祝え、新しいわたしの誕生をッ!!

亥BAR

誕生の瞬間は祝うべきである

 全てには始まりがあり、そして終わりがある。そして、また始まりがくる。始まりとは誕生、新しいものが生まれる瞬間である。

 そして、その瞬間に対して人は祝う。

「わたしよ、おめでとうゥッ! 新しいわたしの誕生だ!!」


 ***


 僕は眩しい光にさらされ意識を取り戻した。まだ、頭がぼーっとする。視界がぼやけて頭も痛い……。

 だが、そういった不快な感覚も時とともに薄れていった。


 体を起こし、周りを確認する。普通の自分の部屋、窓を見ると眩しい光が部屋に差し込んでいた。

「…………ふぁあ……」


 まだ覚醒しきれていない頭をかき、そしてあくび。そのままカレンダーのほうに視線を向けた。

 今日は二〇一九年三月二八日。その日付には僕が自分で書いた丸印がついている。


 部屋を出でリビングへ行くと、家族が出迎えてくれた。母と父、僕の顔をみた瞬間に両手を挙げて同時にこう叫ぶ。


「「タクミ、十二歳、誕生日おめでとう!!」」


 僕は母親に抱かれつつ、父の笑顔を横で見る。ちょっと流石に恥ずかしいと思いつつも僕は「ありがとう」……そう言う。


 ……あれ? なんだこれ?

 タクミ、って誰だ? これは誰の記憶だ?


「……クミくん、タクミくん……」

 どこからか声が聞こえる気がする。でも、それが言葉だと認識ができない。耳から入る情報が整理できない。


「……タクミくん……、タクミくん?」

 自分でも目をあけられているのかよく分からない。視界が形にならない……。


「やぁ、目が覚めたかな?」

「……」


 あれ? ……あぁ??

「……なに? ……なにを?」

「ここは病院だよ。失神していたんだよ?」


 だんだん、意識がはっきりしてきて、そこで自分の体に酸素が足りていないことを無意識に理解。何度も大きく深呼吸を繰り返した。


 一分ほど、深呼吸を繰り返す。だんだん、落ち着きを取り戻してきていた。


「落ち着いたかな? 念のため君の名前を教えて」

「……タクミ。岸本タクミ」


 僕は自分の名前を確認しながら、目の前の人を見た。かなり年がいった男性。七十歳は超えているだろうか……。その人物は医者。僕の担当医。


 今、僕はベットに横たわっていた。周りに他の患者はいない。代わりにたくさんの機械に囲まれ、僕の体からは管がたくさん伸びている。個室、というより集中治療室だ。


「……そうか……」

 僕は自分の胸元あたりに意識を向けた。

「また……心臓止まってた?」

「うん、数秒だけどね」


 僕はもう一度、大きくため息をついた。


 僕は十二歳の誕生日、母親に抱かれたまま失神した。すぐに意識は戻ったものの、定期的に失神を繰り返す。そして、その原因は心臓を動かす神経の不良にあった。

 ……うん? あれ? でも、なんか……記憶が……。十二歳から……僕は……。


 僕は曖昧な記憶を叩きだそうと頭に手を置く……うん?


「……先生? なんかおかしいんだけど……」

「うん? どうしたんだい?」


 機器を見て何かを確認している先生は、僕の声に反応し振り返ってくれた。だけど、僕はそれに対して体を起こすことができなかった。


「なんか……体、動かないんだけど」

 そう、いくら動かそうとしても体が反応しない。

「今、指を動かそうとしてるんですけど……」


 先生は僕の指に視線を向ける。だが、首を横に振った。

「いや……動いてないね」


 すると、先生はため息をつき椅子に座り込んだ。そのまま、パソコンに向かってキーボードを叩き始める。


「……え?」

 その先生の反応は、今の僕からしたらあまりに冷たい感じがした。っていうか、今僕、体が動かないんですけど!?


