終
36.稀少 きしょう
数日後……。
私は、コフとマウと月夜さんが名付けた『狛犬』がいる月夜さんが祀られている神社に来ていた。
「………」
あの因縁のある『雪女』を倒した後、月夜さんは崩れる様にその場で倒れた。
そして、その後に続くのは「そのまま亡くなってしまった……」となり、場面を変えて、神社の前で私が話しかける……とでもなれば、随分キレイな終わり方になっただろう。
いや、こんな事を考えてしまうのは私が読んでいた小説の影響か。
ただ、倒れた時は本当に「死んでしまう」と思ってしまった。
でも、実際のところは倒れた後すぐに『寝息』が聞こえてきた……から、私はそれに思わず苦笑いと共にすごい脱力感に襲われたのだけど……。
そして『
その後……私は学校帰りに何度かこの神社に足を運んでいたのだが、その間に月夜さんの姿はいつの間にか『子狐』になっており、一週間以上眠り続けていた。
「む?」
眠り続けてはいたが、今では月夜さんの姿も元に戻って……ものすごく元気になっている。
「……」
どうやら月夜さんが倒れた原因は『寝不足』だったらしい。
それはつまり、月夜さんがそれだけ必死になってエリカたちを探してくれた……という事なのだろうか。
「そんなところで何を呆けている、
そして、あの日を境に私の呼び方は『
まぁ、今まで散々「娘」とか「貴様」と呼ばれていたから正直、名前で呼ばれるのはあまり慣れない。
「…………」
でも、それもその内慣れるだろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……そろそろお祭りの時期ですね」
今の月夜さんは『狐の姿』だから、普通の人には見えない。
しかし、神社の周りにはたくさんの人がおり、みんながみんな甲斐甲斐しく準備に勤しんでいる。
私も手伝おうと思ったが「地区の人間で準備するから大丈夫大丈夫」とやんわりと断られた。
「ふむ。あの日から思えばかなりの時間が経っていたようだが……私は咲月たち人間の様な時間の流れを感じられぬからな」
月夜さんの言うとおり、人間とあやかしでは『時間の流れの感じ方』は当然違うだろう。
「そういえば、あの『雪女』は結局どうなったのでしょう」
たとえ『あやかし』だったとしても、突然姿が消えれば誰だって驚く。それに『消えた』という事は……。
「
「そっ、そうなんですか?」
「……言ったであろう? あやつは私の様に『力が強い』というわけではなく、そもそも『人』に近しい存在だからこそ、今回の様な事が起こせた……と」
「たっ、確かにそう言っていましたが……」
「そもそも『雪女』は様々な地域で呼び方は違えど、常に『死』を表す白装束を身にまとい男に冷たい息を吹きかけて凍死させるや、男の精を吸いつくして殺すところは共通しており、広く『雪の妖怪』として怖れられていた存在だ」
「…………」
「だが、今回あやつはそういった事をしてはおらぬ。それなのにあの犯人共は『雪女』の思惑にまんまとはめられた……といったところであろう」
「はめられた……」
確か、犯人たちはそんな事を言っていたように思う。しかも、それは「今も同じ事を言っている 」と、現在も取り調べをしている湊さんが言っていた。
「あやつ『雪女』の正体は雪の精、雪の中で行き倒れになった女の霊などと様々な伝承があるようだが、あやつも『神』など同じ様に伝承が残り続ける限り……いや、人間がいる限りあやつが消える事はあるまいよ」
「……そうですか」
それはなんとも……正直、安心して良いのやら分からない。
ただ今回の件で多少は月夜さんの言うとおり『灸を据える事が出来た』かも知れないが、果たしてそれで反省したか……というと、正直微妙なところだ。
「あの、それで……雪女が私はその、先祖返りだとか月夜さんを『九尾』と言っていましたが……」
「…………」
月夜さんは「ああ、その事か」と言いたそうな表情を見せた。
しかし、月夜さんの事だ。
