3周年記念ケーキたちの目紛るしい3年間

沢田和早

3周年記念ケーキたちの目紛るしい3年間

 早朝の大手製パン工場には301個のケーキが並んでいた。本日、とある場所で開催される3周年記念パーティーへ出荷されるのだ。最初に製造されたケーキ1号は運搬容器の中で肩をすくめた。


「拙者たちは如何なる地へと運ばれていくのでござろうな」

「そんなこと考えたって仕方ないわ。なるようになれよ」


 2番目に製造されたケーキ2号はいささか崩れかけた生クリームを丁寧に手直しした。


「どこへ行ったってわてらはケーキやでな。たこ焼きなんかには負けへんで」


 3番目に製造されたケーキ3号はたこ焼きへのライバル意識に燃えている。


「もおー」


 やがて彼らは牛車に移された。舗装されていない水たまりだらけのデコボコ道を牛車はのんびりと歩く。あまりに乗り心地が悪いので1号は不機嫌だ。


「なんたること。完全自動化された工場で製造されたゆえ、さしずめ現在は昭和以降であろうと思っておったが、まさか運搬に牛車を使おうとは」

「平安貴族みたいでいいじゃないの。って言うかあ、今って平安時代なのかもよ。そのうち源平合戦が始まったりして」


 2号の言葉を聞いて3号のたこ焼き対抗意識は燃え上がる。


「源氏も平氏もたこ焼き食ったら負けや。勝つのはケーキを食べた方や」


 やがて牛車がとまった。道端にむしろを敷いて寝ていた若者が起き上がった。


「あっ、ケーキ着いたあ。悪いけどこっちに持って来てくんない」

「なんだと。この男が3周年記念パーティーの主催者だとでも言うのか」


 ケーキたちは愕然とした。無理もない。若者の服はボロボロ、髪も髭も伸び放題。パーティーという単語の対極に位置するような風体である。


「ちと伺いたい。そなたは何者だ。何故に301個ものケーキを必要とするのだ」

「おいらは三年寝太郎さ。3年ぶりに最高の目覚めを体感できたのでお祝いにパーティーを開こうと思い立ったってわけ。あ、頼んだのは1個だけだよ。貰うね」


 三年寝太郎がケーキ301号を受け取ると牛車はまたのろのろと歩き始めた。2号がほっと胸を撫でおろす。


「なーんだ。配達先は2カ所だったわけね。301個なんて妙に半端だなって思っていたのよ。あんな冴えない男に食べられなくてよかった」


 残り300個のケーキを乗せて牛車は進む。工場を出て数時間ほど経過した頃、休憩になった。牛は水を飲み草を食べ脱糞し木陰で休む。幾つかのケーキたちも外に出た。心地良い北風が生クリームを冷やしてくれる。


「あっ、あれ見て。あそこにお城がある」


 2号の指差す方向には尖塔立ち並ぶ美しい城がそびえている。甲冑に身を固めた騎士たちの姿も見える。1号の胸は歓喜に震えた。


「あれは紛れもなくホーエンツォレルン城! さればこの地はシュヴァーベンに相違ござらぬ。ドイツ皇帝家の3周年記念パーティーに招待されるとはなんたる誉れであろうか」

「ドイツの人もたこ焼き食べるんか」


 たこ焼きの話題は耳にタコができるくらい聞き飽きていたので全員3号を無視した。

 やがて休憩が終わり牛車は再び進み始める。間もなく開始されるドイツ皇帝家の晩餐会を夢見て、ケーキたちの期待はいやが上にも高まっていく。


「もおー」


 牛が鳴いた。到着したのだ。城門が開き、出てきた城兵たちによって運搬車から運び出されたケーキたちは運搬容器の中で茫然となった。目の前にあるのはホーエンツォレルン城ではなかったからだ。1号が叫ぶ。


「こ、これは、安土シャトーではないかっ!」

「みんなあ、よく来たね」


 出迎えたのはミツヒッデ明智である。ホンノー寺にて魔王ノブ=ナーガを成敗した彼は、魔王の居城である安土シャトーに3年間君臨し続けていた。今日はその3周年記念パーティーが開催される日なのだ。


「ねえ、おかしいんじゃない。明智って3日天下だったはずでしょ。どうして3周年記念パーティーなんて開けるのよ」


 ミツヒッデの側近茂朝しげともは2号の言葉を聞き逃さなかった。


「あんたら知らんのかね。一年と一日は同じ長さに決まっとるがね」

「一年と一日が同じだと!」


 驚く1号。当然2号も驚いているが、たこ焼きしか頭にない3号は平静を保っている。


「驚くことあれせんがね。この星はどえりゃあゆっくり回っとるでしょう。夜が明ける頃には次の年になってまうんだがね」

「それってどういうこと……まさか!」


 2号は空を見上げた。なんたることだ。頭上には半月、西に太陽、東に満月。月がふたつある。そう、ここは地球ではなかったのだ。地球ではないのだから3周年と3周日が同じであっても何の不思議もない。


「半月や 満月東に 日は西に」


 思わず一句詠んでしまった1号である。


「あ、あれ、たこ焼きとちゃう?」


 一緒になって空を見上げていた3号が天空を指差した。たこ焼きに似た丸い宇宙船がこちらへ近付いてくる。


「ミツヒッデ、よっくもお館様をあやめてくれたなっス。このひで君が成敗してやっからな」


 宇宙船に乗っていたのはトヨトミ・秀である。彼は魔王ノブ=ナーガのめいに従い、銀河系各地に散らばる反乱分子制圧作戦に従事していたため、この惑星への帰還に3年も要してしまったのだ。


