結婚記念日は喧嘩と涙の日
静嶺 伊寿実
3回目の結婚記念日
今日は三回目の結婚記念日。一回目はちょっとお洒落な雰囲気のある居酒屋で乾杯し、二回目はお金が無かったから小さなホールケーキで写真を撮った。三回目は今までのお礼を兼ねて妻の
「ただいまー! 今日はプレゼントがあるよ」
「おかえり……。私もケーキ買ってきたんだよ」
冷蔵庫を見ると小さな箱がぽつんと収まっていた。
「最近マサが節約志向だから、出費を抑えてピースケーキにしたよ。もう三回目だしね、来月にはマサの誕生日もあるし、あんまり派手じゃない方がいいかなって」
また気をつかってる。そうやって気ばっかりつかってると良くならないのに。仕方のないヤツだ。
「わざわざ買って来てくれたんだね。ありがとうね。見て見て!」
「トモちゃんが前から行きたがってた小笠原諸島、予約してきたよ! しかもこのホテル。すごいでしょ。ホテルからダイビングエリアまで徒歩で行けるよ」
「へえー、ありがとう」
ん? 反応が薄い。
「いろいろホテル調べたんだけどね、やっぱりここが一番良くて、景色も内装もすごく良いんだって!」
「そうなんだ。すごいね」
やっぱり反応が薄い。なんだよ、人がせっかく時間をかけて調べに調べまくって決めたのに。調子が悪いせいかな。
「とりあえずテーブルの上に置いておくから、見ておいてね」
まあいいや。
もっと喜んでくれてもいいのに。あんなに行きたがってたのに。これはただの旅行じゃないのに。最高の思い出になるはずの旅行なのに。普段の俺が悪いのか? 普段は
「ねえ、俺に文句があるならちゃんと言って」
思った以上に無機質な声になった
「最近……仕事終わったよ、って連絡くれてから三十分で帰って来れるところを、一時間以上してから帰ってくるし、もしかして私のこと嫌いになったのかなって……私、家事もろくにできないし、体調こんなんだし、旅行楽しめるか自信ないし……」
「楽しめるかどうかなんて心配するな。楽しもう、と思えばいいんだ」
「うん……」
「それに今月の生活費もそんなに残らないから、なんか申し訳なくて……」
「トモちゃん。お金は心配しなくて大丈夫。俺が貯金してるから」
「え?」
「俺が最近お弁当頑張って作ったりしてたの、なんのためだと思ってたの。旅行先で目一杯楽しむためだよ」
「そうだったの……?」
前から行こうね、って言ってたじゃん。伝わってなかったのか。
「それに今回は誰とも会わない、二人だけの旅行だよ」
「だって東京を経由するから絶対また誰かと会うのかと思って……」
「違うよ。これは新婚旅行なんだから」
「え……」
「今まで小旅行ばかりで、安いホテル泊まったり、一泊二日だったりしたけど、今回は三泊もするんだよ。見たがってたクジラのクルージングも予約したんだよ」
「そうなの? じゃ帰り遅かったのってもしかして旅行の予約のため……?」
「そうだよ。もしかして浮気してると思ったの? そんな訳ないじゃん。俺はトモちゃんのことしか考えてないよ。いつもいつも俺のために頑張ってくれてたじゃん。俺が仕事でうまく行かない時も話を聞いてくれたり、転職の時もアドバイスしてくれたり、俺がトモちゃんの親戚とうまく行ってるのも、全部トモちゃんのおかげなんだよ。しかも病気も少しずつ良くなってきたのも、トモちゃんが頑張ったからなんだよ。だから、これは少し遅い俺からの新婚旅行のプレゼント。みんなみたいに海外とかは連れて行けないけど、一緒に楽しもう」
すると
「だって、だって、新婚旅行は安いホテルに泊まって親戚回りしたあの時だと思って、それに、私そんな良い思いする権利ないもん……そんなに幸せになっちゃだめだもん……」
なんでそんなこと言うんだよ。
「いいんだよ、幸せになっても。最高の思い出にしようね」
こくり、と
「せっかくの結婚記念日なのに泣かせてごめんね」
また明日からお弁当作り頑張らなきゃ、と
******
三十年後。定年の祝いとして会社から二週間の休暇をもらった。もうすぐ三十三回目の結婚記念日だ。この記念にまた
結婚三周年のあの旅行、本当によかったからな。そこから三十年頑張ったご褒美だよ、
結婚記念日は喧嘩と涙の日 静嶺 伊寿実 @shizumine_izumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます