花の帝都の大宴会

丹風 雅

花の帝都の大宴会

 落ちた陽の僅かな赤さが残る薄闇の空に、流星が白く流れた。


 鐘の音が三度鳴った。ひとつひとつが喧騒の街を包み込む大きさで響く。伝搬する音が街中を明るく塗りつぶした。音は散乱し、あちこちで七色の光を咲かせた。一番大きいものは中央の大広間にあった。


 大広場では黄色のライトに照らされた噴水がエニシダのようだった。それが周りに色とりどりの光の蕾をいくつも従えている。調和の音色が甘い匂いとともに流れてきた。


 噴水の側にある、周りより一段と高い舞台の上では、翠や紅など彩り鮮やかなドレスを纏った奏者たちが手元の楽器を歌わせている。彼女たちはこの都と共に生まれた弦楽団であり、今日で三度目の誕生日を迎えていた。


 演奏の小休止のあいだ、ヴィオラの女が物欲しそうに一つの屋台を眺めていた。甘い蜜の匂いを振りまく屋台では、パールナッツに白い糖蜜を掛けた真珠のような菓子を売っている。紙袋に詰めた甘い真珠を受け取って、一人の青年が大通りへ歩いていった。


 大通りは花飾りが鮮やかだった。横へ斜めへ紐が巡り、タソガレソウの橙やシルフランの青などが巻き付いている。道路脇には植え込みに樹木が様々に植わっていたが、特にゴリンザクラの満開に咲いた桃色が目立った。


 その桃色の下で白く着飾った女が話しかけられていた。嫌悪の目を向けられても話しやめない男の口説き文句は、真珠の紙袋を手にした彼の登場で打ち切りとなる。彼女は遅いと文句を言い、紙袋の腕を引いて近くの酒場へ入っていった。


 店はたいそう賑わっていた。店内はもとより、普段は使わない上階に張り出したテラスまで埋まっている。いつもの仲間といつもの酒で騒ぐ者も、街の明るさを肴に特別な酒で独り楽しむ者もいた。上の騒ぎが大きくなった。


 テラスでは喧嘩があった。二人の男が酒代を掛けて一気飲みをやったが、ジョッキを空にしたのは同時だった。お互いに自分が早かったと譲らず、いよいよ殴り合いかと空気が張り詰めたとき、脇で見ていた吟遊詩人が立ち上がった。


 彼は運を天に任せること、それもまた勝負なのだと二人を説得した。そして心付けの銀貨を一枚取り出す。男たちは真剣な目でその裏表を見守った。宙高く上がった銀貨は野外灯を反射しながら、テラスを離れて大通りへ落ちた。酒代は吟遊詩人が支払った。


 銀貨は下を通っていたマーチングバンドの一団へと吸い込まれた。猫女の鳴らす大太鼓の縁に当たったが、彼女はちょうど歩道の子供に手を振り返していた。


 演奏は街中を巡った。半分ほど歩いたとき、夜の更けた黒い空に大輪が開いた。猫女の音をずっと大きくしたような振動が街を震わせた。花火は一瞬だけ大聖堂を赤くした。


 大聖堂の屋根の上では男と女が並んで座っていた。手には琥珀のブランデーが入ったカップを持ち、黒い瞳の奥では光が色々に花やいだ。二人は消えた友のことを話しながら、砂金を振り撒いたような星空の、それより遥かに遠くを眺めていた。


 『三周年記念イベント』のバナーが大きいページを男が眺めていた。同時に『復帰冒険者応援イベント』も開催している。一度は忙しさから離れた世界だったが、ようやく落ち着いた今がイベント中なのは好機だった。


 暗闇に色が広がっていく。彼のギルドのたまり場は決まって大聖堂の屋根だった。見慣れた屋根の形と、祭りの色彩が彼を出迎えた。驚いた顔で立ち上がった二人の前で、一番大きな花が開いた。


「ただいま」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花の帝都の大宴会 丹風 雅 @tomosige

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