第41話 僕のアイドル、私はアイドル ④
七組目の最終曲が終了し、フェス最後のトリを飾る瞬間がやって来た。
僕と夏向による新ユニット、パッケージの曲である。他のチームが多彩な演出を見せたお蔭で順位は大きく変動したものの、結果的に最後の曲を前にしたランキングは斗羽利が首位に落ち着いていた。
まさかというべきか、さすがというべきか……。
斗羽利もちゃんと演出を用意していたのだ。一人で出来る、とっておきの演出。
まさか会場中に雪(紙吹雪)を降らせるとは、凄まじい事を考えたものである。
曲もそれように考えたのか、「ホワイト・ホワイト・アマリリス」という曲だった。静かな立ち上がりから一転、曲の中盤から一気に変化を掛けるというトランスミュージック。これが紙吹雪と見事にマッチして、会場中の観客を一気に虜にしてしまう。ポイントは乱れに乱れ、他のチームを突き放した圧倒的五千ポイント。
時点で四位の夏向とは、千五百ポイント近い差を開いていた。
「斗羽利ちゃんとの差、ひっくり返せるかなぁ……?」
「わからないけど、私と夏向が精一杯歌える準備は整えたよ。きっと会場に居る皆に、ううんそれだけじゃない。中継を通じて観ている人達、全員に届くと思うから……」
そして僕は夏向の手を引いて、スポットライトの照らすステージの上へ立った。
会場の熱気は、今まさにピークに達していると感じた。フェスの最初とは全く異なる温度差、これが本物の闘技場(ステージ)か……。
『歌を始める前に、皆さんに見てもらいたい物があります』
マイクを手に語る僕は、手を上げる。それが、事前に秦泉寺さんと話し合いで決めた合図だった。僕の合図を受けた事で、ランキングを表示していた映像画面が一気に切り替わる。切り替わったのは、僕と夏向がユニットとしてデビューした時の写真だった。
「咲、これって……?」
「咄嗟にできる演出なんて、こんなものくらいしか思いつかなかったよ。でも、これが一番だって思えた。だって私達、まだユニット結成して一ヶ月くらいしか経ってないし」
画面は次々と移り変わり、様々な写真を表示していく。
その中には、水着撮影のときに撮った際どいのも何枚かあった。
「写真を表示できないかって秦泉寺さんに頼み込んだら可能だって言われたから、事務所にある写真と、瑠璃さんの持ってる写真を何枚か送ってもらったの」
そう、この方法を思いついた時に電話をしたのは瑠璃さんだった。ちょうどフェスの中継を見ていたらしく、事情は呑み込んでくれたおかげでスムーズに話は進んだ。お蔭で写真は手に入り、こうして即席のフォトシアターを会場中にお届けできた次第である。そして写真の映像は終了し、映像画面には僕と夏向の顔が映った。
『今はあの程度の写真枚数しかありませんが、これからもっとたくさんの思い出を作っていくつもりです。私の隣いるパートナー、枢木夏向と……そして! ここに居る会場のお客さんを始めとした、ファンのみんなと一緒にっ!』
そう言い切った瞬間、爆音のボリュームで曲の伴奏が始まった。
僕と夏向が歌う最初の曲、二人の始まりの曲が会場中に響き渡らせた。
曲を歌い始めた後は、もう無我夢中だった。歌にダンスに全力投球、失敗したらどうしようとか上手く歌えなかったら……なんて不安は全くなかった。
理由はたった一つ、夏向が隣に居てくれたからだ。今は、会場のみんなが笑顔になってくれればそれでいい。それ以上の事は望まない、それがアイドルの仕事だ。
曲を歌い切り、僕と夏向は深々とお辞儀をしてステージを降りた。これにて全ての曲目は終了、後は観客によるポイントの配点を待つだけ。誰が一番フェスを盛り上げたアイドルチームなのか……それが数分後に分かる。会場のざわつきは次第に鎮静化し、集計結果が映像が映し出されるなり司会者の声が会場中に木霊した。
『ブラボ―ッ! ハラショーーッ! スパシェ――ボォ――ッ! フェスで歌ってくれたアイドル達よ、熱い時間をありがと――――――うっ! 今日がこの夏で一番熱い日になったのは間違いないぜ! しかしこれは勝負の祭典、どのアイドル達も素晴らしい歌声とダンスで会場を沸かしてくれたが、優劣はつくものだ。括目せよ、これがキング・オブ・アイドル……この夏を一番熱くしたアイドルチームだぁ――――――――――っ!』
司会者が言葉を切ると、ランキングが表示された。途端に会場が大きく湧きあがり、司会者の口から一位に表示されたアイドルチームの名が盛大に発表された。
『優勝は、結成一ヶ月の新ユニットチーム【パッケージ】だぁ――――――っ!』
何度確認しても、見間違いじゃなかった。
頬を抓っても痛みを覚えた。
夢の中じゃない。
「勝った……、勝ったよ夏向! 私達、フェスで優勝し―――」
それは、あまりに突然のことだった。理解するのに時間を要したが、僕が言葉を切ったのは夏向が身を寄せて僕の体をギュッと抱き締めてきたからだ。
瞼に浮かべた彼女の涙は、僕の胸元を濡らしていく。声の出ない程に感涙する夏向を、僕は優しく抱きしめた。
拍手の音に混じって、「おめでとう」という声が沢山聞こえてくる。ありがとうと返したいが、声が思うように出せなかった。なぜなら僕も夏向と同じで、涙が止まらなかったから――。
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