37.仕事 しごと


「まっ、まさか本当に存在しているなんて……」

「……そんなジロジロ見る……ないで下さい」


「……」


 自分の友達が河童と対面している……という事なかなかない状況は珍しいどころの話ではないと思う。


 それは人間の私たちだけでなく、河童も同じ事のようで、かなり挙動がおかしい。


「いや、犬とか狐とか人間は……ほら、見えない普通の人も見えるモノだけど『河童』は……」

「……まぁ、せいぜい本で見たことがある程度でしょうね」


 その数多の本に描かれている絵ではない『本物の河童』が今、目の前にいるのだ。


 感激……とまではいかなくても、エリカの様に細部まで気になるのは仕方がない話なのかも知れない。


「それにしても、私……本当に見えるし話せるんだ……」


 エリカはどちらかという『その事実』に感激している様だ。


「今まで全く分からなかった……というか気がつかなかったのね」


「いやだって、特に指摘されなかったし」

「…………」


 確かに、今までエリカと同じように周りにも見える人間がいなければ、見えもしないのだから、指摘のしようもない。


 それにまぁ、今まで言われなければ……とも、言いたいところだが、それにしても……である。


「あっ、でも……そういえば小さい頃。よく山とか森で遊んでいた時、人間じゃない『存在』と遊んでいたような……?」

「……あなた、本当に今まで何ともなくて良かったわね」


 私の幼少期の経験を棚に上げるわけではないが、彼女も私の様な危ない体験をしていてもおかしくなかった。


「でもまぁ、結局のところ。そのせいで誘拐されてしまうなんてね……」

「ああ、その件なんだけど」


「ん?」

「実は……」


 エリカが言うには、誘拐される直前、若い男性が一人、苦しいそうに倒れていたらしい。


 そして、その男性に「大丈夫ですか?」と声をかけた瞬間――。


「隣にいきなり大型のワゴン車な扉が開いてそのまま……」


 エリカはその無言になった。


「そう……。でも、本当に無事で良かった」


 いや、本当に何事もなくて良かった。


「あっ、あの」

「ん?」


「そっ、それにしても今更なのですが……お二人ともおきれいです」

「……」


 河童だけでなく、この場には『コフ』も『マウ』もおり、二匹はそれぞれ『率直な感想を言う』と『無言のまま頷く』という対照的なリアクションをしていたが、どうやら二匹とも褒めてくれたのだろう。


「ありがとう」

「あっ、ありがとう」


 マウは何となくリアクションは読めていたが、まさかコフも褒めてくれるとは思ってもいなかったから、少し言葉に詰まった。


「でも、なーんで二人とも『浴衣』なんだ?」


 しかし、河童は不思議そうな表情だ。


「なっ、なんでって……」

「今日が『お祭り』だからでしょ」


 そう今日は『狐祭り』当日。


 神社の周りには出店でみせがたくさん建ち並び、その出店だけで今日の夕食が終わってしまうくらいだ。


 その種類も多く、食べ盛りの少年たちでも今日一日全てを回りきるのは難しそうである。


 それに、その出店は食べ物だけでなく『金魚すくい』や『射的』といった遊びの出店も出ている。


 だからなのか、今日は休日で学校がない事もあって日が暮れる前からチラホラと人が来ていた。


 かく言う私も、お昼を過ぎたくらいに一度ここに来て、その後「浴衣着て行こう」と言ってきたエリカと一緒に祖母に着付けてもらって再度ここに来た……というワケだ。


「あっ……あの、それよりも月夜さんは?」


 ただ、お昼過ぎには神社にあった月夜さんの姿が日が暮れた『今』はどこにもない。


「えと……」

「今日はずっとお賽銭の方で参拝客を見ています」


「参拝客を?」

主様ぬしさまは『狐』ではありますが、ここで祀られている方です。そして、ここは『厄除け』の神社です。そのため、参拝客の方のお話を聞くのもお仕事なのです」


「そうですか……」


 タイミングがあれば、もっとお話をしたいと思っていたけど……お仕事中なら仕方がない。


「……」

「……」


 ちょうど、エリカも河童といつの間に来たのか烏天狗と一緒に楽しそうに話している。


「……」


 席を外すなら、今がちょうどいいタイミングなのだけれど……。


「ここは私たちにお任せ下さい」

「え?」


「その代わり、ちゃんと主様ぬしさまと話して来い」

「でっ、でもお仕事中なら……」


「行って来い」

「わっ、分かった」


 そうコフとマウに背中を押され、私は『再度』賽銭箱の方へと向かった。


「…………」


 しかし、私はここに来た時、最初にお参りのために賽銭箱の方へと行ったはずだ。それなのに、その時にも月夜さんの姿はなかったはず……。


 なんて思い返しつつも、不安になりながら賽銭箱の方を見てみると……。


「あっ」


 そこには、私が来た時には着ていなかった和服姿で狐の耳と九本の尻尾を持っている月夜さんの姿があった。


「…………」


 その姿は、もはや『神々しい』というか『言葉にならない』という表現が正しいだろう……と思ってしまうほど、キレイだった。

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