【KAC9】オメデトウ・ホワイトボックス

木沢 真流

そして今日も私は並ぶ

 行列に並ぶのは嫌いじゃない。

 ラーメン、スマホ、新台入れ替えに特売日。

 小さい頃はドラクエ3やゲームボーイ、手先を氷のように冷たくしながらよく並んだものだ。

 あの徐々に進んで行く感覚、じっとこらえながら待ち、そしてようやく辿り着いた時の高揚感……思い出すだけでゾクゾクする。


 私は今日も並んでいた。

 この行列もなかなか手強い、強敵だ。後ろを見れば果てしなく続く、前を見てもまだまだとてもゴールには辿り着きそうもない。だが、それがまたいい。

 他に並ぶ者を眺めてみる。

 それぞれが皆、自分なりのスタイルで待ち時間を潰す。ある者はスマホをひたすら見つめ、ある者はイヤホンから溢れるリズムに体を揺らす。

 恋人といちゃつきながら、ふざけ合い、後ろの人にぶつかる者もいる。お前が後ろだった、いやお前がだなんて小競り合いも時にはある。

 そんな人間観察ができるのも行列の楽しみの一つだ。


 一体どれだけ並んだのだろうか?

 記憶は確かではないが、かなりの時間を費やしたのは事実だ、これだけ前に進んだのだから。

 ほら、あんなに先だと思っていたあの箱、電話ボックスほどある白い箱にこんなにも近づいた。どうやら前に進む為には、皆あそこの箱を通過しなければならないらしい。

 ついに箱まであと五人となった。

 箱の中はまるで白いブラックボックス。一体中に何があるのか全くわからない、ただ一つだけ言えるのは、そこから出てきた時の現象がみな共通しているということ。


 カラン、カラン。


 商店街のクジで、まるで商品が当たった時のような大げさなベルが鳴らされ、係員の男が大声をあげる、満面の笑みで。


「おめでとうございます! あなたは15000人目のお客様です」


 別の人には、


「おめでとうございます! あなたの会社は東証一部に上場したそうですね!」


 他にもたくさんある、

「お子さんが東大に合格したそうですね!」

「ご結婚おめでとうございます!」

「あなたの製作した番組が視聴率20%を越えました、おめでとう!」

「カクヨム3周年記念選手権で編集部賞を獲りました、すごい!」


 よくもこんなに沢山のオメデトウがあるものだ。

 不思議なのは、箱から出て来た人全員が例外なく、オメデトウ、されていること。

 係員はまるでCMに使えそうな笑顔に赤い法被。ねじり鉢巻に大げさなベルで安っぽい音を出す、カラン、カラン。

 みんなオメデトウされて、どこかすっきりした顔。そしてまた先の行列を並ぶ。

 ついにあと二人になった。

 いよいよここまで来て、さっきから気になることがある。

 私は特に何もオメデトウされることがないのだ。

 何も獲得したものはないし、大した業績も上げていない。

 何か、オメデトウなものをあの人は探してくれるのだろうか、それはそれで楽しみだ、一体どんなオメデトウをしてくれるのだろう?


 そんな私の甘く浮ついた考えは、一気に奈落の底へ突き落とされることになる。


「どうぞ」


 ホワイトボックスの中から声が聞こえた。

 声に従い、扉の中に入る。

 すると、中には小さなテーブルと椅子、そのテーブルの向こうにはさっきまでカラン、カランしてたあの係員が座る。

 しかし様子がおかしい。男はテーブルの上で手を組み、その手に顎を乗せる。

 目は鋭く、先ほどの笑みはない。先ほどは笑っていたから気づかなかったが、この人物は目が鋭く、真顔は少し怖い。


「ほら、早く座って、時間無いんだから」


 声が低かった。そしてなぜか私は取り調べでも受けているような、どこかまるで悪いことでもしているかような錯覚に陥った。

 仕方なく私は椅子に座る。

 クッション性の弱い、座りごこちの悪いパイプ椅子だった。

 

「ほら、早く言って」

「はい? 何をですか?」


 あー、もうしょうがねーな、そんな顔をして頭をぽりぽり掻くと男は面倒臭そうに口を開いた。


「俺があんたにオメデトウしなきゃいけないんだよ! 何かオメデトウなことを早く言ってくれる? もう次も待ってるんだからさ」

「あの……でも私、今まで普通に生きて来ただけなんで、オメデトウされることなんて何も……」


 バンッ!

