エピローグ



「おはようございまーす!」



 菊池原プロダクションに出社した僕は、元気よく朝の挨拶をした。



「おはよう、蕗村さん。今日も元気がいいわね」


「秦泉寺さん、アイドルはファンを元気にさせるのが仕事ですよ! その私達が元気ないんじゃ大問題です!」


「ふふ、それもそうね」



 そう言って、秦泉寺さんは微笑む。真夏の祭典『We’re so Happiness ‐Summer Festival‐』は幕を閉じ、僕達の戦いは終わったのだ。

 斗羽利との勝負の行方は、夏向と僕のユニット『パッケージ』がフェスを最も盛り上げたアイドルとして表彰されたことで決着する。フェスが終了したのち、僕は斗羽利を呼び出して夏向の前に連れてきた。悔しさのあまり目に涙を浮かべる斗羽利、その姿は今でもはっきりと僕の目に焼き付いている。


 ちゃんと謝罪もさせたが、彼女の口から出た言葉は「食べ物を粗末にしてすみませんでした」という納豆へ向けられたものだった。


 なんとも傲慢で、プライドの高い女の子なのだろうと呆れたが、ちゃんと謝れという僕の要求に対して口を挿んだのは夏向だった。納豆に謝ってくれたから、もう大丈夫――という夏向の慈悲深いお言葉で全てが丸く収まったが、斗羽利の態度はこれまでと何一つ変わっていなかった。彼女らしいと言えばらしいんだけど、もう陰湿な嫌がらせはしてこないと信じたい。



「夏向、おはよう」


「おはよう、咲。今日も一日、頑張ろうね!」



 そう言うと、夏向は僕の腕に身を寄せて抱き着いてきた。彼女が僕を男として認識していないだけなのか、それとも天然なのかはわからないが……正体を知ったにもかかわらず夏向の過剰なスキンシップは無くならなっていない。



「斗羽利ちゃん、おはよー」


「朝から暑苦しいですわよ二人共、さっさと離れてくださらないかしら」


「夏向さん、咲さん。おはようございます」


「みんな、おはよう! 今日も頑張ろうね!」



 斗羽利に変化はなくとも、菊池原プロダクションの事務所には大きな変革は起こった。フェスでの影響かどうかは定かではないが、事務所に所属するアイドル達と夏向の間にあったわだかまりがなくなったのである。向こうから挨拶してくるようになったし、きっと皆と仲良くなっていくことだろう。



