雪女

34.霊感 れいかん


「…………」

「あの、月夜さん」


 病院を後にした私たちは、そのまま無言で歩いていた……そして、ここまで歩き続けてきたが、さすがにずっと無言のままは、正直辛い。


 だから、私はこの雰囲気に耐えられず思わず声をかけた。


「……どうした」

「あっ、えと……どこに向かっているのかな……と、思いまして」


 ついさっきの話の流れでは「多分、神社に戻る事はないだろう」と思っていたから、違う道を通るとは思っていた。


 ただ、今歩いている道は……私の家の方向だ。


「……私はこれから『雪女』に会いに行く」


 そして、私の方を見て……。


「しかし、その場に貴様はいらぬ」


 突然そう告げてきた。


「なっ、なぜ」


 ここまで一緒に行動してきたのに……。


「分からぬか? 貴様は『役立たず』というワケだ。それに、貴様の目的も果たされたであろう?」

「それは、あなたもじゃないですか? 犯人に対して報復は出来たはずですよ」


 月夜さんの言っている事は、頭では理解出来ていた。そして、月夜さんの『言いたい事』が『今、言った言葉』ではないという事も……。


「……」


 それでも『役立たず』と言われると……今までかなり色々な事を言われてきたが、その中でも一番に腹が立つ。


「…………」


 まさか私がここまで引かないと思っていなかったのか、月夜さんは私の言葉を聞いた瞬間――その場で目を見開いて驚いていた。


「なっ、なんですか。そもそも私……がこの事件にあなたを巻き込んだんですよ? 最後まで見届けるのが筋ってモンです」

「……よもや貴様がここまで引かぬとはな」


 そう言って月夜さんは盛大に笑った。


「そっ、そりゃあ……私は『役立たず』だと思います。それでも……え?」


 私がそう言っている間も月夜さんは笑い続けていたが、途中で笑うのを止め、突然私の頭の上に手を置いた。


「貴様の言いたい事は分かった。それに『雪女』ごときに私が負けるとも思わん。しかし、貴様を人質に取る可能性は十二分にある」

「…………」


「あやつはそういうヤツだ」

「…………」


 今回の一件が『誰』によって引き起こされたのか……それを知っていた時点で分かっていたが、やはり月夜さんは『雪女』と面識があるようだ。


「分かるな? その事を承知の上で……というのならば……」

「行きます。覚悟なら、最初から……あなたに会いに行った時からしています」


 私の覚悟したような表情を見ると、月夜さんは「……そうか」と言い、なぜか観念したような表情を見せた……。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 月夜さんは、私との会話を終えると……少し道を変えた。どうやら、本当に私を自宅に送ろうとしていたようだ。


 そして、しばらくすると――。


「さきほど……」


 今度は、珍しく月夜さんから声をかけてきた。


「はい?」

「警察から……事の次第を教えてもらった」


 捕まった『犯人たち』は「俺たちは『ある女』に頼まれただけだ! 俺たちは騙された!」と取調室で叫んでいるらしい。


「ある女……って」

「まぁ、それが『雪女』であろう。あやつは私と同じような事が出来るヤツだからな」


「そう、なんですね。でも、あやかし……では?」

「それはあやつ自身が元々『人間』に近い存在からな。ただ、私のように『力が強い』というワケではない」


 そして、犯人たちはどういう経緯で出会ったのかは知らないが、その『雪女』から頼まれ『ある少女』を探していたという事の様だ。


 特徴は『髪が黒い』や『通っている学校』などあった様だが……。


「その特徴の中に『霊感がある』とあったらしいが、あの阿呆どもの中に『霊感のあるヤツ』は誰一人としていなかった。そこで、その女から霊感のある人間『探せる石』をもらったようだ」

「…………」


 まさか、そんなモノがあるなんて思いもしなかった。


「しかし、この『石』がなかなかでな」


 なぜか月夜さんは、自分で言いながら笑っている。


「……なんで笑っているんですか」


「なに、その『石』が『霊感の強いヤツ』にしか反応せん代物だったのでな」

「それってつまり……」


「そうだ。貴様のように『中途半端に霊感のあるヤツ』には反応せんという事だ」

「…………」


 今まで散々『中途半端』とバカにされてきたが、まさかそんなところで予防出来ていたとは……。


「内心、微妙な気分です」

「まぁそう言うでない。そのおかげで貴様は誘拐されずに済んだのだからな」


「それは、そうですけど……? あれ、でもそれってつまり……」

「そうだ、貴様の友人は『霊感をもっている』という事になる。しかも、貴様よりも強い……な」


「でっ、でもそんな事。一言も……」


 ――言われた事はない。


「言ったであろう? 霊感が強ければそれが良いというワケではない。霊感が強ければ強いほど、生きているモノとそうではモノとの境が分からなくなる」


 確かに、それは月夜さんについ最近教えてもらった。


 つまり、彼女はその境を分からないまま生活をしてきたのかも知れない……という事になるのだろう。


「でも……そこまでして犯人たちは『誰』を見つけたかったのでしょうか」


 あの場にいた『三人』ではないという事は、よく分かる。ただ、そんな血眼になってまで見つけたい『少女』にはちょっとだけ興味があった。


「……貴様。ここまで私と話をしておきながら、よもや分かっておらぬのか?」

「??」


 月夜さんは「信じられない」という顔をしている。


「たわけ! あやつが血眼になって探していたのは貴様だ!」

「えぇ! でっ、でも……なぜ?」


 私が不思議そうにしていると……いつの間にか月夜さんは冷静さを取り戻したのか「そんな事、どうでもよいわ」とだけ言うだけで、私の疑問には答えてくれなかった。


「あの犯人たちの中には貴様と同じ学校の生徒もいたからな。もう少し遅ければ貴様が犠牲になっていた可能性も大いにある」

「…………」


 そう言われて、私はようやく学校で感じた『あの変な視線の理由』が何となく分かった気がした。


「まぁ、あやつらが罰せられるのは確定であろう。しかし……」

「……」


 彼らは『人間の法律』で裁くことが出来、社会的制裁も受けるだろう。


 だが、彼らをそそのかしたであろう、この事件の首謀者である『雪女』はこの人間の法律で罰することは出来ない。


「あやつにはきつい灸を据えてやらねばな――」


 その言葉の後、月夜さんは何か呟いていた。


「??」


 しかし、残念ながらこの時の私の耳には届いてはいなかった。

 

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