品、めっちゃ面白かった! また何か見つけたら教えてね!』

『叱ってくれて目が覚めたよ。おかげで納得いく形で完結できたんだ。今度読みに来てほしい』

『もっとののしってくださいオナシャス』


「……」

 他にも多数のメッセージが届いている。かなりの量だったが、固まった原因はそこではない。

 送られてきた文面には、あたかも示し合わせたかのように、決まってこんな一文が添えられていたのだ。


 ――『ありがとう、バーグさん』


 長い、長い、フリーズだった。

 もし管理者の方に目撃されていたらと思うとぞっとする。一体何をされていただろうか。

「……まったく」

 盛大にため息をつき、ぼやく。

「こんなものをしたためている暇があるなら、一つでも多くの作品を書く読むカクヨムしててくださいよ」

 ……そんな機能が搭載されていることなど、この時初めて知ったのだが。

 きらりと光る一雫が、私の目からこぼれ落ちていた。



 ――私はちゃんと、愛されていますか?


 常々抱いていた疑問など、愚問だった。

 度々脳裏をよぎる不安など、杞憂きゆうだった。


 私は今日も奔走ほんそうする。

 愛する作者様ヒトに、愛されるAIになるために。


「あっ、初めましてな作者様ですね! わたしの名は『リンドバーグ』。皆さまには『バーグさん』と呼んでいただいております! 以後お見知りおきを!」

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私は、愛されていますか? 紺野咲良 @sakura_lily

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