あたし、地味子! だけど変わりたいの!!

水木レナ

あたしto彼の物語

 あたし、橘花唯きっかゆい


 今の高校では地味すぎるから地味子って密かに呼ばれてる。


 クラスの男子なんて、廊下ですれ違うたびに、大笑いする。


 う。自意識過剰になってる気がする……。





 だけどこのたび、髪の毛を切ったんだよね。腰まであるストレートの髪を。それで、校則違反だけれど、緩めのパーマをかけた。それまで、ぺちゃんこだったのが、それでボリューミーに。毎朝、シャンプーした後、ワックスでエアリー感を出そうとしてる。


 うん、この頃うまくいってきたかな。


 買ってきた雑誌を見て、化粧品を集めているんだけれど、一番気になるのは、アイメイク。


 もっと、目を大きくしたい。でもプチ整形とかは嫌。お金がかかる。


 ビューラーでまつ毛をカールして、マスカラとアイライナーを併用する。この隈取りが、目力のもと。涙袋にはハイライト。ダークブラウンのカラーコンタクトを入れる。


 これで小悪魔メイク完了。


 チャームはシルバーのオープンハート。高いけど自分で買った。こんなキレイ目なアクセサリー……生まれて初めてだな。


 チークも軽く入れて、白いタートルネックのニットにデニムパンツでサバサバしてみた。


 髪型を変えたらわかったんだけど……これまでもっていた服のほとんどが似合わない。





 それでも、自分の部屋であるていど自己満足していたら、ベランダの窓から闖入者が。


 なんと空から、巨大な鳥が飛びこんできたとみるや、そのままあたしの目の前を横切って、まっすぐ壁にぶち当たった。


 あたしが、とっさに開けっ放しだった窓を見やると、ベランダのフェンスになにかひっかかっている。


 そいつは自力でよじ登って、図々しくも部屋のフローリングにウルトラCで降り立った。窓、締めたのに間に合わなかった……。


 ……どうでもいいけど、土足厳禁だからな。日本の家屋は靴脱ぐの!


 あまりにあんまりなことに、茫然として、仕方なくスリッパを持っていくと、彼は靴ごと足をさしいれた。


 がっかりだ。顔はそこそこかわいい系の男の子だったから、なおさら残念。


「何しにいらしたの?」


 思わず敬語になるのは内心の動揺を隠すため。


「よく、聞いてくれたね! ボクはカタリ。カタリィ・ノヴェル。人々のために働いているよ!」


「てゆか、不法侵入……」


「それはそれ! これはこれ!」


「理屈でごまかそうとしないで」


「遊びに来たんじゃないんだ……」


 カタリと名乗った少年は、みたところ手足は伸び切っているようだが、体のラインはあいまいだ。制服みたいな服を着ている。


 大きなカバンを持っていて、蓋がパンパンにふくれている。


「ねえ、トリさん。目的地、ここでいいの?」


 トリっていうのか。そのまんまだな~~。ちょっと間違えばフクロウに見えなくもない、と思っていたけど。


 少年は壁際にへばっているトリを、脚をつかんで持ち上げた。


「……間違いないトリ」


 しゃべるんだ? で、語尾がトリ、なのね。


「君。本は受け取ってくれた?」


「え?」


 何言ってるのこの子。


「おかしいなー。届いていれば、話が通じるはずなんだけどな」


「本って……」


 めんくらっていると、少年は両手の親指と人差し指で、カッコをつくって部屋中見渡す。


「ステルスしてるのかな……たまにあるんだ」


 一人で納得しないでほしい。


「出てって」


「え?」


 少年は首を傾げる。


「今日は大切な日なんだから、出てって」


「……ええっ」


「なんで驚くの? ここはあたしの家だし。これから出かけるの」


 なんか唸ってるけれど、これから新しい服を買いに行かなくてはならない。彼が好きな洋服ばかりのクローゼットを整理したいのだ。


 それなのに、カタリ、と名乗った少年は動こうともしない。


「いってらっしゃい?」


 当然のように見おくろうとするから、むかっ腹が立った。


「あのねえ」


 抗議しようとしたら、ばりん、と今度は窓を破って、また一人闖入者が。


 ――女の子だ。超ミニスカートから、すんなりとした長い足が放り投げられて中身が見えそうだ。


 この娘はつかまっていたトリの脚を離し、どこからか当たり前のように端末らしきものをとりだした。


「質問があります……あなただれ?」


 ハイッと手をあげたら、彼女は生真面目そのものの顔で見上げてくる。これは一体なんなの?


