第2話 純恋


「今日も天気がいいね」


 私は、お花に水をかけながら、さらに声をかける。返事が返ってこない事くらいわかってる。喋れたらいつお水をあげれば喜んでくれるのかわかるのにね。


 私の通っている高校は、部活か委員会のどちらかには必ず参加しないといけないので、もともと運動が得意じゃない私は、委員会の1つである美化委員に入ることにした。

 美化委員は人が少なくて、私を含めても4人しかいない。


「おつかれー!」

「わわ!」


 私の腰を抱くように後ろから突っ込んできた。でもそんなに勢いがあったわけでもないので、転んだらはしない。


「びっくりしたよ、檸檬れもん

「えへへ〜、ごめんねごめんね〜」


 軽い感じで返事する檸檬は、美化委員に入っていながら女子バレーボール部にも入っている。この両立をこなすのは私では出来ない。


「そんなことする、悪い子には数学のノートを見せてあげません」

「あわわ、ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「ふふ、嘘だよ、ちゃんと見せてあげるよ」


 檸檬は毎日朝練があって1時間目の授業は寝ていることが多い。この高校は結構授業の進むスピードが早いから1時間寝ていたらかなり内容が進んでしまう。


「ねぇ、今日それ終わったら最近出来たカフェ行かない?」

「うーん、今日はちょっと調子悪いから」

「あ、そっかじゃあまた調子いい時にね」

「うん、ごめんね」


 遊びの誘いを断ったのに嫌な顔せずに、ニヤっとしてそのまま次の話をしようとしている檸檬を見て、本当にいい友達を持ったんだなぁと思う。私が生まれつき体が弱く、色んな持病持ちであるため、体の調子が良い日の方が少ない。


「あ、じゃあ家まで抱っこして送ってあげよっか?」

「いや、それはちょっと」


 流石に、恥ずかしいよそれは。檸檬は私が生まれつき体が弱いことを知っているので、こういう事を冗談で言うときもあれば、本当に抱っこして家まで送ってくれることもある。まぁそれはかなり調子が悪い時くらいしかないけど。


「じゃあ途中まで一緒に帰ろ?」

「うん、これ片付けてくるから待っててね」


 私は、じょうろを片付けに美化委員の教室に向かう。その途中で放課後に教室で喋っている生徒達の声が聞こえる。


「ねぇ聞いてよ今日さぁ、那波野高校の人達に通学途中あったんだけどさぁ」

「あぁ、あの人達ね」


 私は那波野高校という単語が聞こえて、足を止める。人の会話を盗み聞きするなんか良くないことだと思うけど、その単語を聞くと気になってしまう。


「いきなりこっち見て睨んでくるの」

「怖っ!頭悪いのに目つきも悪いの?」


 酷い、たしかに那波野高校は私達が通っている高校より偏差値が低いけど、それでも馬鹿にしていい事にはならない。ましてやいきなり出会い頭に睨んでくるなんて、被害妄想も腹ただしい。


 でも、そんなことを面と向かって言える度胸がない私も結局の所はあの人達とは変わらない。いじめを見ている第三者のようなもの。


 そんなことを考えているとどんどん気が滅入ってくる。それは妹のことを思ってしまうから。あんなに優しく純粋だった妹を、不良の一歩手前まで行かせたのは私だから。


 はぁ、こんなことばかり考えるのは私の悪い癖だって言うのはわかってるんだけどなぁ。


「純恋?どうしたの?」

「えっ?」


 声をかけられ、後ろを振り向くと花壇で待っているはずの檸檬がいた。足音に全く気づかなかった。


「おそいなぁ、と思って様子を見にきたんだけどなんでそこで止まってるの?」

「いや、別にボーッとしてただけだよ?」

「ふーん、そう」


 そう言いながら、檸檬は話し声が聞こえる教室の方を向き、聞き耳を立てようとしていた。


「さっ、一緒に帰ろ!檸檬」

「えっ、ちょっと」


 私は檸檬の手を取り歩き出す。教室の方に意識を向けていたので、私に手を取られ少し驚く。

 私はいくら仲の良い檸檬でもあの二人みたいな陰口を檸檬の口からは聞きたくなかったから、妹の通う高校の悪口を言って欲しくなかったから、私は足早にじょうろを片付けて、靴箱まで歩く。


「ちょ、純恋?いつまで手握ってんの?」

「あ、あぁ、ごめんね」


 私は檸檬から、手を離す。


「なんかあった?」

「何にもないよ?さ、帰ろ?」


 私は何事もなかったかのように装うが、きっと檸檬には気づかれているだろう。檸檬は普段は少し落ち着きがない子供のような娘だが、実際は人の表情や仕草などにすごく敏感だ。まぁ、こんなことを言うと少し調子に乗りそうなので言わないことにするけれど。


