カタリィとカクヨム作家~努力もしていない小説なんて小説じゃない!!~

タカナシ

カタリィ・ノヴェル

 カタカタカタカタ……。


 深夜という時間にも関わらず、その部屋にはキーボードを叩く音が響いていた。


「今回こそ傑作だ! 誰もが僕に星を入れてくれるはずだっ!!」


 男はカクヨムという小説投稿サイトでヤマナシというペンネームで自身の小説を投稿している。今は新作を書く為、夜遅くになってもこうしてタイピングの手を緩めなかった。


 しかし、数日後の夜、ヤマナシは小説のPV数の動かなさに絶望する。


「なんで誰も読んでくれないんだよ! 読んでさえくれれば、この小説の面白さはわかるのにッ! なんで……」


 ヤマナシはグラスに注がれたコーラを一気飲みする。


「所詮、ネットの中でもコミュニケーション能力が必要なのかよ!」


 確かに読んでもらうには、自分が他の作品を読みに行き、交流を得たり、エッセイなどで宣伝するのが手っ取り早い方法ではある。


「でも、僕はリアルでもコミュニケーション取れないってのに、ネットで取れる訳が無いじゃないか。何が顔が見えてないから言いたい事を言えるだ! フツー顔が見えてない方が怖くて何も言えないでしょッ!!」


 再びコーラをあおろうと思ったが先ほどので全て飲み干していたのを思い出し、しぶしぶながら重い腰を上げて、台所へと向かった。


 ガタガタ!!


「ひっ!」


 お勝手口を何者かが開けようとしていた。

 ヤマナシはこんな時間にいったい誰が? もしかして泥棒かと思い咄嗟に姿を隠し、息を潜めた。


「あれ~? おい、トリ。開かないけど?」


「そりゃ、開くわけないホ。鍵が掛かってるホ」


「いや、鍵が掛かってるのは分かるけど、お前さっき魔法っぽいことしてなかった? あれって鍵を開けてくれたんじゃ?」


「カタリは魔法とか信じてるホ? まだまだ子供だっホ。さっきのはシリンダー錠の内部構造を透視しただけっホ。今からピッキングするからどいてるホ」


「いや、透視も十分魔法じゃ……」


「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。ってやつホ」


「そうなのかな~?」


 不満そうな少年の声の後、ガチャリという音がして、ヤマナシの家の鍵が開いた。


(おいおい。なんだ。やっぱり泥棒だ! 一人は赤毛の少年にもう一人、いやもう一羽はフクロウだ。だけど、喋っていたし、透視とか科学とか言っていたし、ラジコン的なやつか? トリ型ドローン?)


 ヤマナシはそんなことを考えている間に、少年は靴を脱ぎ散らかしながら室内へと入ってくる。


(泥棒のくせに土足であがらないだとッ!)


 ヤマナシは気が動転しすぎて、そんな変なことに気が取られていた。


「いや、でもさ、トリ。やっぱり勝手に入るのは良くないと思うんだよね」


「そんなことないホ。世界平和の為なら、少しの犠牲は仕方ないホ。今までは正面から行き過ぎたホ。だいたいトリの姿と声を聞くと皆逃げ出したホ。だから今回は先に拘束しておくっホ」


