手にする証は

なるゆら

手にする証は

 配信されるメールの内容に誤りがあったたらしい。しっかり読んでいたわけではなかったけれど、発表される課題が何なのかだけは確認していた。隙間を見つけて少しでも書いておかないと間に合わないから。結局は見落としたわたしのミスなのだけれど、悔しい気持ちがある。


 書きかけだった内容はどうしよう……。

 使えない……かな。


 所々を変えれば、流用できるとは思うけれど、ゼロから書くよりどのくらい短縮できるのかはわからない。書くことだけが目的なら公開する必要はない。公開するということは誰かに読ませるということ。意味の拾えない文章を時間がないという理由で流していいものなのか。


 サイトを確認すればよかった。SNSを見ていれば気付けたかもしれない。後悔してみたところで過去の行動は変えられない。


 物語には元になるものがある。4000文字で書く物語なら、それ以上の量の知識や感情、記憶に残っている出来事などを思い出して、どこがつかえてどこが繋がるのかを考えて、整えたのが設計図。書き始めるのは設計図ができてからだ。最後にサイズを合わせて残ったのが4000文字。ただ思いつくまま書けばいいわけではない。


 設計図を作るのも、書き出すことも誰よりも遅いことを自覚していた。理由の一番は、積み重ねた経験の不足だろう。今になって誰かのせいにしようとしている。本当は今、自分が何にこだわって現実を受け入れられないのか、理由には気付いていた。


 訂正のメールがきたのが20時だ。明日は3時には起きないといけないから、徹夜しても、残っている時間は6時間ほど。迷う気持ちと、迷うくらいなら少しでも書けばいいという気持ちの中で思考がうまくまとまっていかない。


 どうしても落とせないような原稿ではなかった。3周年の記念に開催されたコンクールには、書く練習をするつもりで参加していた。しばらく文章を書いていなかったために、時間をかけてみても「ただ書いて繋げる」というだけのことができなくなっていた。


 結局、ちゃんと書けたのかはわからなかったけれど、本来の目的は果たした。

 終わったのに、どうしてやめなかったのだろう。惰性で続けるには、今のわたしにとっては以前にも増して苦しいことになっているはずなのに。


 昔、友人たちと趣味で書いていた物語。当時は書いているものが小説だと思っていたけれど、小説未満であっても、小説もどきであっても、書いていることが楽しかった。読み手に伝わっていなくても読んでもらえることが嬉しい。書く仲間がいて、書くことを理由に交流ができて、活動できることが楽しい。そんな気持ちを思い出せるからだった。


 今でも続けているのだろうか。夢見ていた作家にはなれたのだろうか。縁が切れてしまったわたしは、友人のその後を知らない。


 当時は、作品の質や、読み手がどんなふうに感じるか、書いているものが時代にあっているのか……なんて、まるで考えていなかった。それぞれが書きたいことを書くために尤もらしい理由を見つけてきて、心が動かされたような気がしてまた書こうと思って。そんなふんわりとした輪の中にまだいるような気がしていた。続けているだけで楽しかった。


 高い目標を持った人がぬるま湯にはいられないと離れていった。仕事や家庭へ重心が移っていって、いなくなった人もいる。わたしもそんなひとりだった。


 書かない理由を見つけて続けない人に、書くことを生活にできるはずがない。みんな気付いていた。だから、作家が目標だと言わなくなっていったし、わたしも書くことが好きだと言えなくなっていったんだと思う。


 生活のために何をするのかを選ばないといけないことがある。それは何をしないのかを同時に意味している。わたしは作家にはなれないし、ならない。それが自分の目標になり得ないことも、もう知っている。


 続けられなかったことに寂しさがあって、少し悔しい気持ちも残っていた。わたしは、課題に参加して最後まで続けられた証の「皆勤賞」を受け取ってみたかった。それで、なにかが返ってくるわけではないこともわかっていたけれど。


 皆勤賞は図書券だ。大した価値はないのだとも思う。わたしにとってそれを受け取ることは、仕事でミスをして周囲に迷惑をかけないことよりも、自分の体調を維持して今以上に生活を悪化させないことよりも優先させるべきことだろうか。


 卒業の季節がやってきている。わたしが受け取るべきなのは、卒業証書か、皆勤賞か。どちらを受け取れば、「おめでとう」と言ってもらえるだろう。自分に言えるだろう。


 答えは決まっているのだと思う。

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