どんな場所にも月極駐人所はある

ちびまるフォイ

駐人所の自分はなにも見えない

「すまないねぇ、せっかく帰省したっていうのに

 私の介護ばかりさせちゃって」


「いいんだよ、母さん。これも含めて戻ってきているようなものだし」


「また立派になったんじゃないかい?」


「いいや、まだまだ。俺はもっと出世するよ。

 たくさん金をかせいで大きな家を買って、マッサージチェアも買おう。

 美味しいものを毎日送ってあげるからね」


「私はあんたが入れくれればそれでいいんだよ」


「母さんをもっと楽させてあげるさ。それじゃ、また来るよ」


「そうかい、早いねぇ。くれぐれもあそこには近寄るんじゃないよ」


「わかってるって」


実家から都会の自分の家に帰ってくる途中で、

ふと見るとだだっ広い土地にぼーっと人が立っていた。


「あの、どうしたんですか? こんなことろで立って。

 もう夜は冷えますから帰ったほうがいいですよ」


「……」


空き地で突っ立っている若い男は無表情。

何を言っても反応しないし、てこでも動かない。


近くには大きな看板が立ててあった。



【月極 駐人場】



「げっきょく……ちゅうじん……ば?」


検索しても答えは出なかった。

声をかけた手前このまま放置というわけにいかないので、

近くの交番に相談しにいくと、そこには同じ顔の男がいた。


「え? 私の双子が空き地で突っ立ってる? ルパン?」


「ふざけてないで早く来てくださいよ」


お巡りさんを現場に連れて行くが、眼の前にいる自分と目を合わせながら

なにかを探すようにキョロキョロとしている。


「……あのですね、こういういたずらは悪質ですよ」


「イタズラ!? 見えてないんですか!?」


眼の前にいるのに見逃すはずがない。

すると、今度は同じ制服を来た別の警官がやってきて怒鳴った。


「おい! お前、なにやってる! そいつに触るんじゃない!」


「え!? ええ!?」


怒られたのはまさかの自分だった。

ベテラン警官は駐人場の前にある支払い機にお金を入れると、

ぼーっと突っ立っていた男を空き地から連れ出した。


連れ出された男の体は徐々に薄くなり、もうひとりの男と同化した。


「あ、部長! お疲れ様です!!」


同化したとたんに新入社員のような従順さが出た。


「おう、おつかれ。その前にちょっと、この中に入れ」

「はい!!」


お巡りさんはからっぽになった駐人場へと足を踏み入れる。

すると、幽体離脱のようにもうひとりの分身だけがまた駐人場に現れた。


「部長、これはいったいなんなのでしょう」

「気にするな。セーブだ」

「……?」


二人組の警官は去ってしまった。

駐人場にはまたぼーっと突っ立っているお巡りさんの姿が残った。


その一部始終を見て、これが何なのかやっとわかった。


「この駐人場って、人の時間を「停めて」おくことができるのか……?」


俺の仮説はすぐに確信へと至った。


確かめる方法は簡単で、友達を連れて駐人場に入り、停めてから悪口を言う。

露骨に機嫌が悪くなったのを確認してからすぐに駐人場から取り戻す。


すると、機嫌はすっかりリセットされて前の状態に戻る。


「これはすごい! 使えるぞ!」


恋人ができたらまずはすぐに駐人場にぶちこんだ。

これでその後に関係が気まずくなっても、また付き合いたてのフレッシュな関係に戻れる。


友達がいるならすぐに駐人場に一度ぶちこむ。

ケンカをして仲が悪くなってもすぐに取り戻せる。


当時の、一番楽しかった時期を常に停めておけるのが駐人場。


「ああ、なんて最高な場所なんだ!!」


俺はますます駐人場を利用するようになった。

最初こそ友達とか自分の身近な人を駐人場に入れていたが今は違う。


「……というわけですね、この投資をすれば確実に、絶対に、

 100%儲かるわけです。損はしないんですよ、絶対に」


「そうなんですか! すぐ契約します」


「ええ、ですがその前にちょっとこちらへ来てもらえますか?」


「はあ」


駐人場で完全に信じ切った状態で時間を停めておく。

これでこのあとに入れ知恵をされたりして疑い始めても

また駐人場から取り戻せば騙し直すことができる。


「あの、昨日落ち着いて考えてみたんですけど

 やっぱりどう考えても駄菓子で一攫千金というのは……」


「そう思いますか? 特別なメソッドを紹介するので

 ちょっとこちらの駐人場へ来ていただけますか?」


危険な人間はすぐに前のと取り替える。


「やっぱり儲かりますよね! どうして疑っていたんだろう!?」

「でしょう!?」


みるみる貯金額は倍速で増えていき、顧客数はどんどん増えてくる。

手を広げれば広げるほど今度は別の問題にぶち当たった。


「……もうここの駐人場も手狭だな……」


駐人場の「枠」は1ヶ月毎の更新で毎月取り合いが起きている。

それだけ駐人場の数は限られているのに、利用者は多い。


もっとたくさんお金を稼ぐためには、たくさんのカモをキープする必要がある。

それにはもっと多くの駐人場が必要になる。


「でも、もうこの地域には駐人場なんてないんだよなぁ……」


駐人場はすでにどこも満杯。

もっと手を広げられる方法はないものか。


「あ、そうだ。都会になくても田舎にはあるかも!」


俺は帰省という名目で実家に戻った。

本命は人のいない田舎の手付かずの駐人場を探すこと。


親には買い物に行くと嘘をつき、車で田舎をくまなく散策した。

なにせマップにも無ければネットにも情報はない。目視しかない。


「……なかなか見つからないなぁ」


人が少ない田舎にはそもそもの必要ないのか、駐人場は見当たらない。

そして子供の頃から「近付くな」と言われていた場所にやってきた。


「探していないのは、ここだけか」


ずっとここだけには近づくなと脅されて、

幽霊が出るのかもしれないと恐れていたが今はそれどころじゃない。

恐怖よりもお金への執着が上回った。


そして、俺は賭けに勝った。


「おおおお!! す、すげぇ!! 駐人場だ! 駐人場があった!」


砂漠でオアシスを見つけるかのごときだった。

広い土地にはいくつもの駐人場が広がっている。しかも安い。


これだけあればカモを何人も停めることができる。


ガサリ。


落ち葉を踏みしめる音に振り返ると、母が立っていた。


「ああ、びっくりした。幽霊かと思った。

 どうしたんだよ母さん。こんなところに来て」


「ここには近づくなと言ったはずだろう?」


「ああ、でもこんな広い駐人場があるだけじゃないか。もったいない。

 それに誰も使っていないみたいだし、俺が有効活用するんだよ」


「有効活用?」


「詳しくは言えないけどさ、もっともっと母さんを助けてあげられる。

 俺が見てなくても何人ものヘルパーさんが今度は来てくれるよ。

 温泉旅行にだってもっとたくさん行ける。

 仕送りだって倍額になってもぜんぜんへっちゃらさ!」


「そうかい……」


「母さん? どうしたんだよ、悪い話じゃないだろう?」


「お前は昔は本当に可愛かったのに、変わってしまったねぇ。

 今は、私を賽銭箱のようにお布施するだけの扱いじゃないか。

 私はね、どんな贅沢よりもお前といる時間が大切なんだよ」


「こんなに尽くしてるんだから、幸せだろう?」


俺の言葉に返事をせず、母さんは駐人場の入り口で料金を支払った。

その意味がわかったときにはもう俺の体は子供のころのものになっていた。



「おばあちゃん、ぼく、どうしてここにいるの?」


「よしよし、それじゃあうちに帰ろうか」

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