誰か僕を救っておくれよ

naka-motoo

誰か僕を救っておくれよ

 荒野をさまようが如く、僕はビルの谷間のアスファルトの上を、底の分厚いソールのランニングシューズで歩いていた。


「飛べないんだから、せめて高速歩行したい」


 でもこのランニングシューズは、ある程度のスピードでプロネーションを展開させないと効果はない。


 むしろ足首に負担がかかる。


 そして僕が今日出会った編集さんは、2人とも辛辣で意地悪で絶望的だった。

まったくもう。

物語よりも、僕を救ってくれよ。


「読んでもわからない」

「あの、どの辺が?」

「分かれよ」


 不毛なやりとりだったけれども、3分で終わった。


「あの、名刺をいただけますか?」


 僕はその少年のように若い、多分分類としたらイケメンの中性的な編集さんにせめてものお土産をねだった。


「ほら」


 突き返す僕の原稿の上に、す、と置いた名刺は。


『カタリィ・ノヴェル:拡散する駄文を収束し物語を救う詠み人。読めば分かるさ!』


 ホンモノだ。


 早々に僕はその出版社を辞した。


「危なかった。自分も中二病だけど、あそこまでヤバくはない」


 二社目はその社屋ビルがツクツクの尖った建物だった。

 もしかして『書く』鉛筆をイメージしてるのか?


「あの・・・僕の小説、読んでください」

「ふうむ。どれどれ?」


 かわいい。

 笑顔がほんとにキュートだ。

 ちょっと服装は信じらんないぐらいコスプレじみたエメラルドグリーンのふうわりワンピースにベレーだけど。


「作者様、よく書けてますね」

「え? ほんとですか?」

「下手なりに」


 真顔だ。


 さっきの笑顔はどこへ行ったんだ。


「ふむう・・・このキャラの名前の意味は?」

「えと。『ノネ』っていうのは一応no name をもじったんですけど・・・」

「『名無し』じゃダメなんですか?」

「え? いやだって。この僕の小説『ある少女のブログ』はいじめを受ける12歳の女の子が同じくいじめを受けた過去を持つ高校生のブロガーと心を触れ合わせて再生していくっていうストーリーなんです。できれば美しい名前の方がいいと考えて」

「読む時間を短縮するために、『名無し』に替えてください」

「そ、そんな! キャラの名前はとても大事ですよ?」

「いいじゃないですか。あなたの無味乾燥とした小説のメインキャラにお似合いの名前ですよ」

「・・・っ! ぼ、僕の大切なキャラなんです! そんな簡単に名前を変えるなんて!」

「あら。わたしは名前を変えましたよ?」

「へ、編集さんが?」

「わたしの名前は『リンドバーグ』です」

「えっ・・・」


 マズい。


「そしてわたしはお手伝いAIなんです」


 ほんとにマズい。

 出版社って、これが標準なの?

 な、なんとかして現実に引き戻さないと。


「あの・・・改名する前の名前はなんて・・・」

輪泥婆愚りん・でぃばあぐ。今はリンドバーグ」

「・・・・・・」

「バーグさんと呼びなさい」

「バ、バーグさん。結局僕の小説はキャラの名前を変えたら採用されるんですか、されないんですか?」

「採用しますわ」

「え!? ほんとですか!?」

「ただし停止条件つきです。ひとつ・・・」

「ちょ、ちょっと待ってください! メモを取りますから!」

「ひとつ、連載スタートしたら5,000文字/30分の執筆アベレージを死守すること」

「さ、30分で5,000文字!?」

「ふたつ、デビューまでにノヴェル・アルティメット賞を受賞すること」

「え、ええっ!? ノヴェル・アルティメット賞って、文学界のアカデミー賞って言われてる賞じゃないですかっ!」

「3つ。編集者の命令には絶対服従」

「・・・・・・」

「これらの停止条件を充足しない場合、その時点で契約破棄・原稿を燃やします」

「じ、人権侵害だ!」

「ワナビさんに人権などありませんが」


 僕は、二社目も辞した。


 またビルの谷間の、春近い陽光の下を歩く。


 ちょうど潮時なのかもしれない。

 まさか出版業会がこんなにも危うい世界だったとは。


 そして僕自身の、書き手としての限界も見えたようだ。


 バイトも辞めて、明日からハロワに通おう。


「ちょ、ちょっと、あなた!」


 女性の声だ。

 まさか、バーグさん?


「わたしはリッケンバッカー。バーグの上司で副編集長よ」


 どうなってんだ。

 副編集長までヤバい。


「あなたの小説、読ませてもらったわ」

「あ。バーグさんに渡した原稿、読んでくださったんですか?」

「違うわ。バーグが『こんな駄文を書く人間がこの世に存在することが許せません』ってあなたの原稿をPDFファイルに取り込んでSNSで拡散して晒したのよ。それを読んだの」

「・・・・・・・・・」

「素晴らしいわ!」

「え。な、なにがですか?」

「あの完膚なきまでの内容の無さよ!」


 ・・・死んでくれないか。


「あ、あら? わたしはいい意味で内容が無いって言ってるのよ? ドライというか、ほら、無慈悲なとても乾ききったウエスタンの映画があるでしょう? ああいう感覚よ」

「やめてください」

「いい意味でけなしてるのよ!?」


 分からん。

 いい意味でけなす、ってなに?


「つまりはけなしてるのよ」


 もうどうでもいいよ。

 好きにしてくれよ。


「じゃあ、来月号に掲載するわね」


 僕は翌日からハロワに通い、念願だった正社員の職を得た。

 あれから1ヶ月弱過ぎた頃、バイト時代の先輩からLINEが入った。


『お前の小説、文芸誌に載ってるぞ!』


 え?


 わけも分からず本屋に行って、その文芸誌をとりあえず購入した。

 半信半疑でページを開く。


『ある少女のブログ』


「え!? ほんとに載ってる!?」


 選評にこう書かれてる。


『この無機質さが受賞の決め手となりました。そして準主役とも言える、’ノネ‘ の美しく、けれども身体が破壊されたような切ない描写が魂に響く』


 ああ。名前を変えないでくれた。


 もうひとつコメントが。


『読めば分かるさ!・・・バーグ』


 ふふ。バーグさん、辛口のコメントと過酷極まる応対だったけど、僕の小説、評価してくれてたんだな。


 とにかく・・・・・


 やったあっ!


 僕は気がつくと夕日がビルの窓という窓にちょうど目の位置に反射する角度となったその夕刻の一瞬に、喜びを心の中で爆発させた。


 あれ。でも。


「『読めばわかるさ!』って、カタリさんの座右の銘じゃなかったっけ」

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