 突然男は机を叩いて立ち上がった。


「あ? 甘ったれた事言ってんじゃねーよ! そんなんでやっていけると思ってんのか? もうガキじゃねーんだからよ、できねーなら……あっち」


 そう言って男が指差す方を見る。

 するとそこは不思議な光景が広がっていた。

 確かに私はボックスに入ったはずだ、しかし、その指差す先には深緑の色をしたドロドロの沼。そしてそこに無気力、無表情の人間が何人か飲み込まれていくところだった。頭の一部、手の先、足先、それだけが見えて、それらが徐々に沈んでいくのだった。


「あんた一人なんかいなくなったって世界は大して困らないんだからさ」


 突如私はぎゅっと小さくなった。

 確かに私は大したことはやってない。今まで何となく言われた通りにここまで生きて来た。だから他の人みたいにオメデトウされることはない。

 だからこそ、私一人いなくなっても周りは困らないのかもしれない、代わりはいくらでもいる。

 もう一度沼を見た。

 さっき見えていた頭はもう頭頂部を残すのみとなっていた。次に飲み込まれるのは私なのだろうか。


 いや……嫌だ。そんなの——


「あの……一応それなりの高校には合格してるんですけど……」


 言い終わる前に、男は眉をひそめ始めた。


「まあ……そんなの大したことないですよね、はい分かってます。他には……就職して最初の一年は皆勤賞でした。体が丈夫なのだけが取り柄でして……」


 男はおもむろに立ち上がり、手を震わせた。


「え、いやいや、他にもあります。皆勤賞といえばカクヨム3周年記念選手権でも皆勤賞でしたよ、仕事でクタクタになった後に必死で書いて……でも一個だけ文字数足りなくて図書カードはもらえませんでしたが……」


 男は顔を震わせ、目が血走り始めた。


「ま、待ってください。他にもあります、会社の雰囲気についていけなくて……というか説明会とは全然違って中身がブラック企業だったからなんですけど、仕方なく会社辞めました。でも、今頑張って就職先探しています。一生懸命探して、頑張っています。やる気だけは誰にも負けません……だから」


「おい」


 男の声は鈍く響いた。


「お前、ふざけんなよ」


 まずい、怒らせてしまった。このままでは私は沼行きだ、万事休す……


「あるじゃねーか」

「え?」

「あるじゃねーか、オメデトウ」

「はい?」


 私は冷たくなった手を一つ握った。


「お前、何にもありませんとか言っておいて、たくさんあるじゃねーか! 何で早く言わねーんだよ!」

「え、ああ。すみません」

「ほら行くぞ、出ろ」


 はいはい、そう言いながら、そそくさと私は向こう側の扉を開けた。


 すると、そこにはまた行列の続きがあった。そして耳の横で、あのうるさい音が響く。


 カラン、カラン。


「おめでとうございます! ブラック企業辞められておめでとうございます。カクヨム3周年記念選手権皆勤賞おめでとうございます、図書カード無理でもよく最後までがんばりました! 人生お先真っ暗な時があってもよく諦めないでここまで来ました、ここまで来れておめでとう!」


 私はどこか晴れ晴れした気分になっていた。

 もうホワイトボックスは振り返らない。気づけば遥か後ろに行ってしまった気がするが、今私が見ているのは前だけ。

 どうやらまだまだ行列は続いているようだ、ゴールまではそう簡単に辿り着けそうもない。

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【KAC9】オメデトウ・ホワイトボックス 木沢 真流 @k1sh

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