その事を聞かれると分かりきっていたのだろう。だから、特に驚くこともなかった。
「……あやつの言っていた事は全て本当だ。私は元々『狐の群れ』で生活していた。一匹に過ぎない」
月夜さん曰く、元々『狐』は狐でも『九尾』自体の存在が珍しいらしく、それこそ『あやかしが見える人間』よりも稀少な存在らしい。
「それ故に、群れのヤツらは私に厳しく当たった」
ただ「稀少価値な存在だけに、自分たちとは違う存在を受け入れられなかったのだろう」と、月夜さんはその時の事をそう振り返った。
そういう『稀有な存在』に対する扱いは、大体『必要以上に厳しく当たり、排除しようとする』か『必要以上に構う』かのどちらかである。
「その結果。私は群れの連中にいじめられ続け『とある場所』で行き倒れてしまった」
その『とある場所』というのが、私の『先祖の家』が会った場所で、私たちが再会した蔵だったのだ。
「そこで出会った娘が私の治療などをしてくれ、私に『月夜』と名付けた」
「そっ、そうだったんですね」
「そして、私は徐々に回復し、あやつとも仲良く生活をしていた……」
そんなある日、その娘さんが「庭の桜がキレイになったから、今夜は夜桜見物をしよう」と月夜さんを誘った。
「私はあの
彼女は元々、約束を破る事がなかった上に、他の人約束を破ること自体を嫌っていた人間だったらしく、だからこそ、月夜さんは様子を見に外に出た――。
「そして、そこで見たのは、あやかし共に襲われている籠だった」
「…………」
『籠』というモノは聞いた事があるが、実際に言われると……時代を感じてしまう。
「しかも、それはあやつがよく使っていたモノでな」
「…………」
そして、そこまで言われて、私は「ハッ」とした。
私がここ最近見ていた『夢』は、そのあやかしに襲われた後の月夜さんとその先祖の姿だったのだ。
「この祭りの由来を知っているのであれば、分かるだろう?」
「……はい」
「その後、私はあのあやかし共をけしかけたヤツを探した。そして……」
「雪女が関わっていると知った」
「……ああ」
「でっ、でも……どうして今になって?」
月夜さんの場合。知ったのであれば、すぐにでも行動しそうである。
「……あやつに『犯人のヤツを見つけたとしても、復讐をしないで欲しい』と言われていてな。まぁ、そこまで言われてしまっては……な」
「…………」
命を救ってくれた『恩』というワケではないと思うが、その『約束を守ること』が月夜さんなりの恩返しのつもりだったのだろう。
「だが、あの時見逃したものの……あやつは何も変わってはいなかった。それどころか、今回の様な事件まで起こすとはな」
「…………」
さすがの月夜さんも『堪忍袋の緒が切れて』しまったのだろう。そして、その結果が……あれだ。
「ところで、この祭りに来る咲月は来るのか?」
「……はっ、はい。えと、友人と……ですが」
「あの事件に巻き込まれてしまった……か?」
「その予定……です」
それが一体どうしたのだろうか。
「そうか……」
「??」
「いや、なんでもない。もう帰るがよい。あまり帰りが遅いとまた心配をかけてしまうだろう」
「あっ、はい」
結局、どう反応していいのか分からず、不思議そうにしている私を置き去りにし、月夜さんはそれ以上何も言うことなくそのままいなくなってしまった。
「……どうしたんだろう??」
ただ、なぜか月夜さんの表情が寂しそうに見えたのは……私の気のせい……だったのだろうか。
「……」
その表情があまりにも寂しげで「私、何かしたかな?」とか「もしかして、先祖返りの話なんて聞いたから……」なんて色々考えながらも、結局分からず、そのまま鳥居をくぐり、帰ろうとした瞬間――。
「あっ、あの」
「……おい」
「……え?」
私は突然『何か』に呼び止められ、振り返ると……。
「あ」
そこにはいつの間に現れたのか、コフとマウがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます