ロボットの孤独
ちかえ
ロボットの孤独
「家事代行ロボット『カジー』が発売して今日でちょうど三年が経ちました。皆様の家の子達はどうしていますか?」
アナウンサーの明るい声がテレビから聞こえてくる。
次に画面に現れたのは、家族経営のレストランで接客をする笑顔のロボット、子供たちと楽しそうにボール遊びをするロボットなどだった。このロボット達は『アレ』と違ってとても表情豊かだ。
このロボットの売りは、家事の手伝いをしてくれる上に、家族の一員にもなってくれるという事だった。
人工知能なので、子供を育てている感覚で接する事が出来るという。
これを知った時の俺は、面白そうだと思ったし、子供も、兄弟が出来るの? と喜んでいた。妻は娘と一緒に三人でお料理やお掃除をしようね、と約束していた。
なのに、うちに来たのは無表情で無機質な声を持った『物体』だった。
『コンニチハ、ナニヲオテツダイシマショウカ』などと棒読みで言われてがっかりしたのは言うまでもない。
来て一週間で娘は拒否反応を示した。彼女曰く、『こわい!』。これは俺も妻も同感だった。
家事をしてくれるというメリットもあったが、妻もわざわざロボットを探したり呼び出したりしていちいち命令するのが面倒くさい、それだったら自分がやった方が慣れているから楽だときっぱり言い放った。
結局、家に来て二ヶ月で、俺たちはロボットを押し入れの奥に追いやった。このロボットには名前を付ける機能もあったが、結局デフォルトの『カジー』のままにした。『物体』に名前なんかいらない。
あれからロボットの事など忘れていた。あの部屋に好んで入るのは、ロボットの後で家族に迎えた猫くらいだった。後は妻が古い雑誌を押し入れに入れるくらいか。
そんな事を思い出して嫌な気分になる。
きっとテレビに出ているロボット達はまがいものに違いない。わざと表情のあるロボットを画面に出したのだ。いわゆる『やらせ』だろう。
「今日は誕生日だという子達もいるのではないでしょうか?」
「きっと幸せなパーティーを開いてもらっているんでしょうね」
アナウンサー達がまた変な事を言いだした。ロボットに誕生日なんかいらないだろう。
ふん、と鼻を鳴らしてチャンネルを変えようとした時、突然家のどこかで何かが崩れる音がした。
慌てて部屋を出ると、妻が階段を下りてきたところだった。
「何の音だ?」
「さあ?」
妻にも分からないらしく首をひねっている。
「奥の部屋の方だったわね?」
「え?」
妻の言葉にぎくりとする。
「……ロボットが動いた?」
「まさか! スイッチも切ってるのに!」
そう言いながらも妻の顔色も優れない。
俺の頭の中にあったのは、映画で観た人工知能の反抗だった。意思を持ち、人間を排除しようとする人工知能達と人間の戦いの映画。
きっと妻も同じ事を考えているのだろう。
とにかく行ってみようと部屋に駆けつける。そうして押し入れの扉を開けた。
ロボットは定位置にはいなかった。でも、動いてもいなかった。ただ、バランスが崩れて倒れたのだろう。
「なんだ……。心配して損した」
「そうね。もうずいぶんなるし、処分しましょうか」
妻の言葉に俺もうなずく。そろそろこんな無機質なロボットは引き取ってもらってもいいだろう。
その時だった。
「ナニ……オー……ダ…………カ」
聞き覚えのある無機質な声にぎくりとする。
間違いなく声の主は目の前にいるロボットだろう。
慌ててロボットに目を向ける。それを見て俺は固まった。
ロボットは動いてはいない。でもその目は、俺の方を見ていた。
慌ててスイッチを探るとついている。いつスイッチが入ったのだろうか。
ロボットの視線を感じる。全く動いてはいないのに、それは静かに俺を見ているのだ。
その目を見ると、何か小動物を殺してしまったかのような気持ちに教われる。
どうしてそんな気持ちになったのだろう。分からない。それでもその訴えを無視したら後悔する気がした。
相手はロボットなのに。
「なんか……寂しそうね」
妻もその目を見たのだろう。不安そうにそんな事を言う。
何か俺たちに言いたい事があるのかもしれない。こんな狭い場所に押し込めた恨み言だろうか。
どうせ捨てるし、少しばかり恨み言くらいは聞いてやろうか、と考える。妻に提案すると二つ返事でうなずいた。
ロボットを充電器に差し込む。
そのまま静かに待ってみる。十分くらいしてからロボットは喋りだした。
「ナニヲオテツダイシマショウカ?」
それは最初に聞いた無機質な声だった。
なんだ。ロボットはロボットだ。がっかりだ。
「ゴハンヲツクリマショウカ、オセンタクシマショウカ、ネコニゴハンヲアゲマショウカ、オソウジヲシマショウカ」
でもロボットの様子は前とは違う。無機質に聞こえるのに、何か意思を持って聞こえるのだ。
このロボットは何を言いたいのだろう。
「何で、猫の事知ってるの?」
妻がつぶやく。それもそうだ。猫の存在をこのロボットは知らないはずだ。
「ヨク、ワタシノヘヤニキマス」
ロボットは静かに言った。何故か表情が動いたように見える。何か愛らしいものの話をするような顔に見えたのは気のせいだろうか。
というかこのロボットはちゃんとお喋りが出来るようだ。人工知能なので当たり前なのだが、そんな事も俺たちは忘れていた。
俺たちは困ったように目をかわした。
***
結局、ロボットは試用期間として、しばらく朝食作りをお願いする事にした。でないと『アレヲシマショウカ。コレヲシマショウカ」 とウルサイからだ。
次の日の朝食に出たのは豪華なパンケーキだった。わざわざホイップクリームやチョコペンで飾り付けまでしてある。
わぁ! と娘が歓声をあげた。ロボットは苦手だが、美味しそうな朝食は嬉しいようだ。
ロボットは何故か自分のぶんのパンケーキまで作っていた。でもロボットは食べられないので、後で俺が食べるという事で話がまとまった。
娘は喜んでパンケーキを食べている。どうやら変なものは入っていないようだ。ほっとする。
ただ、俺が食べる予定のロボット用のパンケーキに何か入っているのかもしれない。不安になって横目でパンケーキを見る。
彼のパンケーキには三本のろうそくがカラフルなチョコペンで書かれていた。
ロボットの孤独 ちかえ @ChikaeK
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