同じ風景をずっと見ている ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~
佐久間零式改
同じ風景をずっと見ている
私は同じ風景をずっと見ている。
公園にいる人の姿は移ろいゆくのだけど、私が見ている風景は春夏秋冬、朝昼夜、晴雨雪曇と流れてはいるけれども、これといった変化は見られない。
人々の歓声などが耳に届く事はあれど、私の声は誰かの耳にとどく事はない。
それは私が選んだ結果なので受け入れるしかなかった。
私は選択を間違ったのかもしれない。
けれども、当時の私はそうするしかなかった。
それしか考える事ができなかった。
だから、こんな結末になってしまったのかもしれない。
「そんなところにずっといられると迷惑する人がいるのですが」
ここにいて、どれほどの時が流れていたのかを私は知らない。
私の事など誰も気にかけていないし、見えてもいないのかと思っていたというのに、誰かが私に声をかけてきたように思えた。
そんなはずはない。
私はそう思いながらも、顔が固定されているかのように動かせないので、視線だけで声のした方を確認する。
左目に眼帯をした、どこかの高校の制服にその身を包んだ女の子が私を見上げていた。
『あなたは誰?』
舌が上手く動かせないので、声を発する事ができなかった。
「私は稲荷原流香です。退魔師をしています」
たいまし。
それはどう書くのだろう?
私はどの漢字が当てはまるのか分からず、何らかの士業だと考えることにした。
「やはり答えられませんか。また声をかけるかもしれません。その時は私と会話をしてください」
稲荷原流香と名乗った女子高生は目だけで軽く会釈をして私の視界から消えていった。
まだ私を見てくれる人がいたんだ。
私は柄にも無く喜んでしまった。
それからどれほどの時が流れたのだろう。
子供の姿が見えなくなった公園が視界に広がっている。
相変わらず私の見ている風景は移ろわない。
「……やはりまだいましたね」
背筋がぞわぞわしてしまうほどの……これは喜びなのか。
私はその声だけで得も言われぬ幸せを感じてしまったのか。
「こんにちは」
頭が動かせないので、目だけで声の主を探る。
左目に眼帯をしている少女だった。
前と同じように私を見上げているのだけど、その目はどこかおぼろげだ。
前に見たときとの相違点は服装だった。
以前は制服だったのだが、今日は巫女服を着ている。
士業をやっていると言っていたような記憶がある。
つまり、祈祷師とかそういった師業だったのだろうか。
声を発しようとするも、舌に何かが絡みついているかのように動かず、声どころか息さえできていないようだ。
「……苦しいの?」
そう言われても、私はもう感覚が麻痺してしまっていて分からない。
最初は苦しかったのかもしれない。
けれども、今はどうなのだろう?
もう痛みさえ感じていない。
最初は意識が飛んでしまうほどの痛みがあったような記憶があるのだけど、今はもうその痛みさえ忘れてしまった。
私はどうして動けないのだろう。
どうして声さえ出せなくなったのだろう。
どうして私はここに居続けているのだろう。
どうしてだっけ?
何故、私はここに居続けているんだっけ?
「自殺者は自殺行為を繰り返すという話は本当だったんですね。繰り返すと言っても、あなたは違うようで」
稲荷原流香は憐憫の色に染まった瞳で私を見上げている。
「あなたはこの公園の木で首つり自殺をした……それだけの事です。思い出せませんか?」
自殺?
それは私の選んだ事だけど、まだ死ねていない。
私はずっとここにいる。
何故かここに居続けている。
まだ死ねていないはずだ。
私は首を吊ったはずなのに、この世界から解放されないまま、まだここにいる。
「首つりの場合、死んだ後も首を吊り続けているのですね。縄はもうなくなったというのに、首を吊ったままの状態で居続けて……哀れね」
私は死んでいる?
嘘だ。
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。
私はまだ生きていて、こうしてあなたに見られているじゃない。
「声が出せないのでしょう? 首を吊ったせいで、舌が飛び出してしまっていますよ。顔を動かしたくても首を吊った状態だから動かせないのでしょうね」
舌が絡まっているワケでは無かったのね。
舌が飛び出してしまっていて、しゃべられなくなっていただけだったの?
頭を動かせない理由もなんとなく理解できる。
そうだったのね。
私は死んでいたのだけど、死んだままの状態でずっと居続けていただけなのね……。
魂?
幽霊?
私はそんな状態という事だったの?
「エペタムというアイヌに伝わる妖刀があります。化け物を退治する時にしか使わないのですが、特別にあなたに使ってあげましょう。私にできる魂の救済方法がこれだけしかないだけなのですが……」
私は解放されるの?
死んだ私が解放される?
解放された私はどうなるの?
ここから下ろされただけで終わってしまうの?
その後、私はどうなるの?
「エペタムで斬る前に言っておきます。おめでとう、と」
斬られる事を祝ってもいいのだろうか。
おめでとう、と。
「ようやく解放されるのですからね、あなたは。首を吊ったままの幽霊であるあなたを視た小さな女の子にお礼を言っておいてください。両親には女性の首吊り死体が見えないからと、その子の両親に相談されたので、私が様子を見に来たのです」
ようやく私は他の風景が見られるようになるのだろうか。
それだけが不安だった。
エペタムとやらで斬られた後、もし意識が残っているのならば、その時にどうすべきか考えよう。
首を吊ったままの状態で居続ける事よりも地に足が付いていて気楽なのだろうから……。
同じ風景をずっと見ている ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~ 佐久間零式改 @sakunyazero
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます