38.満月 まんげつ


「…………」


 その美しさはもう見惚れてしまうほど……。私は声をかける事もせず、月夜さんの姿を見ていたが……。


「うわっ」


 突如、どこからか風が吹きあれ……私はそのまま顔を背けた。そして、もう一度視線を向けると……。


「って……あれ?」


 先ほど見ていた場所に月夜さんの姿はなくなっていた。


「??」


 とりあえず、周辺を見渡したが、どこにもその姿は見えない。


「盗み見とは、感心せぬな……」

「っ!」


 後ろから聞こえてきたその声に驚き、私はすぐに後ろを振り向き、思わずそのまま後ろに一歩引いた。


「つっ、月夜さん」

「そこまで驚く事もなかろう。先ほどまで私の姿を見ていたのだからな」


「…………」


 私としては「いや、確かに見てはいたけども……まさか、突然背後に現れるなんても思いもしないでしょ!」と一言文句を言ってやりたいところだが……。


 まぁ、私も声もかけずに月夜さんの姿に見惚れていたという自分自身の落ち度がある。


 それに、月夜さんの気持ちも分かる。


 ずっと見られていて、なおかつ話しかけられもしない……というのは、そりゃあ確かにあまりいい気分はしない。


「ところで、何様なにようだ」

「え」


「たわけ、私は忙しい。それはあやつらも知っているはずだ。しかし、それを知ってなお、あやつらは咲月をここによこした。それ相応の理由がなければ説明がつかん」

「えと……」


 そこまで言われてしまうと……正直『ここに来た理由』が言いにくい。


 確かに、コフとマウに背中を押されてここに来たけれども、実は月夜さんがそこまで言うほどの『理由』があって来たワケではないのだ。


「どうした、まさか大した理由ではない……と言いたいのか?」


 そう言ってくる迫って月夜さんの言葉は怖い。


「うぅ……」


 しかし、ここまで来たらもう後には引けない……と、私はおもむろに持っていた風呂敷の結び目をほどきながら『あるモノ』を取り出し、月夜さんの前にズイッと差し出した――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「ほぉ。まさか、祭りでたくさんの出店が出ているにも関わらずわざわざ『コレ』を持ってくるとは……」

「うっ」


 自分でも「何しているんだろ」とは正直、思っていた。


 しかし、今まで月夜さんが食べていた姿を見たのは『コレ』しかなく「ただ話をするのも芸がないか……」という事にし、持ってきたのだ。


「……」

「……」


 でも、本当は……月夜さんと普通に会話が続く自信がなく、ご機嫌取りのために持ってきた……というのが、本当の『理由』である。


「まぁよい。頂くとしよう」

「あっ、はい。どっ、どうぞ」


 月夜さんが手を伸ばしてきたので、私はおもむろに『おにぎり』の入った『重箱』を差し出した。


「……」

「……」


 しばらく沈黙が続くと――。


「……私は、生まれてからずっといじめられてきたわけではない」


 おもむろに月夜さんがそう言ってきた。


「?」

「私は、小さい頃にこの『人間の姿でありながら耳と尾の突いた姿』と『人間』に化ける術を学んだ。そして、その時に人間の姿でも戦えるように……と剣術も学んだ……」


 だから、月夜さんは『あの時』あやかしたちを退く事が出来た……という事は分かったが、それが一体どうしたのだろうか。


「それを教えてくれた『師』とも言える存在が亡くなってから、私はいじめられるようになった」

「……抵抗はしなかったんですか?」


「抵抗する時に、師から学んだ事を使いたくなかった……。いや、抵抗する事自体が格好が悪い……とその当時の私は思っていたのだろう」

「…………」


 小さい子供が意地を張って嘘をつく……というのはよくある話だと思う。その時の月夜さんも同じだったのだろうか……。


「…………」


 いや、そもそも両親も……と言っていたから、もしかしたら……それを話す事の出来る相手すらいなかったのかも知れない。


「結局、私は動物の『狐』の姿で衰弱して倒れてしまった」


 月夜さん曰く『狐』の姿になってしまう……という事は、その時点でかなり弱っているという事を意味しているらしい。


「その当時、今の様な『犬用の飯』などの料理はなかった。いや、そもそも『専用』という知識や考えがなかったのだろう。そやつは体調が回復した私にこの『にぎり飯』を私に出した」


 それ以来、人間の食べ物では『おにぎり』だけを食べる様になったらしい。


「しかし……」

「??」


 なぜか月夜さんはマジマジと『おにぎり』と『重箱の中』を見比べている。


「コレは貴様が作ったのか?」

「えっ……」


「以前持ってきた『にぎり飯』は『三角』だったが、コレはいささか細長くなっている様に見えるのだが……」

「うっ、しっ……仕方ないじゃないですか。上手く形が整えられなかったんですから」


 そう、最初は「おにぎりと言えば『三角』だろう」と祖母に習いながら頑張ったのだが……上手くいかず、結局『俵型』にしたのだ。


「しかし、どうして『コレ』を持ってきたのだ? 確か友人と来ていたのであろう?」


 月夜さんは突然、根本的なところを今更尋ねてきた。それも何気ない様子で……。


「そっ、それは……えと。あの時、月夜さんが……寂しそうな顔をしていたように見えて……それで気になって」


 仕方なく私はそのまま月夜さんに伝えた……が、なぜか月夜さんは驚いた表情を見せた。


「……そんな表情していたのか? 私が?」

「えっ、無自覚ですか?」


「ふむ。自覚はなかったのだがな」

「??」


 そう言うと、月夜さんは確認する様に自分の顔をペタペタと触った。


「どうやら私は、せっかくの祭りを『たくさんのヤツら』で楽しみたいと思っていたようだ」

「なっ、なるほど?」


 それがどうして、あんな表情に繋がるのだろうか。確かに、あやかしと人間では違うところが幾分かあるのは……嫌というほど知っている。


「そっ、それが表情に出た……と?」

「ああ」


 私は思わず「なぁんだ」と言いたくなったが……一体、なぜ私はそう思ったのだろうか。


「…………」


 ――分からない。


「……と言うか、え? 全員?」


 確かに月夜さんはそう言った。


「ああ、さすがに重箱に入っている全てを私たちだけで食べきるのは不可能だからな。だからこそ……」


 そう言うと、月夜さんは私の……後ろの奥の方をのぞき込んだ。


「??」

「おい、貴様らも食べるであろう」


 月夜さんの言葉に振り返ると、そこには『全員』いた。


「なっ、え? えぇ!」

「あっ、えと」


「なっ、何してんの!」


 それこそエリカだけでなく、河童や狛犬だけでなく烏天狗までいた。


 その後、コフとマウは月夜さんに平謝りしたり、いつの間にか意気投合したエリカや河童、烏天狗が重箱のおにぎりを出店で買ってきた『唐揚げ』とか『たこ焼き』と一緒に食べ続けていたり……と、いつの間にか『宴会』になっていた。


「……ふむ。あの時の様な『夜桜』とはいかぬが、こういうのも悪くない」

「はい、そうですね」


 自分も知らない過去の自分が、こうした『繋がり』を作ってくれた。月夜さんにとって『それ』は確かに『復讐』だったのだろう。


 しかし、その結果。紆余曲折あり、こうしてまた新たな『繋がり』が生まれた。


 この『繋がり』が出来たのも、そもそも人じゃない時点で『普通』ではないけれど、私はこれからもこの『繋がり』を大切にしていきたい。


「……」


 そう思いながら、月夜さんにならって私も夜空に瞬く『月』を一緒に見上げた。


「……」


 その日の『月』はちょうど『満月』で、まるで……夜空に咲いている様で……星も綺麗に瞬いていた――。

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今夜『月』が咲くように…… 黒い猫 @kuroineko

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