「最近どう?妹とは?」


 帰路につき喋りながら歩いているので、少し歩くペースが遅くなり、家まではまだまだある。

 檸檬は妹とは実際に会ったことはないが、私と仲が悪いことは私が前に話したことがあるから知っている。


「うっ、全然打ち解けれてないかな」

「怖いんだっけ?その妹?」

「ううん、それは違う沙羅ちゃんは優しい子、それに私が触れてその優しさを壊すのが怖いの」

「ふーん、まぁ会ったことないからわかんないけど」

「会ったらビックリするよ、すっごい可愛いから」

「出たよ、妹バカが」


 檸檬と妹の話をすると必ず、そう言われる。でも聞いてくれるだけ嬉しい。沙羅ちゃんは私の声を聞こうとしない。沙羅ちゃんは絶対に私と両親に心を開かない。


 そういえば前に放課後沙羅ちゃんを見かけた時に、誰かと歩いていたなぁ、友達なのかな?だといいな見た感じ優しそうな人だったし、髪染めてたけど。


 あの子は沙羅ちゃんを裏切ったりしないよね。私たちみたいに。


「ん、じゃあね。また明日にゃ」

「うん、じゃあ」


 考え事をしていると、気づいたら檸檬との分かれ道までついていたみたい。ここまでくると私の家はすぐそこにある。


 ガチャッ


 鍵がかかってあるということは誰も家にいないってこと、両親は共働きで帰りは父さんが母さんを車で迎えてそのまま家に帰ってくるというものなので、帰りは遅い。

 この様子だと沙羅ちゃんも帰ってきてないみたい。


 玄関のドアを開けて自分の部屋に、荷物を置きそのまま着替えをクローゼットから出して、制服を洗濯機に入れる。今回してもいいけど、多分もう少しで沙羅ちゃんが帰ってくるから、その時に一緒に回そう。


 今のうちに朝にお母さんが干していった洗濯物を片付けようかな。なんか雨降りそうだし。


 ガチャッ


「ん?」


 あぁ、沙羅ちゃんが帰ってきたのね。おかえりと声をかけようかと思ったけど、今は洗濯物を取り込んでるからこれ終わったら声をかけよう。

 おかえりって言われないとなんとなく寂しさを感じるから。


 洗濯物をとりあえずタンスの前に起き、畳む前に行こう。

 すると、テーブルに置いてある私の携帯にメッセージが届いた。


「今日は帰れないかも」


 お母さんからのメッセージからだった。こういう時はかもとか言いながら帰ってこないことが多いので多分今日も帰って来ないと思う。


 そんなことを考えてたまま私はリビングのドアを開けた。

 そこには、タオルを持ってお風呂場に向かおうとしている沙羅ちゃんがいた。


「おかえり」

「ただいま」

「シャワー浴びるの?」

「うん、それじゃ」


 沙羅ちゃんは、私なんかに用がないかのようにこっちを見ないまま言葉を続ける。


「あ、ちょっと待って」

「…何?早くシャワー浴びたいんだけど」

「今日お父さん達帰ってこないって」

「そう、どうでもいいよ」


 そう言い残して、お風呂場に行き戸を閉めた。


 今日は多分少し機嫌が良いのだろう。普段なら完全に無視して終わるだけだから。


 プルルルルル!


「えっ?」


 急に電話が鳴って少し声を出したのは、みんなには秘密にしよう。でもこの時間に電話って家庭教師はどうですか?みたいな電話かな?


「はい、鏑木です」

「鏑木さんのお宅ですね?!この電話に登録されていたので、電話させていただいなのですが?!」


 電話越しにでも分かるくらいに焦っているのか、何かに驚いているのか、少し声が震えている声だった。


「実は、あなたのお父さんとお母さんは…」

「えっ?」


 話されたのは衝撃的な言葉だった。


 お父さんとお母さんは仕事帰りに、に寄って行った帰りに、何が原因かわからないが軽トラックに前からぶつけられ、お父さんは即死、お母さんは息も絶え絶えで私たちの家に電話をしようとした状態。

 私に電話をかけてのは、お母さんの携帯を見つけロックが解除されていることに気づいたので、電話帳に家が登録されていたので家に電話したらしい。


 私は電話を閉じて、両親が運ばれたであろう病院に行かなければいかないが、その場に座り込んでしまった。


 もうお父さんとお母さんに会えない?


 そんなことをふと考えるとどんどん涙が溢れて、視界がぼやけてきた。


 ガチャ


「何してんの?」


 視界がぼやけている今、誰かは正確には見えないけど、今家にいるのはただ一人の妹だけ。ただ言わなければならない。両親がいなくなったことを。


「いや、だから何を」

「うっ、ぐずっ、沙羅ちゃんっ!」

「はっ?なんで泣いてんの?」


 泣いているせいで、うまく喋れない。声が全然出てこない。


「うっ、お父さんと、お母さんがぁ!」

「あの二人がどうかしたの?」

「事故で死んじゃったてぇ!」


 今の言葉で自分から余計に涙が溢れてきたのが分かる。


「ぐすっ、沙羅ちゃん、どうしよう?!」


 私は、泣きながら側にいる妹にたずねる。すると


「大丈夫だよ?大丈夫」


 私は気づいたら沙羅ちゃんに、抱きしめられている。まるで赤ちゃんをあやすように、背中をポンポンと叩いてる。


 やっぱり沙羅ちゃんは、優しい。

 みんなにどう言われているのかは知らないし、喧嘩を同じ高校の子達とやってるていうのも聞いたりした。


 それでもやっぱり沙羅ちゃんは優しい。沙羅ちゃんに抱きしめられるだけで、涙が止まった。




—————

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