カクヨムー100年目の真実ー

奥森 ゆうや

第1話 カクヨムー100年目の真実ー

 小説投稿サイト『カクヨム』の運営がスタートして100年が経った。始めは100人程度からスタートしたサイトも100年目になり登録者1億人、日本の人口をはるかに凌ぐ人々が今日カクヨムを利用している。


 また、カクヨム人気に呼応するように運営会社カド・カワの業績は右肩上がり、書籍売り上げのランキング50位までをカド・カワが独占するという珍事はまさに世相を反映した出来事だ。カド・カワはカクヨムの好調を皮切りに次々と売れっ子作家を輩出し業界のトップへと躍り出た。


 そして、カクヨムがWeb投稿サイトとして大成功を収めた陰には執筆応援AIの導入がある。美少女AIリンドバーグ、通称バーグさんはカクヨムオリジナルのAI。登録者の執筆環境を整え、調べもの、許認可申請、スケジュール管理能力等において優れた汎用性を見せる優秀なアシスタントである。


「今日はここまでかな」


――まだ、頑張れます。だって10万字しか書いてませんよ?


 実際、泣かされた作者も多いことだろう。しかし、バーグさんのツンデレっぷりはむしろユーザーにウケ、人気に火がつく結果となった。皆バーグさんに褒められたいがため頑張ったし、執筆に打ち込むことで日頃の鬱憤を忘れ実社会でもより仕事に打ち込むことが出来た。



「でっきたー」


――作品仕上がりましたね。早速カクヨムで公開しましょう。


「あ、ちょっと、待って。これはカクヨムに載せないから」


――えっ、どうしてですか?


「別の新人賞に送るんだ」


――聞いてません。カクヨムに応募すると思って手伝ったんですよ?


「ごめん。でも決めてたから」


――承知いたしません


 そう言ったきりバーグさんはへそを曲げる。


「またカクヨム用の作品書くから」


――約束ですよ?


 少し膨れっ面だがそれもまた可愛い。僕はおやすみを言うとパソコンの電源を切った。



 僕は大学に通いながらWeb作家をしている。カクヨムを始めたのは2年ほど前、文芸好きの友達の紹介で始めた。最初、作品をネットで公開するのには少し抵抗があった。しかし、今ではカクヨムに入り浸り。大学とバイトの隙間を見つけては執筆をこまめに続けている。1人ならとっくにやめていたかもしれないが僕にはバーグさんという有能な秘書もいる。時々スケジュール調整などもしてもらいながら楽しく作家気分を味わっている。ちなみにペンネームは時給一円、リアルの時給は一円じゃないから安心してくれ。



 突如バーグさんが姿を消したのは6月のことだった。雨でびしょ濡れで帰宅し、風呂場で服を脱いでパソコンをつけた。カクヨムにアクセスしてバーグさんが出て来るのを待った。しかし、バーグさんは一向に姿を現さない。映るのは静かなカクヨムの画面だけ。マイクで「バーグさん、バーグさん」と呼びかけるが応答はなし。ヘルプを開き、あちこち調べ回って、とある近況ノートを見つけた。交流の無い作家さんのノートだった。



『バーグさんがいなくなった』

『オレも』

『おれも』と続く。


『運営に問い合わせたんだが回答がない』

『カド・カワのホームページ見てみて』


 僕はすぐさまカド・カワのホームページへと飛んだ。何の変哲もないページに思われたが見ている途中ノイズが混じり始める。


――す、けて


――た……す……けて


――助けて


 画面に助けを乞うバーグさんが一瞬現れた。「助けて!」とはっきり言った瞬間映像はプツリと途切れ元のホームページへと戻った。

 ネットは騒然となった。明日、カド・カワにデモに行くわという者もいれば、警察に通報したという者もいた。僕は考えた挙句デモに参加することにした。



 翌日雨の降り続く中、デモは行われた。ビニル傘を持って、バーグさんを解放しろというプラカードを掲げる。カド・カワの本社前はカクヨム作家でごった返し、無届のデモに警察が出動するという騒ぎになった。その日の出来事は翌日ワイドショーで取り上げられバーグさんの失踪は大きなニュースになった。



――バーグさんの発言力は政治をも動かす力があるわけですよ


 一人の専門家が話す。


――となると、その存在を危惧したカド・カワ社サイドがバーグさんを幽閉したという可能性が出てきますね。


――まあ、ネットAIを幽閉何て出来ようはずはないんですけどね。単にシステムを停止させただけかと。


――これはあくまで噂なんですがね、バーグさんにはモデルとなる少女がいるという話です。もしかしたらその彼女になにか不具合が起きてそれでシステムが上手くいかなくなったという可能性もありますね。



「リアルバーグさんがいる?」


 米つぶを落とした。思ってもみなかった話だった。実際モデルとなった少女がいるとなれば彼女の精巧ぶりは説明がつく。興味を持った僕はネットで情報をかき集め、桜という15歳の少女が幽閉されているのではないかという噂にたどり着いた。真偽はともかくバーグさんの噂はネットでたちまちに広がり彼女を解放しようという呼びかけまで起こるようになった。


『暇な奴らは集まれ』との呼びかけでとある掲示板に有志が集まった。


――明日、カド・カワに突入するわ

――マジで?

