深海生物の受難
松風 陽氷
深海生物の受難
我ながら救われないなと思う。
死にたい。
いや、死にたい訳では無い。
消えたい。
ともまた少し違う。
生きていたくない。
そうだ、僕は生きていたくないんだ。
生きる事が苦痛で苦痛で仕方がない。どうしてこんなにも苦しみを感じるのだ。呼吸をする度に吐き気がする。自分の脈拍が気持ち悪い。生きている自分を嫌悪する。
どうしてこんな存在が生かされているのだろうか。
「マトモな生活」が僕をキリキリと締め付ける。しかし、その「マトモな生活」を投げ捨てたならば、僕は自己を存在価値のないクズと看做し、更なる自己嫌悪に襲われる事になるだろう。その先は言わずもがなだ。
じゃあどうして生きればいいのだろう。こんな人間、どうして生きていく事が出来ようか。
心臓の辺りがどろどろする気分だ。中途半端な自由なんか僕に与えないでくれ。迷いの種が増えるだけなのだから。
迷いは苦しい。
選択するのはもっと苦しい。
逃げ出したい。
走ってどこか遠くまで。
じゃあ何処へ行こうか。
福井の東尋坊か、はたまた、山梨の富士の樹海か。
いや待て、死ぬ気か自分。そんなとこ行ったら本当に死ぬぞ、止めておけ。
嗚呼、つくづく嫌気が差す。
検索履歴に積み上がってゆく「死に方」と「自殺」。
死に方も何も、自分はなるたけ凍死が良い凍死がしたいって決めているのだ。一人で居ると自分の身体を冷やしたくなる衝動に駆られるんだ。今更新たな死に方を思い付いた所で凍死以上じゃ有るまい。
あ、でも、心中ってのだったら話は別さ。
そうだねぇ、綺麗な海なんか良いだろうね。宝石みたいで、女神の寝所の様に落ち着く、そんな海とか、無いだろうか。
そんな物無いか。
いや、有ったとしても其処で死んだら其処は穢れて仕舞う。禁止、されるだろうなぁ。
怒られるのは嫌だ。
だから、怒られる事が無い様に、一発で死にたい。
頭が上手く働いてくれない。
明日なんか来なけりゃ良いのに。なんて、こう云う事を言うと何処かの誰かさんは偉そうにこう言うんだろ
「明日を生きたくても生きられない人だっているんだぞ!」
ってね。
いやまぁ確かにそりゃあいるでしょうよ。
だって世界には色んな境遇の色んな人がいて、それでいて世界は広いのだからね。でも、だからといって
「そうか、良し!生きねば!」
とは、ならんでしょうよ。
生きたいと思う人もいれば、死にたいと思う人もいる。これが最近流行りの「多様化」ってやつなんじゃないのかしら。
嗚呼、頗る不愉快だ。
何にも楽しくない。
先日、人から
「人生は苦しい事もある、けれども、楽しい事だってあるもんだ、ねぇ、そうだろう。」
と、言われた。
まあ、酷く驚いたさ。
君は何に楽しさを見出したんだ、いや、見出す事が出来たんだ。
生きる中で、心からの楽しさなんて、そんな物、虚像だと思っていた。そんな物全て偽りで、社会が社会を構成する人間共に対して勝手に死なない様に希望を持たせる為に創り上げた幻想で、フィクションの産物だとしか思っていなかった。
生まれながらに暗闇を這う者は、暗闇を知らぬものである。そういった者は、光に差されて初めて己の世界の暗さを知るのだ。
だから、
暗闇の者を憐れまないでくれ。頼むから、光で照らさないでおくれ。惨めさなんぞ、感じたくないのだ。己の不幸なぞ、そんな物、知らないままで居たいのだ。
こんな事を言うと、盲目的だ何だと、言われて仕舞うのだろうな。
其れでも、僕はこう思う。
盲目は美しい。
盲目が見ているのは、星の瞬かない無限の宇宙である。
盲目は海の様に自由である。
そして、酷く孤独な物である。
そう、盲目とは、深海なのだ。
地上に上げられ、挙句見世物にされた深海生物の絶望感たるや。
想像を絶する光と好奇の地獄。
如何ともし難い程、胸の痛む思いだ。
知って苦しむ位なら知らない方が良い世界なんぞ、ざらにあるのだ。自分が生きるべき世界以外は、知っても知らなくても何方でも良いのだ。無闇矢鱈に見聞を広げて、知識を付けた所で、何になると言うのだ。そんな物、頭でっかちなブリキの人形が出来上がるだけだろう。カンカン響いて煩い割に、所詮中身は空なのだ。
全く持って、つまらん。実にナンセンス。そんな物の何が楽しい。
何が楽しくて沢山の世界を知りたがるのだ。
自分のよりも良い世界を知れば、益々己が矮小に思え惨めになり、はたまた自分のよりも悪い下劣な世界を知れば、其れに対して何事も成せない己が酷く情けなく思え、不甲斐なさを感じる事となる。
こんな物の何が楽しいと言うのだ。
俗に言う美徳道徳なんぞ、僕にとっては我楽多同然であり微塵の魅力も感じられないのだ。
僕の人生に救いなんぞ有るものか。
最早救われる事にさえ恐怖を感じる此の人生に。
深海生物の受難 松風 陽氷 @pessimist
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます