35.九尾 きゅうび
「はぁはぁ」
私が思う『雪女』はイコール『雪』を連想する。
「……」
しかし、まさかこんな『春』の……それも小春日和とも言えるほどのポカポカ陽気の中。
「はぁ」
まさかまだ『雪』が残っていて、息を吐くと白くなれる場所があるとは思ってもいなかった。
「……大丈夫か?」
「はっ、はい」
月夜さんによって案内された場所は『河童と出会った場所』とは真反対に位置している『森の奥』だった。
「まっ、まさかまだ雪が残っているところがあるなんて……」
「森の奥だからな。それに、ここの雪が溶けることはない」
確かに、これだけ緑が生い茂っていて光も届かないとなれば、雪が溶けにくいのは分かる。
「え?」
しかし『雪が溶ける事がない』というのは、正直驚きだ。
「つっ、月夜さんは……さっ、寒くないんですか?」
「……あやかしは寒さを感じんのでな」
「えっ、でもこの間。河童が『寒い』って言っていたと……」
「……気のせいだ」
いや、この間ハッキリそう言っていたと思うけど……なぜ、月夜さんはこう頑ななのだろうか。そこまで否定しなくても、問題はないと思うのだけれど……。
「……さて、会話もここまでの様だな」
「え」
月夜さんの言葉から、私は月夜さんの視線をそのまま追った。そこには……。
「……あなたから私に会いに来てくれるなんて、うれしいわぁ」
いわゆる『白装束』に身を包んだ、肌の白い一人の女性。
着ている服装はとても軽装ではあるが、一言で『綺麗』と言える容姿だ。しかし、それ以上に『儚い』印象を与える。
男性の中にはその儚さから「守ってあげたい」という気持ちにさせてしまうほどだろう。
「…………」
――なるほど、あの犯人たちはこの『印象』と『容姿』にやられたのか。
「フン、私が貴様にわざわざ会いに来たわけではない。今回の一件、貴様が関わっている事くらい分かっているわ」
「……私が関わっているなんて、どうして断言出来るのかしらぁ?」
彼女の話し方はどうも『語尾が伸びている』という印象を受けてしまうのだが、人によっては苛立つかも知れない。
「……あの阿呆どもが持っていた『石』に貴様の『力』が込められていた」
「…………」
「私以外のヤツらは分からない程度の微量ではあったがな。貴様は頭が切れる割に、そういった小さいミスをよくしでかす」
「ふふふ、そういったところも――」
「いや? ワザと見逃したのか。あやかしどもをけしかけて『女』を殺した……あの時と同じようにな」
「へぇ……!」
月夜さんの言葉に『雪女』は驚きの表情を見せた。
「……あなた。気がついていたのねぇ」
「気がつかぬとでも思っていたのか、間抜け」
さらに雪女は驚愕の表情になっていたが、月夜さんの表情は『無』だ。
「…………」
私はその間、ずっと物陰に隠れていた。
下手に見つかってしまったら、月夜さんの言っていた様に『人質』にでもされたらたまったもんではない……という判断からである。
しかし、私はどうしても「女を殺した時」という月夜さんの言葉が気になって仕方がなかった。
それは、事件が起こる前。私がよく見ていた『夢』が関係している様に思えたからだ。
「そう、バレていたのねぇ。なるほど、さすが『九尾』というワケねぇ。ふふふ」
「…………」
――九尾?
「フフ……」
なぜか雪女は突然笑い始めた。
「まさか、バレていないとでも思ったのかしら? このお間抜けさん!」
「え……?」
その大声と共に、私が隠れていた木の上に積もっていた大量の雪が落ちてきた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……!」
私は思わず目を閉じ、その場でかがみ込んだ……。
「……??」
しかし、かなり大きな音は聞こえたモノの、私には何も衝撃がない。でも、あれだけの雪が落ちてきていたにも関わらず、何もないのは逆におかしい。
そう思い、恐る恐る目を開けると……。
「……! つっ、月夜さん」
なぜか私は月夜さんにお姫様だっこされていた。
「全く……。貴様のずる賢さにはむしろ感服するぞ」
「えっ……つっ、月夜さん。その姿は一体?」
私は、その時の『お姫様だっこをされている』という状況よりも『月夜さんの姿』に目がいっていた。
月夜さんの姿はいつもと違い『九本の尾と耳を持った人間の姿』になっていたのだ。
「やっと姿を見せたのね。でも、いくらあなたが助けようが悲劇は繰り返されるモノ。それに、あの時の娘はもう戻らないのよ! いくらその
さっきまでの口調とは違い、雪女の口調は荒々しい。
「……やはり貴様が手を引いていたのか。貴様のやり口はいつも同じだな。自分では決して手を下さずに他人にやらせる。いつまで経っても変わらぬヤツだ」
雪女との口調とは違い、月夜さんの口調はいつもと……いや、むしろ冷たいくらいだ。
「だが、二度もやられてさすがの私もそろそろ『堪忍袋の緒が切れる』というヤツだ」
月夜さんはそれだけ言うと、私をその場に下ろし……。
「……え」
驚きの表情を見せる雪女に対し、突然月夜さんは九本の尾に火を灯して……そのまま雪女に向かって放った――。
「……」
「……」
「えっ? つっ、月夜さん。今……なっ、何を?」
「……言ったであろう。あやつに灸を据えてやるとな。それに、あやつ自身の『力』はそんなに強くはない」
しかし、ここまでしなくても良かった様に思えてしまう。
「…………」
それは、ついさっきまで雪女がいた場所には『何も残っていない』状況からそう思えてならなかった。
「本当に……貴様は『優しい』のだな」
「え?」
「見た目は同じでも、中身は変わる。しかし、その本質は変わらぬというワケか」
「月夜さん?」
「なに、気にするな。ただの独り言だ。
「えっ、月夜さん。今」
――今、私の名前を呼んでくれた?
その事実に驚きを隠せなかったが……ただそれ以上に、月夜さんの穏やかな笑顔に思わず照れてしまった。
「はぁ……少し、疲れた」
「月夜さん?」
「私は……休む」
「え」
しかし、その直後。月夜さんはそれだけ言うとそのままその場で崩れるように倒れた――。
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