本懐

lampsprout

本懐

 見渡す限り、電子音と発光板に包まれている。そんな機械仕掛けの町を、カタリィ・ノヴェルは1人駆け抜けていった。



 ****



 カタリィ・ノヴェル。世界中の物語を救うことを使命とする少年だ。左目で見つけた物語を人々に届けるのが生業である。

 そんな彼は、危機的状況にあった。


 もう世界は、物語を必要としない。


 全てが電子化された世界では、誰も書籍など欲しはしなかった。それどころか、何事に於いても合理化を至高とし、あらゆる無駄を排除した。空想や物語などは、最も忌むべきものだった。

 ――しかし彼は、希望を捨ててはいない。


「君は、まだそんな無意味なことをするのか?」


 耳元でトリが皮肉った。この仕事を押し付けたのは自分だというのに、近頃トリはそのようなことばかり囁いた。カタリは気にせず不敵に笑う。


「僕にだって、まだやれることはあるはずさ」


 投げ出せない理由が、彼にはあった。


「僕の仕事は、まだ終わらない」



 ****



「この町も駄目か」


 カタリは幾日も旅を続けた。だがどこにも、物語は見つからない。救われたがっている人もいない。

 幾ら歩き回っても、目に映るのは青白いスクリーンに照らされた街並みだけだった。


「もうどこにも、物語なんて存在しないんだよ」

「そんなことないさ」


 無造作に言い放ったトリに、カタリは間髪入れず反論した。


「きっとどこかに、埋もれている願いが、物語があるはずなんだ」


 人々は物語の楽しさを知らなくなってしまった。合理的になった世界で、人々からは笑顔が消えた。

 世の中が変化していくことは、必然だと分かっている。理には逆らうべきではないのではないかとも思っている。それでも彼には見過ごせなかった。



 ****



 カタリはどこまでも走り続けた。


「何でそんなに、必死になるんだ?」


 トリは心底理解できないといった様子で首を振る。誰も何も望まないこの世界で、一体何が出来ると言うのか。

 カタリは迷いなく答えた。


「皆、忘れているだけなんだよ。ただ気付いていないだけなんだ。なら、気付かせてあげることも、僕の仕事だろう?」


 カタリには聞こえる。人々の音の無い叫びが。言葉にならない哀しみが。自覚の無いまま苦しみ続ける慟哭が。

 カタリには見える。人々の心の奥底に眠る、鮮やかな色彩が。封じられた喜びが。


 彼はずっと気付いていた。少し覗いただけでは分からないほど、本当に奥深くに渦巻く人々の願いに。


 ――物語を読みたい。


 凍りついた人々の心に灯火を。

 喪った美しさを、豊かさを取り戻せ。


「さあ、始めようか」


 カッと目を見開いた。数多の物語が紡がれていく。


「皆を救うためならば。物語を届けるためならば」


「僕は世界だって、変えて見せるよ」


 カタリの頭上に、巨大な本が出現した。黄金に輝くその奇跡は、大きく羽を広げ、世界を映し出した。



 ****



「……これで良かったのか?」

「ああ、取り敢えず満足だよ」


 世界に彩が溢れている。機械音に混じって、幸せそうな笑い声が高らかに響く。

 物語への親しみを取り戻した人々は、今日も新たな願いを懐く。カタリの仕事は目まぐるしく増えていく。


「そういえば、君の願いって何だ?」

「何だ、唐突だね」

「あんなに頑張った訳を知りたい」


 カタリは目映い笑みを浮かべた。


「僕は、皆に幸せになって欲しいだけだよ。本当の願いも忘れてしまうような世界は大嫌いだ」



「――じゃあ、今日も配達に行くとしようか。誰かが僕らを待っているよ」

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