第2話 半時祭と片思い


 いつもと変わらず、教室は朝から騒がしい。それは僕のクラスが男女ともに仲が良く、クラス全体がまとまっているからだ。高校生になっても騒がしいと嘆くべきなのか、高校生になっても仲良くていいというべきなのか。

 しかし、僕にとってはただうるさいとしか思わない、よいも悪いもなく、ただ単にうるさいという感想しか出てこない。

 僕が自分の席に座ってそんなことをかんがえていると後ろから声をかけられる。

「おっはよう!和樹!今日も相変わらず冷めた目してんな」

 この明るくうざいやつは僕の友人の七瀬春明だ。小学校からの腐れ縁で高校に入った今でもよく一緒にいる。

「春明は朝から元気だね。僕は朝というひと時を静かに過ごしたいよ」

 正直、僕は騒がしいのは苦手だ。静かに生きて、静かに死にたい。だからこそ、何かの出来事や感情の高鳴りなどといったことはいらない。幸せも、絶望もいらないのだ。ただ、平穏に、静けさだけを追い求めていきたい。

 しかし、そのことは簡単に邪魔される。

「おいおい、この俺と友人になってるくせに何を言っているんだ?静けさとは真逆だぜ?」

「ああ、たしかにそうだな」

 そう、彼と一緒にいる時点で平穏とは真逆の世界に放り込まれてしまう。

 人によって、創りだす世界というものは違う。それはその人々がもつ個性や雰囲気といったもので創りだされるからだ。経験や、知識だけではない、その人々が生まれながらにして持つ、天性のものによってだ。

 そうなると、僕の場合は静けさ、そして安定だ。悪く言ってしまえば、寂しさ、そして停滞だ。

 変化がなければ静かで安定しているだろう。しかし、そんな世界はひどく退屈でつまらない。不満があるからこそ、不服であるからこそ、人は人らしくあれるのであり、進歩し、成長できるのだ。

 常に満たされ、何不自由なく過ごすのであればやがて朽ち果ててなくなってしまうだろう。

 しかし、僕にとってはそれでいいのだ。

 だが、彼にとっては違うのだ。

 七瀬春明の創りだす世界は僕とは真逆のものだ。彼は変化を求め、改革を好む。彼の世界はめまぐるしく変わり、進化し、新しいものへと変わっていく。

 彼にとっては未知への挑戦こそが、変化こそが世界を彩るすべてであり、停滞や後退なんてものは、世界を鈍色に塗り立てる排除すべきものなのだろう。

 ならばなぜ、まさにその鈍色と言えるのであろう世界しか創りだせない僕なんかを友人として親しくするのであろうか。

 そしてなぜ、平穏な世界を壊すことしかできない彼を、僕は友人として親しくするのであろうか。

 この疑問は、ありふれたものではないだろうか。一見全く合わないように見える人たちが親友なんてことは良くある話。

 そして、その答えは実に簡単なことだ。人は誰しも人生に一握りのスパイスがほしいのだ。自分にはないものを求めている。好奇心によって生かされ、好奇心によって殺される生き物なのだ、僕たち人間は。

 しかし、その中にも例外というものは存在する。それが僕と春明との関係だ。合理主義で絶対的価値観の持つ僕たちの関係はスパイスや好奇心なんかでは成り立たない。

 僕たちの関係は箸休めの関係でしかないのだ。狭くなってしまった視野を素早く広げるために使える便利な関係というやつだ。

 絵などを描いた時によく陥る感覚と一緒だ。頑張って描いた傑作の絵は、描き上げた直後は欠点なんてない、完璧なものにしか見えない。

 しかし、少し時間をおいてみてみると、逆に欠点しか見えてこなくなってしまう。これは集中して描いているうちに視野が狭くなり、本来あるべき姿が見えていないから起こるのだ。

 そしてこれは人生観でも起こりうることだ。鈍色であることにこだわり、平穏を、停滞を求め続け、固執しているとやがて視野が狭くなり、うまくことが進まなくなる。かといって、視野を広げるのに時間なんて使いたくはない。それは無駄な時間であり、無意味だ。