「斗羽利もあれくらい、フレンドリーになればいいのに」


「調子に乗るんじゃねーですわよ、咲! 確かにフェスで負けはしましたが、馴れ馴れしく声かけていいと許可した覚えはありませんわ!」



 相変わらず上から物を言うところは変わっていないが、そこはやはり斗羽利だ。



「まぁまぁ、いーじゃないですか~。と・ば・り・ちゃ~ん」


「やめっ、やめなさい! 引っ付いてくるんじゃねー、ですわ!」


「二人とも、そろそろ今日の仕事の話をしていいかしら?」


「はーい」


「お願いします」



 秦泉寺さんがやれやれといった面持ちで、僕たちの方に声をかけてきた。



「えーと、今日はまずこの後スタジオでレコーディング。午後は雑誌の取材と写真の撮影ね。夏向にドラマのオファーが来ているから、その打ち合わせも――」



 その時、僕の携帯電話から着信メロディーが流れ出した。音の鳴らないマナーモードにしていなかったのを、僕は今更ながらに思い出す。



「蕗村さん……」


「す、すみません! すぐに切りますから……」



 慌てて音を止めようと画面を確認するが、相手の名前を見て指を止めた。



「秦泉寺さん、少し時間を貰って良いですか?」


「もしかして、お母さんから?」


「いえ、そうではないんですが……。今出ないと、次何時かけてきてくれるか分からない相手でして……」


「……まぁ、長くならない程度にお願いね」


「はい、ありがとうございます」



 承諾を貰えたので、僕は事務所の外へと出て電話に出る。こっちの都合を考えずに掛けてくるあたり、相手の悪意を感じずにはいられなかった。



「なんだよ琴美、今仕事中なんだけど……」


『あ、やっぱりそうだったんだ。いぇーい、狙い通りぃ~★』



 やっぱりワザとだったか、琴美の奴め。

 こっちからかけてもいっこうに出ない癖に、こういう具合に狙った時間帯で電話してくる。この夏でひねくれ方に磨きが掛かったな……。



「あのなぁ、いたずら電話なら切るぞ。僕も忙しいんだから」


『フェスの映像、観たよ』


「っ!」



 まさか、の一言だった。あれほど関心を寄せなかったアイドルの中継映像を、琴美は観たと口にしたのだ。僕は何と答えて良いか分からず沈黙してしまう。しかしその沈黙を破ってくれたのは、電話の向こうにいる彼女の方からだった。



『すごいね、肇ちゃん。あんなに歌って、踊れて本当のアイドルみたいだった』


「本当のアイドル……なんだけどね、一応」


『ふふふ、そうだったね。今は蕗村咲……って名前だったっけ?』


「そうそう。中継ってことは、結局チケットは使わなかったんだ。勿体無い」


『だから、行かないっていったじゃん私。あんなにたくさんの人が居る中じゃ、肇ちゃんの姿なんて見れっこないし』



 それも、ライブの醍醐味なんだけどなぁ……というのがファンクラブ会員として枢木夏向を追っかけていた僕の意見だった。



『ねぇ、肇ちゃん。もう夏休みが終わっちゃうけど、学校には帰って来るの?』


「たぶん、戻らないかなぁ。アイドルの仕事、これから結構忙しくなりそうだし」


『ふぅん、そっかぁ……』



 少しだけ、琴美の声から元気が無いような印象を受けた。やっぱり今まですっと一緒に過ごしてきたから、寂しい思いをしてくれたのだろうか。珍しくしおらしい一面を見せたと、少しだけ胸がドキリとした。



『……わたし、頑張って勉強する。そして、東京に行くよ!』


「はぁ? なんだよ急に。勉強して、東京に来て……一体何が目的なんだ?」


『私が、肇ちゃんをプロデュースするの! それなら、肇ちゃんが仕事している時でも一緒に居られるよね?』


「あ、あのなぁ……」



 突拍子の無い琴美の目標に、思わず目眩を覚える。どういう思考回路をしているのかわからず悩んでいると、事務所の方から夏向が近寄ってきた。



「咲、電話長過ぎるよぉ。早く終わらせなさいって、秦泉寺さんが――」


「ご、ごめん夏向。そういう訳だから琴美、またな。今度は時間を考えて電話を」


『待って、肇ちゃん! いま、そこに肇ちゃんのパートナーの人が居るの?』


「そ、そうだけど、だからなんだよ? もう切るからな」


『代わってっ!』


「はぁ!?」



 いきなり代われと言いだした琴美だが、どうしたものかと首を傾げる。ここで代わらないと、また面倒な事になりそうだし……かといって代わるのも……。



「もう、咲ったら。私が相手に言ってあげるから、ちょっと電話貸して」


「か、夏向。何を――」


「すみません、今取り込み中なのでお電話はまた後で……え? はい、私が枢木夏向ですけど……な、なんですかあなた! きゅ、急にそんなこと言われても……、そ! それは困ります、咲は私の……。うっ、そう言われると否定はできないですけど……わかりました。その件はいずれ話をつけましょう、では失礼します!」



 なんだか色々話をしていたみたいだが、纏まったらしく電話は切られてしまう。



「琴美、なんて言ってたの?」


「え、えっと……その……おっ、女の子同士の話なので、咲には言えません!」


「な、なにそれ……。もう少し納得のいく説明を――」


「二人共、いい加減にしなさい! 仕事が山積みなのよ、これ以上遅くなるようなら、高速道路で走らざるおえないわね」


「「す、すいませーん!」」



 結局、夏向が琴美と何を話したのかはわからないが、それでも僕は今日も夏向と一緒に仕事をこなしていく。高校生の紫吹肇ではなく、アイドル蕗村咲として。

枢木夏向と組んだアイドルユニット『パッケージ』として――。



                                 END

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アイドルの僕は表裏一体(パッケージ) 播磨竜之介 @sasapanda-EX

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