「ちょ、先生? これ? えっ!? どうしたら……!?」

 だんだん脈拍が上がってくるのが自分でもわかった。心電図の間隔も短くなっていく。


 その状態になって、先生がハッと僕のほうを振り向いた。

「うん? あっ、おっと。落ち着いてね。落ち着いて、深呼吸、深呼吸」


 先生に胸を撫でられ、大きく息を吸い込む。先生の「リラックスして~」という言葉に合わせるように深くゆっくりと深呼吸を繰り返す……。


 そして……あれ? ちょっと……。



「……タクミくん? タクミくん?」

「……うん? ……あれ?」


 なにか声がかけられている気がする。頭の情報処理が追いつかない……何が起こって……。


「大丈夫? 目を覚ましたかい?」

「……あれ? なに……?」

「君、失神していたんだよ」



「……あれ? そうか……」

「ちなみに、君の名前は?」

「……タクミ。岸本タクミ」

「はい、OK」


 そうか……心臓が……止まっていたのか……。

「……あれ? なんかおかしい……体が……動かないんだけど?」


 カラダを動かそうとしても、まるで反応がない。まるで……自分の体じゃないみたい……。

「ちょ……先生?」

 体が動かない現状に、パニックが起こってくる……どうしよう……。


「落ち着いて、タクミくん。それより今日は何日かわかるかい?」

「はい? 何日? ……えっと」

 名前と同じように、意識の確認か? 今日の日付……。

「三月……二八日」


「そう。そして二〇二三年だ。君は今日で十六歳。君の誕生日だよ。ハッピィバースデイ。おめでとう」

「……あ……ありが……」



















 ***


 完全に停止した心電図を眺めて、岸本タクミは横たわる肉体、試験体三〇七を眺めた。若い頃の自分にそっくりなその体。そこに魂はない。

 タクミは三〇七に刺さった点滴の針を乱暴に抜き取った。


「終わったか……ほぼ一年……」

 あとは、ベッドごと、その肉体を焼却炉に持っていき焼き払うだけ。


 タクミは一度この集中治療室を出た。その部屋の扉に貼られたプレートは二〇六〇年四月。今年は二〇六一年三月二八日。この部屋にアレが入ってから、約一年がたったのだ。


 そしてそこに伸びる廊下を歩いていく。他にも部屋はある。


 二〇六〇年六月の部屋。マジックミラー越しに部屋の中を覗く。既に息絶え絶えの三〇八。こいつは一年も持たないか……。また後で現状を確認しておく必要がある。


 二〇六〇年八月の部屋。試験体三〇九。ベットに横たわり、じっと窓から作り物の外を眺めている。


 他にも十月、十二月、そして、二〇六一年二月の部屋がある。進むにつれて、中では元気な試験体が居る。



 タクミはさらに奥へと進んでいった。

 すると目の前に広がるのは重く分厚い鉄の扉。パスワードをいれるとドアがゆっくりと動き、開いていく。

 部屋の中に入り進むと、ある円柱形のガラスを覗いた。


「もう、完成だ」

 そこには十五歳の体に仕上がった試験体三一三。液体の中で酸素マスク越しに呼吸。心臓もしっかりと動いている。

 次はこいつを取り出し、偽物の記憶を植え付ける準備だ。


「あぁ……新しいわたしよ。もうすぐ、新しいわたしが誕生する」


 この試験体が入ったガラスと繋がっている機器を操作。すると、たちまち中の液体が流れ出ていき、三一三の体が下に崩れ落ちる。

 タクミはその三一三を横に用意していたベッドに乗せた。


「何としてでも成功させてやる……、わたしという存在を、永遠のこの世へと残すのだ!! わたしは不滅の存在となる!」


 今のタクミのコピーは持ってせいぜい一年。だが、いずれ数十年生きる自分を作り出し、自分の本当の記憶を植え付ける。その自分が新しい自分をまた作る。

 そしてタクミは永遠となる。


「わたしは終わるが、またわたしは誕生する」


 タクミは今一度、三一三の顔を触った。まだ記憶も意識もないが、確かに鼓動し息をしているのを確認する。


 試験体三一三。今日今ここで、初めて息をする。また始まるのだ。誕生するのだ、その誕生は是非とも祝うべきだ。

 祝いの言葉はただ一つ。


 そして、大きく両手を広げ祝う。

「わたしよ、おめでとうゥッ! 新しいわたしの誕生だ!!」

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