「悪者お仕置きビーム!」

「秀君、お願い、やめて!」


 ミツヒッデは両手を合わせて泣いている。一方、1号は迅速に指示を出した。


「全員防御型ファランクスに変形!」


 宇宙船から放たれたのは全宇宙に満ちている元気をエネルギー源とする特殊破壊粒子線である。銀河最強の兵器を使われては金城湯池の安土シャトーとてひとたまりもない。ミツヒッデと共に灰燼かいじんに帰してしまった。

 しかしケーキたちは違った。テルモピュライの戦いでスパルタ重装歩兵が行なった無敵のファランクス陣形によって、300個全員が生き延びたのだ。秀君は舐め回すように生き残ったケーキを眺めた。


「さあて、おまえたちはどうしてやんべかなあ」

「拙者たちの使命は美味しく賞味していただくこと。貴殿たちの胃の腑に収めていただければ本望でござる」

「馬鹿こくでねえ。ミツヒッデが食おうとしていたケーキなんか食えるわけねえべさ。おまえらみんな1個ずつ丸焼きにして畑に撒いてやるっス」

「それだけは何卒ご勘弁を」


 ケーキたちは必死に嘆願した。秀君は条件を出した。ケーキの中の数名を宇宙の旅へ3年間同行させれば、全員の願いを聞き届けてやるというものだった。


「3年間って言ってもこの惑星の3年間、つまり3日間だべさ。あんたらの賞味期間は10日、この惑星なら10年。3年間くらい屁でもねえべさ」


 しかも保冷剤、保存剤、防腐剤なども支給してくれるという。これがあれば賞味期限は2倍に伸びる。悪くない条件だった。


「了解した。その約束、違えることなきように」


 結局1号、2号、3号が秀君に同行することになった。

 秀君にはやらねばならない使命があった。アポロンから神託を受けていたのである。


「この剣、見てみんしゃい。カッコええでしょ。聖剣えくすかりばあっス。これがあれば政権を手中に収められるんだけど、完全に自分のモノにするにはエウリュステウス12の功業を達成させねばなんねえ。あんたらしっかり働いてな」


 3個のケーキは必死に働いた。レルネー星でヒュドラを退治して蒲焼にして食し、クレタ星では牡牛を退治してステーキにして食し、ヘスペリデス星では黄金林檎をうさぎりんごにして食し、生クリームが溶けるくらいに頑張って努力した結果、12の仕事をなんとか3年間で片付けて元の惑星へ戻ってきた。


「皆の衆、待たせたな」


 威勢よく宇宙船のタラップを降りた1号は眼前に広がる光景を見て気を失いそうになった。自分を出迎えてくれるはずの297個のケーキたちはカチカチに干乾びて息絶えていたのである。


「な、何故、このようなことが」

「ウラシマ効果じゃ。はてさて気の毒なことじゃて」


 息絶えたケーキたちの真ん中に男がいた。漁師の格好をして亀に乗っている。


「お、おまえは家康ちゃん!」


 秀君は驚いている。同時にケーキたちもようやく理由が飲み込めた。


「そうか。拙者たちの乗った宇宙船は光速に近い速度で銀河を飛んだ。その結果、この惑星の時間と拙者たちの時間が無視できぬほど大きくずれてしまったのだ」

「うむ。おぬしたちがこの地を去ってから、すでに300年の時が経過した。ケーキたちは保冷剤を抱いたまま息絶えてしまったのじゃ」

「秀君、あんた、あたしたちをだましたのね」

「やっぱりそうやったんか。たこ焼き型の宇宙船に乗っとるで、怪しいと思っとったら案の定やないか」


 2号と3号も怒り心頭である。秀君は口笛を吹いている。


「いやあ、すっかり忘れてたよ。堪忍して。そんならわしは行くけんね」

「待て、秀君、おまえの所業、この家康ちゃんが許さない」


 家康ちゃんは玉手箱を取り出した。


「これは相対論相違時間補正装置。竜宮城でもらってきたのだ。これを使えば惑星で経過した時間が秀君に付与される」

「わああー、家康ちゃん、お願い、やめて」


 秀君は両手を合わせて泣いているが家康ちゃんは委細構わず玉手箱を開けた。中から白い煙が立ち上り秀君は物凄い老人になってしまった。


「銀河のことも夢のまた夢……」


 辞世の歌を残して秀君は逝った。家康ちゃんは3個のケーキに言った。


「おまえたちはどうする。我らが賞味してやってもよいが」

「いや、拙者たちだけが食されては他の仲間たちに申し訳が立たぬ」

「そうよ、あたしたちにも玉手箱を使って」

「たこ焼き倒したから一片の悔いなし」

「わかった」


 家康ちゃんは玉手箱を開けた。3個のケーキはたちまち干乾びあの世へと旅立った。


「ついに聖剣えくすかりばあを手に入れたぞ!」


 政権を手中にした家康ちゃんは惑星の中心地ローマに幕府を開き、初代ローマ皇帝となった。干乾びた300個のケーキはローマ宮殿の敷地に埋葬された。そして賞味されることなく旅立っていた彼らを慰めるために、3年毎に3周年記念ケーキ試食会が開かれた。そのおかげで歴代のローマ皇帝は全員糖尿病だったということである。

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