三十と一夜の短篇第36回 アーツィン・ベルベットモアの偶像
白川津 中々
第1話
ちょっと待って。
前髪がもう無理。アッツンの隣にいたいだけの人生だった。
そうツイッターに投稿した千恵子はガソリンを自らにぶっ掛け念仏を唱えた。自死に至る準備は完了。行動するだけで命は絶える。後は気合のひと押しである。傍に立つアッツン事アーツィン・ベルベットモアのフィギュアは優しく微笑み微動だにしない。当然だ。人形が動くわけがない。
しかし千恵子はその当然を受け入れ難く我慢ならなかった。承服しかねる理由は大きく分けて二つ。何故アーツィンはこの世界に実像を持って存在せぬのか。何故自分はアーツィンと添い遂げられぬのか。というものである。
アーツィンは人が作り出した架空のキャラクター。なれば答えは明々であり、真っ当に生きる人間であるとすればそれを理解できるはずなのだが千恵子は違った。彼女にとってアーツィンは誠に生きている存在であり、また自分と結ばれる宿命を背負っているはずなのであった。
だが、アーツィンとの関係は一向に千恵子の望むようにはならなかった。アーツィンはキャラクターであり、キャラクターとして、純然たるキャラクターのままであったのだ。
仕様もなく千恵子はこれまで肉を持つアーツィンを待ち続け、心の隙間を埋めるようにアーツィンの偶像を並べ、アーツィンの出るソシャゲをやり尽くしてしたのだが、そのソシャゲに新しく実装された新衣装。超傑集・暮れ黄昏れるアーツィンを金の力で引き当てたのが今日の事で、結果、その尊さにどちゃくそのしんどみを感じ、どうにも衝動が抑えられず死に至る他ないと結論付けたのであった。
千恵子が持つはアーツィンのバストアップが描かれたジッポーライター。震える指。だが、決意は固い。
「気持ちファイエル! エモーショナル!」
着火! 炎上! 月三万で借りているアパートの一室が灼熱地獄と相成った! 聞こえるは焼き尽くす火炎の渦音と千恵子の叫び! アーツィン・ベルベットモアへの想と共に焼死していく彼女の肉は! 誠醜く焦化していくのであった!
「あぁあなたぁぁにぃいぃぃぃああぁあぁぁぁああぃいいぃぃいぃぃいだけぇぇぇえええぇぇぇ!」
地獄の底まで響き渡るような千恵子の声は、果たして愛し君へと届くだろうか。千恵子とともに燃えるアーツィン・ベルベットモアのフィギュアは、ただ爛れていくばかりである。
果てて実る花はなし。共に死ぬとて地獄は一人。生きて結べぬ縁ならば、穢土、永先とても、儚き夢かな。
三十と一夜の短篇第36回 アーツィン・ベルベットモアの偶像 白川津 中々 @taka1212384
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