 僕は天の邪鬼なのだ。非合理的なものを求めるのに、合理性を重視するのだ。効率よく、平穏を、停滞を求めたいのだ。長く、浸かっていたい。

 そこで利用するのが、僕と真逆の世界を求める人物だ。彼といるとすぐに視野が広がっていく。平穏や停滞ばかりを見つめるのではなく、激動を、変化ばかりを見つめさせる。そうすることで僕は心置きなく自分の世界に没頭できるのだ。追及することができるのだ。

 ああ、激動や変化なんてものは僕の世界なんかじゃないんだ、と思わせてくれるから。

 これは彼も同じだろう。僕たちの関係は、合理的で、絶対的価値観の持つ僕たちの暗黙の合意で、利害の一致で成り立っている、飴細工でできた分厚い友情なのだ。

「それにしても、このクラスはいつも騒がしいけど、今日はいつにもなく騒がしい」

 そう、いつもうるさいこのクラスだが、今日は特別騒がしい。クラス全体が浮足立っているような、そんな感じがする。

「なにかあったのか?」

「おいおい、和樹……。来週何があるか忘れたのか?」

「来週……?」

 呆れた風に言う春明の反応をみて、僕は自分の記憶を探る。しかし、求めている答えは出てこない。

「すまん、全くわからん」

「はあ……、まあ、和樹ならそういうとは思ってたけどさ……」

 やれやれといった風に肩をすくめると、それまでと打って変わって楽しそうに話しはじめた。

「半時祭だよ」

 聞き覚えがある。僕の通うこの高校、三原高校では二十年前から始めた行事がある。それが、『半時祭』だ。『半時祭』は『沈黙の半時』が施行されたときに合わせてできた行事で、神様の罰を利用して楽しもうという行事だ。

 具体的に何をするかと言えば、よくわからない。興味がないからだ。しかし、この学校では大々的に押していたような気がする。

「で、半時祭って何をするんだ?」

「ああ、大まかにいえば何もしない」

「何だって……」

 なんて僕向けの行事なのだろうか。何もしない行事。素晴らしいじゃないか。しかし、そんな行事ごときでこのクラスの面々が浮足立つわけもないので、何かあるのだろう。

「半時祭ってのは神様の与えた罰を利用した行事。つまり、ただ全校生徒が自由に腹を割って話し合いましょうって話さ。強制的にね」

「何その行事、怖すぎじゃないか?」

政府の作った制度をぶち壊す最低な行事だ。僕の片思いがばれたらどうしてくれるのだ。

「まあ、任意な部分はちゃんと残されてるから、無理に話さなくたっていいらしいぞ」

「じゃあその行事やる意味あるのか?いつもと変わんないだろ」

「いやいや、ちゃんと運営側が色々用意してくれるし、なんか毎年なんかのイベントがあるらしいぜ?ペアで謎解き的な」

 その言葉に安堵するがそれと同時に面倒なことが耳に入る。

「なんだそれ、めんどくさいじゃないか……」

「まあ、そういうなよ。なんかこの行事はカップル成立しやすいらしくて、人気なんだぜ?」

「僕には関係ない話さ……」

そう僕が突っぱねると春明はにやにやして僕の肩をつつく。

「おいおい、愛しの柚原さんはどうしたよ」

「誘えたら苦労しないよ」

 僕のそっけない返事に春明は少し寂しそうな様子だ。当然だ。鈍色の僕が簡単にバラ色を手に入れることなどできるはずがない。そんなことができていたら僕はこれほどまでに悩んでいないのだ。

 春明の言う柚原さんというのは僕の隣の席の柚原友里のことだ。僕が絶賛片思い中の相手。中学高校と一緒ではあるがまともに話したことがない。

 このことからわかる通り、僕は意気地なしなのだ。この想いを僕は長年胸に秘め、腐らせている。

「何でだよ、誘えばいいじゃないか」

「簡単に言うな、君とは違うんだよ」

 そう、僕は彼とは違う。彼は何にでも積極的で好意的。僕はその逆だ。それに彼はモテる。

 まあ、当然と言えば当然だ。明るく、行動的で、何でもできる。同性の僕から見ても、彼ほど魅力的な男はいないと思う。同性の僕から見てそう言えるのだから、異性から見ればなおさらそうであることは当然だろう。

「俺と和樹とでどう違うんだよ?」

「どうって、なにもかもだよ」

 全く、彼には困ったものだ。自己評価はきちんとできていないと困る。自己評価の正確さはとても大事だ。正確でなければ周囲を傷つける。

 低く見積もれば周囲にとっては自尊心を切り裂く刃になる。行き過ぎた謙遜が嫌われるのと同じだ。

 高く見積もったならば、周囲をいらだたせるだけだ。勘違いし、自己の能力を驕れば、それは失敗にしかつながらない。それも周囲を巻き込んだものにだ。

 彼はこれの前者に当てはまる。彼が自信を低く見詰まれば見積もるほど僕は惨めな気分を味わうことになってしまうのだ。

「春明は社交的で友好的。僕はもちろんその逆。異性から見ての魅力というものが段違いだと僕は思うよ?」

「そんなことはないけどなぁ」

「あるさ。現に、僕には異性の友人はおろか、同性の友人でさえそんなに多くない。でも君は違うだろ?」

 彼には僕と違って性別問わず多くの友人がいる。それは彼の性質が大きくかかわっているのだと僕は思っている。だとするなら、彼とは真逆の性質の僕が彼と真逆の状態になっているのは納得のいくことである。

 しかし、彼はどうやら納得のいかない様子である。

「和樹の場合は俺とは違って話しかけにくいからそうなってんだよ」

「話しかけにくい?」

「ああ、和樹の醸し出す雰囲気ってかなり話しかけづらいぜ」

 確かに僕はいつも物静かに過ごしてはいる。しかし、話しかけにくいようにした覚えはない。もしそう思っているのなら、それは僕の生まれ持っての物であって、僕がそうしているわけでもない。

 だが、友人関係なんてものは大きくなればなるほど管理するのが難しくなるものだ。ならば平穏や停滞を望む僕にとっては好都合なのではないだろうか。

「まあ、友人関係なんてめんどくさいから、ちょうどいいのかもな」

「またそんなこと言って……。少しは広げていかないと後々困るぞ?」

「む、たしかにそうだな……」

 就職活動とかするときに必要になってくるな。コミュニケーション能力は社会に出ていくにあたって最も重要なことだ。僕にはそれは大いにかけていることであるから、いずれ身に着けていかなくてはいけない。

「気が向いたら身につけておくよ」

僕がそう答えることがわかっていたかのように彼は呆れた顔をする。

「まあ、すぐにとは言わないけどさ、柚原さん誘うぐらいにはなれよな、早急に」

「なんでここで柚原さんが出てくるんだ?友人関係広げるよりも難易度高いじゃないか」

「何でって、半時祭のペアは男女ペアだぞ?」

「はぁ!?」

 そんなことは聞いていない。僕は春明と組むつもりでいたのだ。僕の数少ない友人の一人である彼と。

 だが男女ペアとなっては話は違ってくる。先ほど言った通り、僕には異性の友人などいない。つまり、僕は気楽にペアになってくれるように誘える相手がいないということだ。

「じゃあ僕はどうすればいいんだ?」

「だから、柚原さんでも誘えよ。いい機会だろ?」

「無理に決まってるだろ……」

 再三言っていると思うが、僕はかなりの臆病者だ。拒絶されるのが怖くて話しかけることなんてできない。それに、彼女が何が好きで何が嫌いだとか、そんなことを一切知らないのだ。僕は何を話していいのかさえ分からない。そんな僕が誘えるわけがない。

