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 所長は苦悶していた。目の前の二つのモニターに一人ずつ、計二人のヴァン=ドゥーゼン博士が映し出されていたからだ。そして、その両方を、所長自らが、同時に確認することは、不可能だった。


 テレビ局のヴァン=ドゥーゼン博士には、放送後この刑務所へご足労願うことになっている。所長は、独房にいるヴァン=ドゥーゼン博士と対面させてみるつもりだった。


「人間は論理的思考力のみで、肉体を脱獄させることも可能だ」


 そんな博士の挑発に乗った形で、今回の実験は始まったのである。その場で博士を独房へ収監し、囚人と同じように扱う。一週間後の夜、所長室で共にディナーを食べることができたら、博士の勝利、という条件だった。

 第一回戦では独房の不備がつかれた。「そんなものがなくても他に4通りは脱獄方法はあったさ」と博士は言い放った。穴をふさぎ、徹底的な調査の後に第二回戦を挑んだ所長だったが、博士は、まるで空中元素固定装置でも持っているかのように、中空からあらゆるものを取り出して、あざ笑うかのようにわれわれに示してきた。


「科学は理論を証明するものだ。そして現実とは科学の成果なのだからして、現実とは理論の現実化にほかならない」


 博士はそのようにわれわれを煙に巻き続けた。




「たとえば、所長が見ておられる私はモニターに映る私であるにすぎなかった。一方のモニターには13号独房が、もう一方のモニターにはテレビ局が映っていた」


 テレビ局からハッチ君に付き添われてやってきた、モーニング姿の博士と、真っ白なスリーピースに着替えて独房から現れた博士と、所長との四人は、夕食のテーブルを囲んでいた。


「ともかく、期限ぴったりに、私はこのように所長と夕食を共にしているわけですからして、私の主張は証明されたということになりますな」


 白いスリーピースの博士がにんまりと笑う。博士のそんな表情を所長はこれまで見たことがなかった。


「カメラ越しということは、映像に介入するフェーズがある、ということですな。それは理論ではなく、純粋に技術的な問題です」


 とモーニング姿の博士が冷たく言い放つ。


「ですが、実際に独房を確認した者も、テレビ局へやった者も、博士を肉眼で確認しておりましたから」


 と所長がいうと、モーニングの博士が苛立つような声で反論した。


「彼らは、買収される可能性だったありますぞ。そのような間接的な事象から結論を類推する場合、科学では非常に厳密なスキームを構築しておく必要があります。所長は、そのような準備をしておられなかった。ゆえに、彼らの証言に信憑性はないのですよ」

「ま、いいじゃありませんか。博士、13号独房より再び脱獄す! これで一面はいただきです」


 とハッチ君は上機嫌でワインを煽る。


「で、博士。いったい本物はどちらなんで…」


 所長がおずおずと尋ねた。スリーピースの博士が、眉間をピクピクさせた。


「理論ですよ。理論。1+1は、つねに2になるのです。時々とか、ことによると、というのではなく、常にです」


「そして、2-1は常に1なのだ」


 モーニングの博士が突然そう言って立ち上がり、スリーピースの博士の口に金属製の筒を押し当てた。スリーピース博士は苦しそうにしていたが、やがて静かになり、その筒のなかに吸い込まれてしまった。


 所長は目の前で起きた事件に、しばし呆然としていたが、やがて職業的使命を奮い立たせていった。


「ヴァン=ドゥーゼン博士。あなたを殺人容疑で逮捕します」


 ハッチ記者はあわてて部屋を飛び出していった。翌朝の記事の差し替えのため、印刷を止めなければならない。


ヴァン=ドゥーゼン博士は、平然と座ったまま、ワインを飲んでいた。


「私は物証を残さない。ミスをしない。また、たとえ独房へ収監されたとしても、二度あることは三度ある、ということを証明するだけでしょうな。所長」


 殺害に使われた凶器は、どうやっても真空掃除機であるとの結果しか表さなかったし、吸い込まれたはずの死体は、跡形もなかった。なによりも、博士が殺したのが博士だったと訴えるのは、所長の証言のみなのであった。


 事件など、そもそもなくなり、翌朝の新聞の一面は、刑務所所長の自殺記事だったのであった。(完) 

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13号独房の問題アゲイン 新出既出 @shinnsyutukisyutu

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