エウダイモニア建国祭

千住

エウダイモニア国王と、ハンター文化に乾杯!

 エウダイモニア国王補佐の声にあわせ、広場の面々は一斉に杯をかかげた。


「乾杯!」


 祝砲が鳴らされ、空に向かって風船が飛び、花吹雪が舞う。楽団が演奏を始め、広場は談笑の声にあふれていった。


 シューインは振舞われた酒を一気に飲み干す。もともと酒は好きだが、ただ酒は格別だ。それがたとえ、筋骨隆々の巨躯には小さすぎるゴブレット入りだったとしても。上を向きすぎてずれた大剣を背負い直し、酒のおかわりをもらいに行く。


「よーシューイン! いまから記念討伐いかねーか?」


 ギルドの仲間が大槌を手に声をかけてきたが、シューインは両手をあわせて断る。


「わりぃ! 待ち合わせしてんだ」


「おー了解! しばらくやってるから気が向いたら合流しろよー」


 知った顔が三人そろってギルド施設に入ってゆく。シューインはそれを見送り、振る舞い酒のおかわりをもらってから、待ち合わせの花屋へと向かった。


 美しい白い毛皮で飾られた弓。待ち合わせの相手、レイシアの姿はすぐに見つかった。


「おう、レイシア……レイシア?」


 てっきり花を見てるのかと思ったら、レイシアはかすかに震えながら、虚空を見つめていた。青い瞳は大きく見開かれ、こころなしか顔色も悪い。


「おーい、レイシアさーん」


 シューインは言いながら、レイシアの長い黒髪を手に取る。


 と、レイシアがシューインの手首をつかんだ。


「おっ」


「シューイン! ちょっときなさい」


 レイシアは小走りに、薄暗い裏路地へ駆け込んでいった。引きずられるようにシューインも後に続く。


「ななななんだよレイシア」


「なんだよって、なんだよじゃないわよ! だって」


 よく見ると、レイシアの目にはうっすら涙がたまっていた。シューインはその大きな手をレイシアの細い両肩に添える。


「落ち着けって。何があった? 説明してくれ」


 レイシアは大きく肩で息をしながら、祭りの旗飾りを指差した。美しい刺繍の飾り文字で大きく「3」と描いてある。


「この国は……」


「んー? この国はぁ、魔物討伐と魔物製品の加工によって栄えた、大陸全土を領土にもつ王国である〜」


 シューインは先ほどの国王補佐の演説を、おどけて繰り返してみせる。

 と、レイシアはシューインの胸の飾りベルトをガッとつかんだ。


「そんなでっかい王国が、なんでなのよ!!!」





 レイシアの言ったことが理解できず、シューインはしばらく固まっていた。


「……レイシアちゃんは今日もクールビューティーだな〜」


「こんなときにふざけんじゃないわよ!」


 レイシアの拳がみぞおちに入る。普段からクーデレではあったが、手が出てきたのはこれが初めてだった。シューインはやっと事態の深刻さを理解し、真顔になる。


「よく考えてもみなさいよ! あんたのその剣だって、一体何キロあると思って、なんでそんな平然とかついでんのよ!」


「え? 何キロって、62シオンくらいだけど。俺は筋力にスキルポイント全部いれてるか……ら…………?」


 キロ? シオン? スキルポイント?


 シューインの頭に、突然にして大きな暗雲が立ちこめた。さっき花屋で見たレイシアと同じ顔をしていること、シューインは自覚する。


 レイシアが言う。


「行くわよ」


「どこへ」


「王立図書館! 建国史が読めるはずよ。そこで何かわかるはず!」


 レイシアは裏道をずんずん進んでゆく。シューインは迷ったが、もう酒を呑む気にも、祭りの喧騒に戻る気にもなれなかった。ゴブレットをなにかの木箱の上に置き、レイシアのあとを追う。





「王立図書館へようこそ! なにかお困りですか?」


 受付カウンターでメガネの司書がほほえむ。ガウンに包まれた豊満な肉体も、いまのシューインにはどうでもよい。


「中に入れて。調べたいことがあるの」


 レイシアの声に、司書はほほえみのまま本の山を手に取った。


「どんなことを調べますか?」


 司書は慣れた手つきでカウンターに本を並べた。『狩りの手引き』『ギルドのしくみ』『武具のいろは』。『3周年記念祭のたのしみかた』にはnewの付箋がついている。そしてその中に『エウダイモニア王国史』もあった。


 手を伸ばしかけたシューインをレイシアが制止する。


「こんなの何度も読んだわ。図書館の中に入れてちょうだい」


 司書はまるで聞こえてないかのようにニコニコほほえんでいる。


 しびれを切らしたレイシアは、無言でカウンターから離れた。


「お、おい!」


 てっきり怒られるかと思ったが、司書は何もいわない。その微笑みにシューインの背が粟立つ。


 レイシアの後を追い、書架をわけいっていく。収蔵された本を横目にみると、ほとんどの本のタイトルが意味をなさない記号の羅列だった。どんどん顔から血の気が引いてゆく。


「歴史書は地下だって」


 レイシアの声も震えていた。

 『地下書架』と書かれた扉を見つけ、レイシアはそれを大きく開く。


「……」


 そこは、真っ暗な廊下だった。地下と言いつつ階段すらない。


 暗闇を見つめたまま固まるレイシア。シューインはその手を取り、ずいと前に進み出た。


「シュ、シューイン」


「大丈夫だって、俺がついてるからさ!」


 空元気で笑ってみせる。レイシアはすこし恥ずかしそうに頷き、シューインのたくましい腕によりそってきた。


 なんの光もない廊下を二人は進む。もうとっくに図書館の大きさを超えるほど歩いた。何も見えない。


 どれくらい経っただろう。やっと、やっと遠くに小さな光が見えてきた。光はだんだん大きくなっていく。シューインとレイシアは、どちらからともなく光に向かって駆け出していた。


 光が近づく、視界を染める、光に飛び込む。そして––––





 『––––クリアおめでとうございます!』


 ファンファーレとともに。目の前の液晶モニタにcongratulasitonsの文字が踊っていた。シューインが目をこすると、トリップハッチのドアが開いた。


『この度はリアル脱出ゲーム VRハンティングゲームからの脱出 にご参加いただきありがとうございました! 右手から出力される記憶喪失剤使用同意書のコピーは、万が一後遺症が発生した際に必要です。忘れずにお持ちください。それでは、またのお越しをお待ちしております!』


「……」


 シューインは自分の腕を見る。さきほどまでの筋骨隆々なそれとは違い、ちょっとぶつけたら折れそうだ。


 シューインがハッチから出ると、隣のハッチからレイシアも出てきた。エウダイモニア王国での姿とは違う、平々凡々とした恋人の姿で。


「……なんだろ。ゲームクリアしたはずなのに、すっごく虚しい」


 レイシアの言葉にシューインも頷く。


「人気ねぇわけだな、このアトラクション……」


「正直もう2度と来たくないわね……」


 二人はげんなりとした疲労感に襲われながら、3周年の横断幕の下をくぐり、テーマパークへと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エウダイモニア建国祭 千住 @Senju

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