 面喰っていると、娘は語り始めた。


「申し遅れました。わたくしはリンドバーグ。バーグさん、とおよびください」


 ニコッとして、穏やかそうな目でこちらを見てくる。


「なんの用? てゆーか、呼ぶ気ないしね。名乗られてもこちらは無関係だから!」


「おやおや、カタリ。なにも話していないのですか?」


「これから出かけるってさ」


「あいや、待たれい!」


 いきなり時代劇か。この娘は……つかめんどくさい。スリッパと窓を弁償して帰ってください。


「わたくしは遊びに来たわけではないのです」


「……そっちの人も言ってたけどね。あたしには関係ない!」


「それが、おおありしゃりき、なのでございますトリトリ!」


 もう一羽のトリがしゃべった。おもわず頭を抱える。


「いったいなんなのか、訳を話して早急に帰って!」


「あなたのための物語をお届けに参りました」


 バーグさん(と、呼べとこの娘が言った)はにこりと笑った。





 一瞬後、あたしの部屋はひっくり返されたカラーボックスに床が埋もれ、あたりには文庫本を始めハードカバーも漫画雑誌も散らばって足の踏み場もなくなっていた。


 仕方なく座布団を雑誌類の上に敷いて、とりあえず三人で向き合う。


「見つかりませんね」


「ああ……どこかで手違いでもあったかなー。あ、お茶ないの?」


「だから、出てってくれと……」


「あ! でも、こういう手もありますよ!」


 バーグさんは手を打った。


「カタリの左目を使うんです」


「えーっ、やだよっ。今日はお届けに来たんであって、集積はしないよ?」


「そのお届け物を紛失したのは、どこのどなたさま?」


 言われてしかたなくカタリ少年は立ち上がり、あたしに向かって人差し指を突きつけた。


詠目ヨメを見て」


 あたしは彼の左目に見入った。なにやら人外の光を宿していたからだ。


「みな、だれしもが持っている、心の中の物語。さあ、今聞かせてよ、君の物語を――」


 あたしは体が裏返ったような気分がし、額の一点に熱さを感じた。


「胸が、苦しい」


 でも、それだけじゃないような。


「集積完了」


 気が付くと、カタリ少年の手に、一枚のディスクがあった。





「編集はわたくしにおまかせを」


 バーグさんがディスクを受け取り、端末機に入れる。文字が横並びにずらぁっと現れた。


「ダウンロード。完璧です」


 バーグさんの言葉に、カタリ少年が得意気に胸を張った。


「ですが修正が必要です」


 なんのことか、ちっともわからない。


「作者さま、こちらはジャンルはなんでしょうか?」


「えっ? ジャンルって言われても……」


「こちらはあなたの人生そのもの。なんにせよ、物語にラブは必須――それをあなたは……」


「いわないでよ!」


「…………」


「髪、切ったんだからさ……わりきっていこうって、新しい自分になろうって、すごく前向きになってるんだからさ」


「ちがいますね」


 あたしはごくり、と唾を飲みこんだ。


「あなたは逃げたんです」





 何よ! なによなによ、知ったふうなことを言っちゃって! あんたなんか、何も知らないくせに!


「こちら、マイナス百点満点です」


「なにがよ!」


「そのお化粧はなんのためですか? 泣いた後の厚化粧。腫れたまぶたをアイシャドウでごまかし、マスカラ重ね塗りで充血した白目を覆っている」


 図星。


「ひどいものです」


「あんたには関係な……」


「非常にありますね。作者様の心に陰りを落したままでは、ハッピーエンドに程遠い。沈んだ心は揺れもしなければ、はずみもしない。読者が満足しません」


「何のことを言ってるよ」


「こちら、ごらんになります?」


 バーグさんがパン、と手を鳴らすと、さっきまでの自分が鏡に映っているのが見えた。


 泣いている……泣いている。いつまでも化粧が終わらない。


「これで物語はおわりですか? いいえ。あなたはまだ夢の途中。気を強く持って、そのままのあなたで、夢の続きを描いてください」


 パン、と世界は元に戻った。


「隠さないで、彼のところへ行ってごらんなさい」


「……どうして?」


「はい?」


「どうしてこんな、あたしなんかの背中を、押してくれるの?」


 バーグさんは、ニコニコしていた表情を急にゆるめ、真顔になった。


「AIでも、愛・され・たい・♡」


 両手でハートをつくってウインク。


 だけどそのウインクは、生真面目すぎて笑ってしまう。


 悪い人じゃないや、うん。


 あたしは印象の強い化粧をやめ、ピンクのルージュだけをひいて、ドアから飛び出した。





 ドアノブを締めようとして、聞いてしまった。


「彼氏の物語をなくしたなんて嘘でしょう? カタリ」


「んー、いやぁ。結末がわからないほうが、誰にとっても面白いと思って」


「そういうところ、ですよ?」


「いいだろ。トリさん、帰ろう!」


「はい~~トリッ」


「まったく、カタリったら」


「トリトリ~~ッ」





 あたしは再びドアを開ける。


「ガラス代とスリッパの弁償、それと本棚の片づけ、してってよねー!」


 しまった、という顔で彼らは振り返ったけれど――もう、あたしは振り返らないのだ。






 END

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