あれは三年前……

snowdrop

選択Q

「三年前を振り返れ、選択クイズ~っ」


 司会進行役の部員がタイトルを発表した。

 横に並べた机を前に座る部長、会計、書紀がいつものように軽く拍手する。

 もちろん、三人の前には今日も早押し機が用意されていた。


「先代の部長がクイズ研究会を立ち上げて三年が経ちました。というわけで、これからのクイ研の発展を祈願しつつ、只今より三周年記念クイズを行いたいと思います」

「三周年だから、俺たち三人でやるんだ。へえ、三周年か……」


 書紀が驚いた様子で声を上げる。

 部室には、進行役の部員を入れて四人しかいない。


「ぼくたちが入る前はクイズ同好会と呼ばれ、部室もなかったらしいぞ。聞いた話やから知らんけど」


 会計が含み笑いをした。

 クイズ研究会にあてがわれたのは準備室。

 授業で使われるものを置いておく、使われていない教室だ。


「物が溢れた部屋は小汚いけど、部室は部室。先代部長が基盤を気づいてくれたからこそ、俺達が入部できたし、俺達の後に続く後輩も励んでいってほしいものだな」


 しみじみと頷く部長は腕を組んだ。

 入部した頃を思い出す。

 あの頃はまだ、同好会に毛が生えたようなもので、クイズが好きなだけの集団だった。

 ただ、先代部長だけは違っていた。

 いつか高校生クイズの本戦に、と思って活動していたが夢叶わず、後輩に引き継いで卒業された。

 引き継いだ自分たちは、先代部長の願いをどこまで叶えられただろうか。

 不甲斐ない結果を残し、後輩たちへ託そうとしている。

 あと少し、運と時間と実力が自分たちにあったなら……そう思わせるほどに頂点は遠かった。


「ルールを説明します。いまから三年前の二〇一六年にちなんだクイズを出題していきます。三周年にちなんで、三問先取で優勝です。誤答の減点はありませんが、誤答した場合、ブザーが鳴り終わってからボタンを押して解答できるようになります。三年前といっても覚えてないといわれると思い、選択肢を設けております。答えるときには、『Aの〇〇』や『Bの〇〇』のように、選択番号も答えてください。優勝者にはささやかながら副賞もご用意しておりますので、頑張ってください」

「まじか!」


 三人は目の色を変えて、早押しボタンに指をかけた。


「問題。二〇一九年の干支は十二番目に当たる亥年ですが、二〇一六年の干支はなんだったか? 1:ネズミ 2:ウシ」


 ピンポーンと甲高い音がなった。

 会計の早押し機のランプが赤く点灯している。


「3のイノシシ」


 ブブー、と不正解のブザーが鳴り響く。

 会計は顔をしかめ、書紀は口元に手を当てた。

 進行役が出題を続ける。


「3:トラ」


 それを聞いた瞬間、部長が早押しボタンを押した。


「えっと、だから……9のイノシシ!」

「正解!」


 ピコピコーンと正解したときの音が鳴り響いた。


「だから選択肢の番号を言えっていったのか」

「三択とはいいませんでしたので。部長は一ポイント獲得しました」

「この先も、そういう選択肢で行くってことなのかーい」


 進行役の部員は笑みを浮かべるだけで、部長の問いかけには答えなかった。 


「問題。熊本でも震度七を観測した大きな地震のあった二〇一六年四月十六日、同じ日にマグニチュード7.8の地震被害にあった国はつぎのうちどれか。1:インドネシア 2:日本 3:ネパール」


 三人はボタンを押さなかった。

 ひと呼吸おいて、進行役が選択肢を読み上げるのを再開した。


「4:インド 5:エクアドル」


 一斉に早押しボタンを押す。

 押し勝ったのは部長だった。


「5のエクアドル」

「正解!」


 ピコピコーンと正解音が鳴り響いた。


「これは知っていましたか?」

「知ってたけど、うろ覚えでちょっと自信がなかった。でも当たってたからいいや。ところで、これってなんの順番だよ」

「これは海外サイトによる地震の多い国ランキングでした。これで部長は二ポイントでリーチです」


 思わず部長は吹き出してしまう。


「インドネシアって、日本よりも地震が多い国なのかな」


 会計はつぶやきながら早押しボタンに指を乗せた。

 ほかの二人もさっさとボタンに指をかける。


「問題。平成最後の大相撲春場所で全勝し、四十二度めの優勝で幕を閉じましたが、二〇一六年春場所の優勝力士は誰か? A:六十九代目 B:七十代目 C:七十一代目」


 ピポピポーンと早押しの音が鳴り響く。

 早押しを制したのは、会計だ。


「しまった、えっと……何代目だったかな。Bの七十代目?」

「違います」


 ブブーと不正解のブザーが鳴った。

 すかさず早押しボタンを押したのは書紀だった。


「Aの六十九代目」

「正解!」


 ピコピコーンと軽く鳴り響いた。


「白鵬が六十九代目で、七十代目が日馬富士。七十一代目が鶴竜。稀勢の里が七十二代目。春場所は見たから覚えてる。千秋楽での立ち合いでうまくいかなくて、優勝インタビューで謝罪してたんだよね」

「そうでしたか。これで書紀も一ポイントです」

「よっしゃー、まず一ポイント」


 また三人は早押しボタンに指を乗せた。


「問題。二〇一六年最大のヒットを記録、興行収入は二五〇億三〇〇〇万円となった新海誠監督の映画『君の名は。』で、神木隆之介演じる主人公と入れ替わってしまうヒロインを演じたのは誰か? A :アネ B:モネ Cマネ」


 選択肢を聞いても、三人はすぐに押さなかった。

 首をひねり、ためらいがちに押したのは書紀。


「モネ?」

「正解です」


 ピポピポーンと甲高い音が鳴った。


「声優を聞いてるのに、選択肢がなんじゃこりゃ~って一瞬パニックになって思考が停止してた。要するに、花のアネモネと、フランス画家のモネとマネがまざってるんだよ。だからすんなり選べなかった。たしか……上白石萌音さんだったかな」

「そうです」

「友達と映画館に見に行った。けど、男同士でっていうのがちょっと微妙だったけど、あれはカップルで見に行くとやばかったのかな」

「どうでしょうか。とはいえ、これで書紀も二ポイントでリーチになりました」


 進行役の声を聞きながら、三人は両手で早押し機を構える。


「問題。二〇一六年リオデジャネイロオリンピック、男子柔道九〇キログラム級で金メダルを獲得したのは誰か? A:KER B:AKER」


 読み上げている途中で、会計が早押しボタンを押した。


「これは知ってるぞ。BのAKER」

「正解です」

「ベイカー茉秋だろ。日本オリンピク柔道の中量級の種目で金メダルを取ったのは四十年ぶり、ということも知ってるぞ」

「これで会計に一ポイント」


 早押し機を持つ三人の目が鋭くなる。

 

「問題。このたびプロ野球を引退することを表明した鈴木一朗選手が二〇一六年八月、メジャーリーグで達成した三十人目の偉業とは通算何本安打でしょうか? A:M B:MM」


 読み上げの途中で、会計が早押しボタンを押した。


「CのMMM」

「正解です」

「今度はローマ数字じゃないか、これ。面白い出し方するなぁ……。通算三〇〇〇本安打って、アメリカだけの数だったような」


 横で聞いていた部長がうなずく。


「日米通算だと四二五七本打ってた。引退した彼は、二十八年間野球を続けて、日米通算四三六七安打。引退を聞いたときは、信じられなかったなぁ……」

「これで会計も二ポイント。三人ともリーチとなりました。つぎの問題で勝負が決まるのか?」


 早押し機を持つ三人は耳を澄ます。


「問題。東京工業大学栄誉教授、大隅良典先生がノーベル生理学医学賞を受賞しました。受賞理由は『オートファジーのメカニズムの解明』ですが、そもそもオートファジーとはなんのためのものか? A:タン」


 三人は一斉に早押しボタンを押した。

 押し勝ったのは、書紀だった。


「Aのタンパク質の分解」


 ブブーと不正解のブザーが鳴る。

 信じられない、と言う顔で書紀は瞬きしていた。

 選択肢の続きが読み上げられる。


「A:タン塩の味付け B:タン」


 書紀はおもわず吹き出す隣で会計が、警戒しつつボタンを押す。


「Bのタンパク質の分解」


 またもやブブーと不正解のブザーが鳴る。

 眉間にシワを寄せながら、会計は息を吐く。

 再び選択肢が読み上げられる。


「B:タンニンの抽出 C:タン」


 ここぞとばかり部長が早押しボタンを押した。 


「Cのタンパク質の分解」

「正解です」


 ピコピコーンと鳴り響く中、部長は両手の拳を固く握った。


「部長が押すってわかってるから、ぼくらは早く押したのに」

「あんな引っ掛け、ありかよ~」


 ぼやく会計の隣で、書紀は項垂れていた。

 そんな二人をみながら部長は、得意げに解説を始める。


「漫画のトリコでも説明されていたようにオートファジーというのは、栄養飢餓状態に陥った生物が自らの細胞内のタンパク質をアミノ酸に分解し、一時的にエネルギーを得ることですね。もう一つは、異常なタンパク質を分解することで、細胞内をきれいにする役割もあります」

「お見事でした。この結果、部長の勝利です!」

「やったぜ~、副賞の金一封は俺のもんだぜ」


 期待に胸を膨らます部長に進行役が渡したのは、真っ白な雑巾だった。

 部長は怪訝な顔で会計と書紀を見た。

 二人は苦笑しながら首を傾げている。


「最終問題を答えて見事勝利した部長には副賞として、今後のクイ研発展のためにも、オートファジーのごとく部室の後片付けをお願いしたいと思います」

「もうすぐ卒業していなくなる身だからって、変な喩えをせんでもええやろ。そもそも、お前らも俺と一緒に卒業するやないのか~い」


 部長の言葉で、帰り支度をしようとしていた進行役の手が止まる。


「それを言われると、おっしゃるとおりですね」

「そういやぼくたち、入部してから部室を片付けたことなかったよな。掃除時間は誰が掃除してるか知らんけど」

「三年分の汚れか。立つ鳥跡を濁さずってやつだな」


 席を立つ会計と書紀は、部長を手を差し伸べた。

 部長は副賞を彼らと分け合って、きれいに片付けてから部室をあとにした。

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あれは三年前…… snowdrop @kasumin

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