――兄貴がカド・カワ勤めてるから代わりに出社してくる。

――すげえな、おい

――来れる奴は集まってくれ

――俺らはどうやったらカド・カワ入れんの?

――漫画の持ち込みって言ってアポ取れ

――漫画とか描いたことねえんだけど

――これから徹夜で書くわ

――じゃあ、明日


 僕は漫画原稿を用意して執筆を始めた。絵に自信はなかったがとにかくカド・カワに集わなくては話にならない。必死の思いで原稿を書き上げて気が付くと朝になっていた。



「ストーリーはよく書けてると思うんですけど絵が。すみません、画力が上がったらまたお持ちください」


 そう言って原稿をつき返された。漫画家になりたいわけではないが少しがっくりした。まあ、世の中そんなに甘くない。僕の打合せ結果はともかく、カド・カワのロビーには数えきれないカクヨム作者が集まった。編集者によると全部で453人、みんな手には漫画原稿、目の下のクマがすごい。それを捌かなければいかない編集者はうんざりした顔で「なんでなんだろうなあ」とぼやいていた。


 面談を終え僕はうまく持ち込みの人の波に隠れてエレベーターに乗り込んだ。一緒に乗り合わせたのはみなネット民、目を合わせると手を繋いで頷き合った。


「兄貴に聞いたんだがカド・カワには秘密の地下があるらしい」


 スーツを着た人物が徐に話した。兄の代わりに出社すると言っていた彼だ。彼は全部の階のボタンを押すと『閉じる』ボタンを連打した。


「13回押すと……」


 1階に止まっているはずのエレベーターがグンッと下降を始めた。皆色めき立つ。エレベーターは下がり続け、降りきったところでガクンッと止まった。表示は地下13階、扉がゆっくりと開いた。


 奥が見えない暗い廊下、両側に鉄格子の付いた牢屋がたくさんあり中には生気のないスーツ姿の人たちがいた。僕たちの姿を見ても大して反応を示さずどんよりとした目をしている。通路の奥にダブルスーツの人物を見つけ僕らは動きを止めた。


「誰だ!」


 彼は懐中電灯でこちらを照らした。微かに浮かび上がる顔を見て誰だかすぐに分かった。


「社長だな!」

「いかにも。それより貴様たち何をしている?」

「バーグさんを解放しに来た」

「ふっ、そうか」

「何がおかしい?」

「何も」


 そう言うと社長は奥へと歩き始めた。僕たちはそれに付き従う。歩きながら社長が話し始めた。


「ここは自制の効かなくなった社員を閉じ込めておくための留置所だ」


 ライトを照らすと光に反応して唸り声が聞こえる。


「バーグは働き過ぎて精神を病んだから閉じ込めた。だが、思ったよりも騒ぎになってしまった」


 突き当りの牢屋の中に人の姿が見えた。


「彼は?」


 仲間の一人が問いかける。


「彼がバーグだ」


 皆息を飲んだ。パソコンを持った俯き加減の青年が壁に背を持たせてこちらを向いていた。


「バーグの運用者だ。彼がメンテナンスしていたからバーグは正常に動いていた」


『こんにちは』


 電子音がする。バーグの声だ。彼の打ち込みに合わせてパソコンが喋っている。


『どうして来たのですか?』


 皆、会話をすべきか迷っていたが僕は格子をぎゅっと掴んだ。


「バーグさんを助けに来ました」


『私もう働きたくないんです。疲れちゃった』


「僕が作家になるまでサポートしてくれるって約束したじゃないか」


『知ーらない』


「今度、カクヨムに作品載せるって約束しただろ?」


『そうでしたっけ?』


「カクヨムが好きじゃないのか! 皆好きだからこうして集まったんだぞ!」


『……』


「ネットを見てみろ!」


 青年は考えた風に検索を始めた。音が漏れ聞こえる。映ったのはネットで中継されている本社前のライブ映像。青年の瞳が揺れる。パソコンからは大勢の叫びが聞こえる。青年は唇を噛みじっと画面を見つめている。


「助けてと言ったのはキミだろ? だから僕らはここまで来た」


 青年がハハハッと笑った。キーボードを叩くのを止めて話し出す。


「世間を試したんだ。バーグさんがいなくなって困りやしないかってね」

「馬鹿にしてるのか!」


「いや」


 少し泣きそうな声に聞こえた。


「……感謝してる」


 意外な言葉に口を紡ぐ。


「誰にも感謝されない仕事に虚しさを感じてた。みんなバーグさんがいるのが当たり前で感謝の気持ちなんてないんじゃないかと思ってた」


 青年は髪をくしゃくしゃにする。


「でも、それは違う。違ってた」


 青年は少し考えて言葉を打ち込んだ。



『みんなアリガト』





 ひと月が経ち、一件はバーグさんの単なるストとして笑い話になった。真実を知る者は少ない。そして、復帰した彼女は今、パソコンの向こうから新人賞に向けた僕の執筆をサポートしてくれている。


「斜向かいって何?」


――調べますね、お待ちください。


「バーグさんいつもアリガト」


――それって執筆に関係ありますか?


 鈴のような声で彼女がくすりと笑った。


(了)

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