「おいおい、柚原さん誘うのと、ほかの女子を誘うの。初対面の女子に話しかける労力としては変わんないだろ?」

「まあ、たしかにそうだけど……」

「なら、うれしい方に労力使う方がいいに決まってんだろ?」

 彼はそう言って僕に熱弁する。これは彼の持論なのだろうか。だが、彼らしく、前向きでいいものだとは思う。

「全く、君はポジティブというか、楽観的というか……」

「そこが俺のいいとこさ」

「ふっ、違いない」

だからこそ、僕は彼と友人としてやっていけているのだから。そして忘れてはいけない。僕と彼は真逆であることを。

「だが僕は誘いはしないよ。」

「えー、なんでだよ!」

 彼は心底不満といった風に口をとがらせる。そんな彼を横目に見ながら僕は淡々と理由を述べる。

「まずそもそもこの学年の男女比は男子の方が多い。つまり男女ペアを作っていくと必ず男子ペアが生まれる。だから僕が女子に話しかける必要はなくなる」

 そう、この学校は男子の方が多い。だから男子同士のペアが生まれるのは必然なのだ。全学年男子の方が多いから多学年の人間と組まされることもないだろうし、この考えは我ながら完璧だ。

「それに、柚原さんに話しかけるのとそのほかの女子と話すのとでは全く違うよ」

「なに?どう違うんだ?」

 彼は興味深そうに聞いてくる。まったく、これだから自分に自信があってモテるやつはこっちの気持ちがわからないんだ。

「……恥ずかしいだろ。ドキドキするし……」

 僕の言葉をきいて彼は目が点になるという表現が当てはまりすぎるぐらいに目を見開いてからゲラゲラと笑い始めた。

「ま、まさかお前からそんな言葉が聞けるなんてな」

「悪いかよ……」

 依然笑い続ける彼に対して僕は若干の怒りを込めてにらみつける。その表情を見て彼は悪いと思ったのか頑張って笑いをこらえるように口を押えた。

「いや、人間らしくていいじゃねーか。思春期はみんなそんなもんよ」

「君はそんな悩みは抱えないだろ?」

 明るく社交的、みんなから人気の彼のことだ。僕が抱えるような日陰者の悩みなどは当然のごとく持ち合わせてはいないのだろう。

「心外だ。俺だって人の子だし思春期の男子だ。そんな悩みは四六時中よ」

「君がそんな風に悩むのは想像できないな……」

 その意外な言葉に僕はまじまじと彼の顔を見つめてしまう。

「まあ、悩むってのは内面の行為だからな。外から見てわかることがすべてじゃないのさ」

「たしかにその通りだ」

 そういう彼の表情はどこか悲しいものではあったが、すぐにいつもの明るい顔を見せる。その両方にどこか寂しさを感じてしまった。

 心の中にできた違和感に似た感情に疑問を持っていると彼は呆れとように話始める。

「だからというわけじゃないけど、柚原さんを誘った方がいいぜ」

「なんでそんなにこだわるんだい?」

 しつこいように話題を戻す彼に、僕は断固誘わない意思を示そうと思い、半目で見つめる。

「なんでって、柚原さんはモテるからな」

「え……」

 確かに、柚原さんは可愛い。だが男と仲良く話している姿なんてのは見たことがない。だから僕は安心しきっていた。

 しかしそれは愚かな行為だったのか。

「絶対他の男子から誘われるのは確実だし、カップル成立率激高のイベントだ。愛がそこに芽生えんとは限らんのだよ」

 焦らせるかのように語ってくる。僕の眼前に刺された指はただただ焦りを招く。

「ぐぐ、そういわれると焦ってきたぞ……」

「だから、がんばれよな」

 そういった彼の表情は心底楽しそうで、無邪気ないたずら小僧をほうふつとさせた。その姿に僕はぼそりと言葉をこぼす。

「楽しみやがって……」

 望まずにだが、当面の僕の目標が決まった。片思いの相手をペアとして誘うこと。なかなか難しいものだ。

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沈黙の半時 白糸雪音 @byakuya001

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