「それは、トリが喋んなければいいだけじゃ……」


 カタリと呼ばれた赤毛の少年は苦笑いを浮かべる。


「そんなことないホ。と言いながらターゲット発見っホ!」


 トリはまさしく獲物を狩るフクロウのごとき速度でヤマナシを捕らえた。


「う、うわぁぁぁ!!」


 猛禽類に襲われた恐怖から、ヤマナシはジタバタと暴れるが、このトリのどこにそんな力があるのか、一向に拘束を解くことは出来なかった。


「ほら、やはり逃げようとしたホ」


 トリの自慢気な声がヤマナシの耳元で響く。


「いや、フクロウが襲ってきたら、誰でも逃げるでしょ!」


 カタリはそう言いながら、バックに手を突っ込む。


「な、なんなんですか、あなた達は!? 死神ですか?」


「ホー! ボクは自動的なんだ!」


「不気味な泡なのか? 僕、今が一番美しいの?」


「良く分かったと言いたいところだけど、カクヨム作家なら知っていても不思議じゃないホ」


「すまん。ボクにはお前らが何をしたいのかわからないのだけど。まぁ、いいや」


 少年がバッグから取り出したのは1枚の手紙だった。

 そこに何が書かれているかは謎だが、少なくともヤマナシの情報が載っているようだ。


「えっと、カクヨム作家のヤマナシさんで合ってる?」


「ぼ、僕を知っているの? もしかしてファン?」


「いや、全然」


 ヤマナシは読まれていないことは知っていたが、それでも一縷いちるの望みに賭けてしまった自分を悔いた。


「ヤマナシさんのようなんで話を続けるよ。単刀直入に言うと、


 その言葉にヤマナシは怪訝な表情を浮かべた。


「僕の本? 僕は書籍化作家様じゃないし、自分の本は出していない。かといって価値のある蔵書があるわけでもないんだけど?」


「それは心配無用だホ。お前を本にするだけだホ」


「天国の扉!?」


「あっ、それならボクでも分かるよ。ってトリ、そんなホラーみたいな展開はないから無駄に怖がらせるなよ」


 カタリはヤマナシに顔を近づける。

 あわやキスしてしまいそうな距離にまで近づき、カタリが女顔の所為もあり、変にドギマギしてしまう。


「この左目が見える?」


「み、見ても洗脳されない?」


「ははっ。そんな力はないよ。でもこの左目はね。詠目ヨメって言って、人々の心の中に封印されている物語を見通し、一篇の小説にすることができるんだ」


「そうやって生み出された本は世界を救う力が秘められているホ! だから大人しく本になるホ」


「トリが話すとややこしくなるから少し黙ってて!」


 カタリは鬱陶しそうにトリを睨んでから続きを再開した。


「だからヤマナシさんの中にある本がほしいんだ。協力してくれない? ボクの左目を見て、何か物語りを思い浮かべるだけでいいんだ。それで本になるから」


 その言葉にヤマナシは激しい拒否を示した。

 目を固く結び、そして怒鳴った!


「ふざけないでよッ!! 目を見て物語を思い浮かべるだけで本が出来るだって? 本はッ! 小説はッ! そんな簡単に出来るもんじゃ、出来ていいもんじゃないッ!! 僕は、僕たちはいつも、いつだって生みの苦しみを味わいながら、血反吐を吐くのもいとわず、時間も骨身も削って誰かに面白いって言ってもらう為に書いてるんだッ! それをそんな風にして生み出すなんて、小説に対しての冒涜だッ!」


 ヤマナシはジタバタとみっともなく暴れ、しまいには服もビリビリに破けながらもトリの拘束から脱出する。


「僕の小説がほしいなら、そこで待って――」


 その瞬間、ヤマナシの脳裏に全く動かないPVがぎった。


「あ、その、ごめん。僕の小説なんて誰にも見向きされないんだ。そんな小説をもったいぶって……。僕は何様のつもりだ……」


 ヤマナシは先ほどまでの勢いがウソのように俯いた。


「ふ~ん。まぁ、ボクは貴方に何があったか知らないけど、貴方の小説はボクも詠むし、ボクがその小説を必要とする人のところに絶対送り届けるよ! それだけじゃあダメかな?」


「ほ、本当に読んでくれるの? 僕の小説はつまらないかもしれない。いや、きっとつまらないんだ。本当は分かってた。読まれないのはコミュニケーションがどうとかじゃあないんだ。本当に面白いなら、きっと読まれるはずだし、自信があるなら公募だっていい! それなのに読まれないというのを言い訳にして……。僕は努力もせず逃げていたんだ」


 カタリはその言葉を聞いて首を傾げた。


「本当に? ボクは小説なんて書けないから書ける人はそれだけで尊敬するんだけどさぁ。あれって逃げてて書けるもんじゃないでしょ? 努力も必要でしょ? それくらいは分かるよ。いっぱい詠んできたからさ」


 ハッとしたヤマナシは顔を上げる。


「あ、ああ。そうだ。そうだった。最低十万文字の長編なんてそうそう書けるもんじゃない! 努力だって初めからしていない。好きだから書いてたんだ。そうだよ。何で今まで忘れてたんだッ? キミがいなければ僕は本当の意味で逃げるところだった! 待ってろ! 今から傑作を書いてやる!!」


 ヤマナシは急いで自室に戻るとパソコンへ向かった。


「カタリ。良かったのかホ? あれじゃあ、望む本が手に入らないかもしれないホ」


「う~ん、大丈夫じゃないかな。少しだけど、ボクの目も見たし、それにボクも今まで見たことがないものを見た気がするんだ。うん、なんとかなる気がする!」




「できたーーーー!!!!」


 ヤマナシの声が響いたのは明け方間近だった。

 それをカタリへと渡すと、ゴクリと唾を飲んだ。


 カタリはプリントアウトされた小説を受け取ると同時に左目が青白く輝いた。

 小説は中へ浮き、カタリの左目へと吸い込まれていく。


 眩い光が部屋中を包み込む。


「うっ、まぶしっ!」


 光が収束すると、そこにはハードカバーの本が、ゆっくりと落ちるようにしてカタリの手の中へと収まる。


「ぷ、ぷぷっ」


 カタリの表情が崩れ、大口を開ける。


「ぶっははははっははははっ!! 何これ、めっちゃ面白いわ! 本人は悲痛な様子だったのに書くのはコメディかよ!!」


 カタリはお腹を抱えてひとしきり笑った後、ヒィーヒィーと荒い

呼吸をしながら、笑いすぎで涙を浮かべる。


「確かに、貴方の本、もらい受けたよ! きっと本当に必要としている人に届けるから」


 ヤマナシはその言葉を聞き届けると、バタンっと倒れた。



「う、う~ん」


 ヤマナシは床の上で起きると周囲を見渡した。

 そこには自分が書いたはずの小説は見当たらず、慌ててデータも確認したが、何も残っていなかった。


「あれは、夢だったのかな?」


 変な夢を見たものだと思ったヤマナシだったが、


「ハクション!!」


 いつの間にかビリビリに破けた服を見た。


「夢じゃ、ない……」


 ヤマナシは誰かが笑ってくれた作品を書けたというのが自信になり、後にコメディを専門に扱う書籍化作家になるのだが、それはまた別のお話。

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カタリィとカクヨム作家~努力もしていない小説なんて小説じゃない!!~ タカナシ @takanashi30

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